その他、「個人の権利保障の拡充」というテーマでは、その実行力の担保として今見た憲法裁判所の創設が挙げられるが、プライバシーや知る権利、LGBT(性的少数者)の権利についても議論すべきだ。「権力統制・権力均衡の回復」としては、9条を筆頭に、国会権能の強化と行政府の統制も議論せねばならない。先般問題となった委員会での質問時間の配分問題も、規則レベルだが、「改憲論議」の枠内で行うべきである。議会の不文律で重要なものは明文化すべきだ。2008年フランスの改憲議論や、近時のドイツでの議会改革の改憲論議でも規則改正や明文化の議論が活発に行われている。

 また、日本固有の「権威と権力」の均衡を担う皇室制度についても、改憲論議の中心的課題であり、女性宮家の創設及び女性・女系天皇について皇室典範の改正論議は、改憲構想の中で語られるべきである。「熟議民主主義の再興」では、参議院改革、地方自治制度、選挙制度、国民投票制度(国民投票法含む)の再考、外国人の地方参政権など、多様な民意の反映のための制度構築の見直しをしなければならない。

 また、「主権の回復」として、日米地位協定の改定も9条改正とセットで改憲論議に含まれるだろう。
 
 以上は、憲法の保障する普遍的な価値や立憲主義を強化する改憲提案の一部でしかない。
 これらから逃げた「改憲論議」は、小手先のまやかしであるし、安倍改憲(加憲)論はまさに小手先のコンセンサス重視の「欲望充足改憲」であり、まったくビジョンも一貫性も胆力もない(個別の問題点の指摘はすでに大幅にオーバーした紙幅の関係上別稿に譲る)。安倍加憲や立憲主義的改憲に対する態度決定は、「改憲派」や「立憲主義」を名乗る人々にとってのよきリトマス試験紙となるだろう。
衆院本会議で所信表明演説する安倍晋三首相=2017年9月(宮川浩和撮影)
衆院本会議で所信表明演説する安倍晋三首相=2017年9月(宮川浩和撮影)
 戦後70年の日本の歩みを肯定的に振り返りながら、安倍政権が登場した現代社会において、憲法を権力統制規範として甦らせ多様な価値観を奉ずる個人の権利をすべて抱擁する寛容な法規範として再定位するべきだ。改憲についての「政治的状況」や「タイミング」を重視する“護憲”的な言説ほど憲法を貶(おとし)めてはいないか。今だからこそ、運動論ではなく理論で戦うべきときではないのだろうか。

 憲法の根源的な価値は「あなたがあなたであるということだけで尊重される」ということであり、人は誰しもがどこかを切り取れば少数者である。すなわち、誰もが憲法の当事者であることからすれば、改憲論議もすべて我々一人一人のものである。政治、市民、専門家、すべての知性を結集して、誰もが当事者の憲法改正を語れるプラットフォームの醸成をしていきたい。