さて、翻って日本だが、こんなに一部メディアがバンバン「不倫報道」に血道をあげているわりに、実は本人たちも周りの人も大して気にしていないんじゃないか?と思うようになってきた。芸能人なんてすぐ「禊(みそぎ)」が済んであっという間に画面に復帰するし。

 政治家だって、先のイケメン(現在はイクメン)議員、すなわち宮崎謙介元衆院議員だが、ふとテレビをつけたらバラエティー番組のコメンテーターとして番組に出てしゃべっているではないか。

 山尾志桜里衆院議員だって、本人は不倫を否定しているわけだし、ちゃんと選挙も勝ちました。ですので、その不倫相手と報じられている弁護士を政策顧問にしたってなんの問題もないでしょ、という態度だ。世間も、なんとなくなし崩し的にまあそうだよな、という感じになっている。人の噂も七十五日。こちらも風化するのは時間の問題という気がする。

 何が言いたいかというと、実は日本人は騒いでいる割に意外と「不倫」を気にしていないのではないか、ということだ。単に興味本位で他人の私生活をのぞき見し、楽しんでいるだけなのではないか。実は日本社会は「不倫」に寛容なんじゃないか、と思い始めている自分がいる。

 去年、ベッキー騒動の時、私はJapan In-depthにこう書いた。

 ただ単に人の過ちを冷笑し、貶め、叩くだけ叩くという今のこの現状。テレビのワイドショーを見て、喜んでいるのは私達自身だ。「ゲス不倫!」と人を罵る前に、自分たちのゲスさ加減に気づくべきだ。
「一億総ゲス社会」
 人の不幸は蜜の味。そんな社会に私たちはどっぷりとつかっている。

 確かに「一億総ゲス化」は着実にパワーアップし、かつ進化を遂げている。政治家の「不倫」はもはや道義的にどうこういう問題ですらなくなった。ただのエンターテインメントの一部でしかないのだ。エンタメというと聞こえがいいが、要は「芸能」。「政治家」は「芸能人」とほぼ同義語となり、その政治家がどのような政治信条を持っているのか、これまでにどのような政策を進めてきたのかなどということには誰も興味がないのだ。

 興味があるのはスキャンダルだけ。現代人の欲求不満のはけ口を提供しているにすぎない。そんな存在に政治家は堕ちた、ということだ。それにテレビのワイドショーや政治バラエティーが加担している。
2017年9月、愛知県尾張旭市での支援者を集めた会合を終え、報道陣に囲まれる山尾志桜里氏
2017年9月、愛知県尾張旭市での支援者を集めた会合を終え、報道陣に囲まれる山尾志桜里氏
 こうした状況に甘んじている政治家も問題だが、しかし、だ。よーく考えてみたら、その政治家を選んでいるのは私たち有権者だし、ワイドショーを熱心に見て視聴率を上げているのも、私たち自身なのだった。

 結局、ツケは自分たちに返ってくる。そう気づいたら暗澹(あんたん)たる気持ちを通り越して滑稽さすら感じる。嗚呼(ああ)、因果応報とはこのことか。