2017年12月05日 19:13 公開

ジェイムズ・クック北米特派員

自分が世界のどこにでも持っていく、大事にしているものがある。ペンギン・ブックス刊行の「20世紀のスピーチ」というペーパーバックだ。あまりにあちこちに持っていくので、もうぼろぼろになっている。

表紙の写真では、ジョン・F・ケネディ大統領が演台をぎゅっとつかんで、とうとうと演説している。裏表紙では、マーティン・ルーサー・キング牧師がワシントンDCのリンカーン記念堂で、群衆を前に手を挙げている。

2つ目の写真をじっと見ていると、リズミカルで朗々と響く、キング牧師の声が聞こえてくるようだ。牧師が夢を語る時の声の抑揚、かすかなビブラートが聞こえてくる。

2枚の写真に挟まれて、この本は民主主義の理想に光り輝く、さまざまな演説を紹介している。その多くは歴代の米大統領によるものだ。

1919年9月にコロラド州プエブロで国際連盟の意義を強調した、ウッドロウ・ウィルソン大統領の演説もある。「米国人が常に立ち上がり、手を差し伸べるものが1つある。それは、正義と自由、平和の真実だ」。

ハーバート・フーバー大統領が1928年10月にニューヨークで、保守主義の重要性を強く訴えた演説も含まれている。「『進歩の歩み』は『個人の秩序ある自由と機会均等』の上に成り立っている」と。

翌年のウォール街大暴落でその進歩の歩みは突然止まり、1933年春にフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の就任演説がラジオ放送で全米に流れる頃には、米国は大恐慌の真っただ中にあった。

ルーズベルト大統領の就任演説は、「ただひとつ恐れるべきは、恐れ自身である」という有名な一文が最も有名だが、そのほかの内容も素晴らしい。たとえば、「公職や高い政治的地位の意義は、その名声と個人的な利益のみにあるという、誤った考え」を警告している箇所などがそうだ。

民主党のルーズベルト大統領は、共和党の前任フーバー大統領の「徹底した個人主義」を断固として否定したかもしれない。しかし、2人とも同じように自由を重視していた。その証拠に、ルーズベルト大統領は1941年、「4つの自由」について議会で演説した。すなわち、言論の自由と信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由だ。

「他人の自由を犠牲にした上で、持続的な平和を得ることはできない」とルーズベルト氏は宣言した。

ルーズベルト大統領の下、米国はその前年から、孤立主義をやめ、ファシズムとの戦いに加わるための長い道のりを、ゆっくり歩き始めていた。「民主主義の武器庫」という演説では、米国は英国の戦いに協力し、膨大な人員や物資を提供するべきだと、参戦を嫌がる国民に訴えかけた。

第32代大統領のルーズベルトから13人目を数える今、米国は内向きになるべきか、それとも世界と関わるべきなのかという議論が、ドナルド・トランプ氏のもとで再燃した。

トランプ大統領は、自分は孤立主義者ではないと主張する。しかし、米国の外交政策は単なる取引の産物なのだと断定し、「米国第一」を掲げてきた。「米国第一」とは元々、ヒトラーとの戦争を望むルーズベルト大統領に対抗するため、反対勢力と結びついたスローガンだった。

1940年代の「米国第一委員会」の最も有名な論客は、世界的に名高い飛行家のチャールズ・リンドバーグ氏だった。「戦争を扇動している」と複数のユダヤ人団体を非難しながら、自分はナチス支持者だと非難された。

「米国第一」のスローガンを受け入れることそのものは、ただちにファシズムではない。しかし、考慮すべき要素はほかにもある。

リンドバーグ氏とルーズベルト大統領にとって、真珠湾への日本の攻撃が全てを変えた。米軍は1944年、仏ノルマンディーの海岸に上陸し、ナチスの銃弾を浴びながら突き進んだ。

その40年後、ロナルド・レーガン大統領はノルマンディーから英仏海峡を見下ろすポワント・デュ・オックに立ち、米兵の犠牲を追悼した。「この場で連合国は、独裁と戦い、人類史上ほかに類を見ない巨大な偉業を成し遂げた」と。これも私の演説の本に載っている。

もちろん、米国は常に、自分たちの理想の通りに行動してきたわけではない。

今週は、米軍がコロラド州のシャイアン族とアラパホー族の女性や子供たちを殺害し、遺体を切断した、「サンドクリークの虐殺」の153年目に当たる。白人が新大陸の先住民を征服する過程で、こうした大虐殺が次々と起きた。

民族虐殺(ジェノサイド)と奴隷制を土台に作られた米国は、恥ずかしいほど長いこと、民主主義の理想を語る声に耳をふさぎ続けた。

「民主主義の約束を実現」すべきだと繰り返し訴えるマーティン・ルーサー・キング牧師の声を、米国が聞き入れるようになるまでには、長い月日がかかった。

ウッドロウ・ウィルソン大統領も理想の実現から目を背けた一人で、美辞麗句を口にしながら、人種差別的な政策も導入した。今でもその民主主義の約束は部分的にしか達成されていない。

米国は民間人を爆撃し、裁判なしで拷問や投獄を重ねてきた。民主主義の尊重を掲げながら、民主主義がもたらすものが気に入らなければ、民主主義そのものをゆがめてきた。

第45代大統領のトランプ氏は、このことを少なからず認識しているようだ。トランプ氏は就任直後にフォックスニュースに対して、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を尊敬していると述べた。

番組の司会者が、「でも、人殺しですよ。プーチンは人殺しだ」と反論すると、トランプ氏は「人殺しはたくさんいる。うちにもたくさんいる。それとも何か、この国はそんなに潔白だと思ってるのか?」と答えた。

確かにその通りなのかもしれないが、だからといって米国大統領が、あっさり気軽に、公の場で堂々と、プーチン氏のロシアと米国を同じもののように語ったのは、その内心をあからさまに見せた、驚くべき瞬間だった。

米国史を通じて、国の指導者たちは往々にして、少なくとも建前上は、国の基盤となる価値観を大事に掲げるふりをしてみせてきた。全体主義の脅威に米国の存亡がかかっていたこともあった。ロシアの脅威に、米国の存亡がかかっていたことさえあるのだ。

ケネディ大統領は1963年にベルリンで、「自由には多くの困難が伴い、民主主義は完全ではない」と認めた上で、「だからといって、自分たちの国民を国内にとどめるよう、国外に出ないようにするため、壁を造る必要など、決してなかった」と演説した。

トランプ氏の物言いは、他の大統領とはかなり違う。

トランプ氏は信教の自由や人種間の和解を優先するどころか、極右に取り入るような言動を繰り返してきた。

バラク・オバマ大統領が米国生まれではないという差別的な嘘を、自ら広めた。

報道の自由を繰り返し妨害し、不都合な、あるいは批判的な報道を「フェイクニュース」だと、繰り返し退けてきた。

また、トルコのエルドアン大統領(「非常に高得点」)やフィリピンのドゥテルテ大統領(「素晴らしい関係」)、エジプトのシシ大統領(「あなたの靴が大好きだ」)などの独裁者たちに、熱心に接近してきた。

ロンドンのテロ攻撃に際しては、ロンドンのサディク・カーン市長に連帯を示すどころか、市長を攻撃した。市長はイスラム教徒だ。

そして今回、おそらくこれまでで最も衝撃的なことが起きた。4000万人以上がフォローする自分のツイッターアカウントを使って、米国大統領が、英国の人種差別的な弱小極右団体「ブリテン・ファースト」を、大いに応援したのだ。

そればかりか、テリーザ・メイ英首相に批判されると、理屈の上では最も親しい外国首脳のはずのメイ首相をも攻撃した。

米英の「特別な関係」など、この程度のものだ。

来年始めに延期されたトランプ氏の英国公式訪問は、どうなるのか。英国民の大多数が声高に激怒することなしに、実現するとは思えない。しかし英政府は、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)後を視野に米国との貿易協定を何としても結びたい状況にある。なので政府は、公式訪問は間違いなく実現すると力説している。

両国がナチス打倒のために肩を並べて戦った時代から、遠くかけ離れてしまった。

私の大事な本には、すばらしく理想主義的な数々の演説の合間に、まるでヒ素の粒のようにファシストや人種差別主義者の言葉が混ざっている。アドルフ・ヒトラー(「私の忍耐は限界に達した」)、ラインハルト・ハイドリヒ(「最終的解決」)、イギリス・ファシスト同盟のオズワルド・モズリー(「英国はいま再び偉大になろうとしている」)など。最後の方には保守党議員イーノック・パウエルの言葉もある(「テベレ川が大量の血で泡立っている」)。

こういうファシストの言葉を今あらためて読むと、疑問がひとつ浮かんでくる。当時の米兵たちは、いずれ自分たちの大統領がファシズムを応援できるようになるため、ノルマンディーの浜辺で戦って死んだのだろうか?

とんでもない疑問だ。ばかげた疑問だと言ってもいい。こんな質問をすること自体、不謹慎だという人も大勢いるだろう。

しかし、自分たちが目にするものをありのままに語るのが、私たち記者の仕事だ。そして、2017年現在の米国では実に簡単に、ファシズムと人種差別の広まりを目にする。

トランプ氏は「ブリテン・ファースト」のファシズムを拡散し、世界中にそのメッセージをとどろかせた。イギリス・ファシスト同盟の指導者モズリーの、後を引き継ぐような内容のものだ。

モズリーが1939年7月にロンドンのアールズ・コートで開いた大規模集会は、「ブリテン・ファースト」というスローガンが宣伝文句だった。モズリー自身もその晩の演説で「ブリテン・ファースト」と口にした。同じ演説でヒトラーを擁護し、「ユダヤ人金融の腐敗した利益」を攻撃しながら。

ウィキペディアはすでに削除されたウェブページを引用して、次のように説明している。現在の「ブリテン・ファースト」の目的は、「英国とキリスト教の倫理観」を守り、「先祖から伝わる民族的・文化的遺産」を保存し、「生来の英国人」が国の「人口の大半」を占め続けるようにすることだという。

トランプ氏は、自分が目指す「アメリカ第一」とは、人種や宗教に関わらず、すべての米国人にとってのものだと主張している。しかし反対勢力は、大統領が使うのはいわゆる「犬笛的表現」だと批判する。つまり、犬笛が犬にしか聞こえないように、特定の支持層には伝わる表現を駆使して、その支持を取り付けようとしているのだと。

大統領選への出馬を発表したその時点で、トランプ氏はメキシコ国境に壁を造り、「強制送還部隊」を創設し、米国から1000万人の不法移民を国外退去させると公約した。

「メキシコがこの国に送ってくるのは、メキシコの特に優れた人たちじゃない。麻薬や犯罪、強姦犯たちを送り込んでいる。中にはいい人たちもいるだろうが、国境警備隊に聞けば、どんなやつらが来ているのか教えてくれる」。これがトランプ氏の出馬宣言だった。

トランプ氏は黒人に殺された白人の割合について、偽の統計をツイートした(そして後に削除した)。

バージニア州シャーロッツビルでネオナチ集会に抗議していたヘザー・ハイヤーさんが殺害された際も、トランプ氏はまず、最初の反応は「色々な側」に責任があると発言。ファシストたちと並んで行進していた一部の「すごくいい人たち」を擁護した。大統領のこの発言はナチスと、ナチスに抗議する人たちを、道徳的に同等だと位置づけたものと受け止められ、与党・共和党の議員たちでさえ、あまりのことに慌てふためく始末だった。

2012年大統領選の共和党候補だったミット・ロムニー氏のツイートが、大勢の気持ちを代弁した。

「違う、同じじゃない。一方は人種差別主義者で、偏狭なナチス。もう一方は人種差別主義と偏見に反対する人たち。道徳的にまったく異質だ」

イスラム教についてもトランプ氏は、共和党の従来の方針と正反対を行く。共和党はこれまでだいたいにおいて、世界人口の4分の1近くの約18億人を信者を持つイスラム教の一般的な思想と、過激派の思想を結びつけないよう、細心の注意を払ってきたのだが。

大統領候補だったトランプ氏は2016年3月、米CNNの司会者アンダーソン・クーパー氏から、イスラム教は欧米と戦争状態にあると思っているのかと質問された。答えの中身は、驚異的なものだった。

「イスラム教は私たちを憎んでいると思う。何かがある。すさまじい憎悪がある(中略)私たちに対する、信じられないような憎悪が」

真意を問いただされたトランプ氏はそれでもなお、イスラム教主流派と聖戦主義者の区別を拒否した。「線引きはとても難しい」と述べて。

選挙中のトランプ氏は「米国へのムスリム(イスラム教徒)たちの入国をすべて完全に停止する」よう呼びかけ、モスクの閉鎖と在米ムスリムのデータベース作成を、少なくとも検討はしていた。

今世紀の終わりになって、トランプ氏のこのような発言がフーバーやルーズベルト、ケネディやレーガン各大統領のものと並ぶのだろうか? その場合、その並びは不思議なものに思えるのか。それとも普通のことになっているのか。そのころの米国は再び多文化共生の考えを推進していりうのか。それともいわゆる、安全だと言われる白人キリスト教社会の中に退却しているのか。

この2年の間、私は様々なトランプ支持者たちに会ってきた。その大勢は、本当に大勢は、親切で勤勉な米国人で、少数派への恨みつらみなど抱いていなかった。

しかしその一方で、ホワイトハウスの主人に声援を送る人種差別主義者や白人至上主義者たちにも、少なからず出会ってきた。

加えてトランプ氏は、影響力のある極右メディア「ブライトバート」に支持されている。率いるのは他ならぬ、スティーブ・バノン前首席戦略官その人だ。

トランプ氏は、米国の民主主義的理想から逸脱した最初の大統領では、決してない。しかし同じ逸脱するにしても、トランプ氏のやり方はあまりにあからさまで、あまりに頻繁で、その態度はあまりに人種的に、そして宗教的に激烈だ。それゆえに、トランプ氏の行動は母国の分断を助長し、他国からの評判を危うくしている。

私の大事な演説集では、米国の理想主義の炎がまぶしく輝いていた。しかし今やその炎は、風前の灯だ。

(英語記事 Giving succour to the far right, Trump breaks with American ideals