坂爪真吾(ホワイトハンズ代表理事)


 高齢期には4つの「ムエン」があると言われている。一つ目は、人間関係の貧困を意味する「無縁」。二つ目は、社会的孤立を意味する「無援」。三つ目は、経済的貧困を意味する「無円」。そして四つ目は、性的貧困を意味する「無艶」だ。

 現役時代にどれだけ性的に満ち足りた暮らしを送っていた人でも、超高齢社会においては遅かれ早かれ、この「無艶」に直面する時が必ずやって来る。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2024年には人口の30%が65歳以上の高齢者になるとされている。全ての人が高齢期の「無艶」に直面せざるをえない時代の中で、私たちは「生殖なき後の性」をいかに生きればいいのだろうか。

 本稿では、高齢者の中でも男性と比べてメディアで取り上げられることの少ない性的マイノリティと女性の性に視点を当てて、このテーマを考えていきたい。
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 黒沢心平さん(75歳・仮名)は、柔らかいライトに照らされた会場の中央で、一糸まとわぬ姿で直立している。黒沢さんの周りには約20人が座っているが、声を出す人は誰もいない。静寂の中で、スケッチブックに鉛筆を走らせる音だけが響き渡っている。

 ここはバリアフリーのヌードデッサン会『ららあーと』(一般社団法人ホワイトハンズ主催)の会場である。年齢や性別、障害や病気の有無にかかわらず誰でも参加することができ、20代の学生から70代の高齢者まで、様々な世代の参加者がデッサンを楽しんでいる。黒沢さんが75歳でヌードモデルにチャレンジしようと思った背景には、どのような理由があったのだろうか。

 岡山県で生まれた黒沢さんは、20歳の時に上京し、電話工事の請負・施工の仕事を始めた。会社の男性寮で生活していたので女性とは無縁の毎日だった。当時は電話が交換手による人力から自動に変わる転換期であり、黒沢さんは全国各地を回って仕事を精力的にこなしていた。

 30歳の時、同郷の1歳年下の女性と見合い結婚する。結婚初夜が黒沢さんにとっての初体験だったが、セックスに関する知識は雑誌や医学書で読んでいたので、行為自体はうまくいった。そして結婚2年後には子供を授かった。

 34歳の時に独立し、電話工事の請負・施工業務を行う会社を設立した。当時電話工事に関する需要は山のようにあり、仕事の依頼は途切れることがなかったという。

 順調に仕事と家庭を築いていく一方、黒沢さんは30代半ば頃から「自分はバイセクシュアル(両性愛者)ではないだろうか」という思いを抱えるようになる。当時は今よりもはるかに性的マイノリティに対する偏見や差別が根強い時代だったため、バイセクシュアルであることを自分から誰かに打ち明けることはしなかった。

 そんな中で、同じ性的マイノリティの人たちが集まる場所とされている映画館やバーなどに何度か足を運んだ。そうした場所で誘われて、男性と身体の関係を持ったこともあった。一時的に満足できたが、冷静になって振り返ると「本当によかったのだろうか」と後悔する時もあったという。