大好きな野球、高校で学んだことを後輩に教えたい気持ちは「悪」だろうか。それが「未熟なのに教えるなんて」という理由ならまだ理解できる。そうではなく、親しく指導することが「勧誘行為になる」。それが規制の理由というからますます言葉を失う。実際に、甲子園にしばしば出場する高校の監督の多くが、熱心に中学生を誘い、訪ねてくる中学生に練習の機会を与える。良ければ「1年夏から4番で使う」と約束したなどの逸話は、その選手の同伴者から直接聞いたことがある。そんな逸話は山ほどある。いずれも有名な監督たちだ。

 数年前には、ある私学の監督からこんな嘆きを聞いた。

「うちは中高一貫ですから、中学3年生も夏の大会を終えたら高校の練習に参加させていました。ところが、センバツ出場が決まった年、高野連から厳重に注意を受けました。誰かが高野連に告発したらしいのです。以来、同じ学校の中学生でも、春休みになるまで一緒に練習させるのはやめました」

2016年3月、センバツ開会式で励ましの言葉を述べる
日本高野連の八田英二会長=阪神甲子園球場(代表撮影)
 サッカーなどは、中学3年、高校3年の夏から受験期にかけて、半年以上もブランクを作る弊害をいち早く問題視して、できるだけ空白期を作らないよう、3年生の冬にも大会を開催し、競技が続けられるよう配慮している。野球界はほとんどそんな発想を持たず、半年以上もチームの練習から離れる現実を放置し続けている。それどころか、中学生が高校生に混じって練習することを「悪」とし、環境を狭めている。

 なぜ高野連は「一緒に野球をすること自体が悪」という、自家中毒みたいな状態を自ら作っているのか。すべては「勧誘行為の禁止」という、野球が隆盛していた時代、行きすぎた競争を防ぐために作られた自主規制だ。

 時代は変わっている。野球界は今、「野球少年の減少」「野球への好意的なまなざしの減退」という深刻な問題に直面している。野球を楽しむ環境がどんどん減っている。サッカー、バスケットボールなど、他の競技の人気上昇や多様化があって、野球を選ぶ少年が激減している。そんな中で、いつまでも偉そうに狭い組織の中でしか通用しない常識や権力を振りかざし続ける高野連は、まさに野球衰退の根源そのものだ。それのどこが「教育的」なのか。

 良識ある野球ファンたちが声をあげて、「その程度の過ちで、市川越の辞退を受け入れるな」「規則そのものがおかしいのだから、即刻、規則を変えてもっと自由に交流させるべきだ」と改善を働きかけたらいい。