高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 「自由微博」(フリー・ウェイボー)というウェブサイトがある。中国の大手ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「微博」の検閲状況を明らかにするために匿名のネットユーザーによって創設された。微博で発表された書き込みをすばやく収集し、その後閲覧不能になったものを表示するシステムだ。

 「劉暁波」や「RIP」と入力しても検索ができない
短文投稿サイト「微博」の画面=2017年7月19日
 「劉暁波」や「RIP」と入力しても検索ができない 短文投稿サイト「微博」の画面=2017年7月19日
 このサイトを見ると、検閲対象が一目瞭然だ。習近平総書記など中国共産党高官に対する批判から、話題の社会事件、さらにはノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏などの(政府に抗議する)異見分子、人権派弁護士に関連する書き込みなどが対象となっている。原稿執筆時には、北京市の富裕層の子供が通う紅黄藍幼稚園の幼児虐待事件と、北京市の「低レベル人口」追い出し事件が特に注目の話題であった。

 インターネットの普及からおよそ20年、中国政府は検閲制度とシステムの発展を続けてきた。特に習近平体制発足後の発展ぶりがすさまじい。現在ではSNSやネット掲示板、ウェブメディア企業による自主検閲、大学生など共産主義青年団(共青団)を中心としたボランティア、政府部局に雇われたサクラなど多層的な検閲システムが用意されている。サクラはいわゆる「五毛党」と呼ばれ、かつて一書き込みあたり5毛=約0・9円の報酬で求人が出ていたことに由来する。

 また、いわゆるネット炎上事件をいち早く察知し対応するためのソフトウエアも開発されており、このネット世論監視ソフトを扱うための「ネット世論管理士」なる国家資格まであるほどだ。検閲・世論操作に従事する労働者は一説では1000万人を超えるという。ネット検閲を回避する手段を俗に「壁越え」という。最近では仮想プライベートネットワーク(VPN)を使う手法が一般的だが、やはり規制強化が進み、つながりづらくなっている。

 これほどのリソースを費やしてまで検閲を行うのは中国共産党の危機感のあらわれだ。2002年から12年まで続いた胡錦濤体制の中国は「維権運動の10年」だったと言ってもいい。「維権」とは権利擁護を意味する中国語だ。土地収用、環境破壊、官僚の汚職、不当解雇、賃上げ要求、露天商に対する横暴な取り締まり…さまざまな分野で、政府批判の声が上がった。

 司法の独立が担保されていない中国において、かつては「維権」の手段として活用されてきたのが陳情だ。中国の中央政府、地方政府には陳情担当の部局があり、正当なる異議申し立てのルートとされている。ただし、陳情を受け入れるかどうかは政府担当者の胸一つであり、まさに「いちるの望み」という言葉がぴったりの、極めて成功率の低い賭けであった。

 2000年代中盤以降、陳情に変わりネット経由の告発が「維権」の新たな武器となった。ネット掲示板やSNSを活用して問題を告発し自らの窮状を訴える。その訴えが一定以上の注目を集めれば、政府とて無視できず救いの手を差し伸べざるを得ない。ネットの告発とて成功率は決して高いものではないが、少なくとも注目を集めるための手段を工夫する余地がある。

 当時、「囲観」という言葉が流行していた。やじ馬を意味する中国語だが、ある社会事件について注目する、あるいは言及するようなやじ馬を集めることこそが政府に圧力を与え、譲歩を引き出す手段として認識されていた。何も全身全霊で支持する必要はなく、その問題について一言二言何の気なしにつぶやくようなネットユーザーが相当数存在すること。その事実が政府をおびえさせるというわけだ。書き込みを工夫してネット炎上に持っていくことができれば、勝算はある。陳情という相手頼みの手段とは異なり、主体的な取り組みができる異議申し立ての手法だった。