ネットを活用した「維権運動」の最大の成功例として知られるのが烏坎(うかん)村の事例だろう。広東省陸豊市の烏坎村では村役人による横領が問題となった。村民らは汚職した村役人を追放し、自ら新たな村役人を選出し問題解決にあたることを求めて、抗議デモや陳情を繰り返して抗議したが、警察に逮捕された抗議運動のリーダーが取り調べ中に死亡したことをきっかけに抗議活動は激化。村民がバリケードを築いて村に立てこもり、その周りを武装警官隊が包囲する事件にまで発展した。

 この間、村民らはインターネットを通じて積極的に情報を発信した。「武装警官隊に包囲された村」「民主選挙を求める村人たち」とはなんとも気を引く話題ではないか。多くの中国ネットユーザーがこの事件を「囲観」し、英BBCなど海外メディアも大々的に報じた。こうしてついに中国政府側は譲歩し、村民による独自選挙で新しい村役人を選出することに合意した。

 胡錦濤体制末期にはこうしたネット炎上が政府の譲歩につながる社会事件が続出していた。習近平政権はネットを活用した抗議活動を統治の危機と考え、検閲体制を大幅に強化している。異見分子や人権派弁護士などネット炎上を演出し政府に圧力をかけるノウハウを持った人々に対しては逮捕、弾圧といった強行策をとったほか、前述した共青団による監視ボランティアの拡充、ネットサービスの実名化推進や自主検閲の強化などの体制づくりが進んだ。

 2017年現在の中国ネット世論は5年前と一変している。ネット炎上事件がゼロになったわけではないが、検閲のスピードアップにより鎮火のペースは以前よりもはるかに速くなった。またネットユーザーの増加に伴い大衆化が進み、政治よりも娯楽に関心を寄せる人の比率が高まった。今、中国のネットを眺めてもかつてのような社会批判があふれかえっている光景はない。

香港にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」前で
劉暁波氏を悼み記帳する人たち=2017年7月14日
香港にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」前で 劉暁波氏を悼み記帳する人たち=2017年7月14日
 もっともネットから政府批判が一掃されたわけではない。例えば今年7月、劉暁波氏が死去したとき、政府はこの話題に関する検閲を断行、ロウソクの絵文字まで禁止するほどの徹底ぶりを見せた。それでも一部の人々は「先生がお亡くなりになった」「惜しい人をなくした」などの表現で自らの心情を表現した。

 また近年流行しているのが、音声による情報拡散だ。「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞した人権活動家の陳光誠氏は2012年から米国に在住している。陳氏に関する情報は検閲対象だが、その講演録は音声ファイルという形で中国のネットに流通しているという。検索可能な文字情報は検閲がしやすい。動画情報は厳格に規制されておりやはり流通が困難だ。政府が察知しづらく、またファイルサイズも小さいため、気軽に送れる音声ファイルでの情報流通が広がっているという。陳氏は「ユーチューブで動画を公開した15分後には音声ファイルが出回っていた」と話す。陳氏以外でも、多くの講演が音声ファイルとして広く出回っているという。

 胡錦濤体制当時のような表だった盛り上がりはないが、水面下では当局がひた隠しにする情報が流通している。中国政府は検閲技術の向上や人海戦術によってさらに規制を強化していくだろうが、この流れを完全に絶つことはできないだろう。この水面下での情報流通が何を生み出すのか、見過ごしてはならない動きだろう。