「エルサレムが首都」パレスチナを裏切ったトランプの真意

『前嶋和弘』

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前嶋和弘(上智大総合グローバル学部教授)

 いったい何が起こったのか、と私も感じた。それくらい、今回のトランプ米大統領の発言には唐突感があった。新たな和平の枠組みがない中で、エルサレムをイスラエルの首都と承認し、大使館移転を行うことは、和平プロセスを根本的に破壊し、中東にもう一つ紛争の種をまくことになるのは必至だ。

 しかし、トランプ氏の頭の中を想像するに、それなりの論理があるようだ。本稿ではそれを想像してみたい。

 まず、比較的想像しやすいのが、昨年の大統領選挙で自分に投票してくれた人への「利益還元」である。具体的には強固な支持層である共和党のキリスト教保守派向けへの「感謝」のメッセージである。

 米調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、有権者の全体の26%を占めるキリスト教保守派(福音派、ボーンアゲイン)のうち、2016年にトランプ氏に投票したのは81%と圧倒的である。この数字は12年の78%、08年の74%よりも一段と大きくなっている。

 このキリスト教保守層を固めるために、昨年の選挙戦でトランプ氏は副大統領に過去の米国の政治家の中で最も宗教保守的といえるペンス氏を任命した。さらにそれだけでなく、選挙公約として「イスラエルの永遠の首都はエルサレムとする」と何度も強調した。

 それではなぜ、キリスト教保守派はイスラエルを大切にするのか。それは、ユダヤ教とキリスト教は同根(「ユダヤ・キリスト教」)であるという意識が強いためだ。「イスラム教に比べれば…」という意識もある。

 ここで注意しないといけないのは、ユダヤ教徒ではなく、キリスト教保守層向けという点である。全米の人口の3%程度を占めるといわれるユダヤ系は、16年の大統領選でもそうだったが、常に7割程度が民主党に投票するように、一枚岩ではない。ホロコーストの歴史を経験したユダヤ系は多様性や人権を重視する民主党の方に親和性があるという構造である。だから、穏健派は今回のトランプ発言に一斉に反発している。

 日本でもよく引用される米国のユダヤ教の有力利益団体に、米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)のようなイスラエル寄りの強硬派団体がある。トランプ氏の娘婿、クシュナー大統領上級顧問はこのAIPACと強い関係にある。
トランプ米大統領(右)と娘のイバンカ大統領補佐官(中央)、娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問=2016年6月、ニューヨーク(ロイター=共同)
 しかし、強硬派の団体がある一方で、「Jストリート」というリベラル寄りの団体もある。Jストリートはトランプ発言直後に「大きな間違い」という声明を出した。特にリベラル派のユダヤ人にはイスラエルと距離を置こうとする人たちもおり、筆者が数年前に米国の学会に参加した際、急に「全体集会で反イスラエル決議をまとめる」という極めて政治的な動きに直面し、やや面食らった。この決議の中心にあったのが、リベラル派のユダヤ系の大学研究者だった。
宣言後に残ったトランプの「矛盾」

 そのような中で不思議なのが、今回の発言でイスラエルとパレスチナが共存する「二国家解決」をトランプ氏は崩していない点である。さらに注目したいのが、大使館移転繰り延べ命令に、結局トランプ氏が署名した点である。1995年に議会を通過したエルサレムへの大使館建設法案を延期してきた歴代の大統領を散々批判した後で、トランプ氏は過去の大統領と同じよう対応を選んだ。

 この矛盾するトランプ氏の言動をさらに想像してみる。過去25年ほどの間、イスラエルが常に優勢である中、そもそもパレスチナ和平が全く進む可能性が見えない。乱暴だが逆にエルサレムをイスラエルのものと認めて、和平の中立的な仲介役としての米国の立場を捨てようと思ったのではないか。米国が和平から抜ける一方で、パレスチナ和平をイスラエルとパレスチナの間で進めさせた方が現実的な和平になるという「ショック療法」だったかもかもしれない。

 「首都承認」発言後、イスラエルのネタニヤフ首相に「あまり公に喜びすぎるな」とトランプ氏が伝えたと言われており、それを見るとショック療法である可能性も確かに見える。ただ、そんな破天荒な治療がどれだけうまくいくかわからない。
2017年12月、パレスチナ人の抗議デモで燃やされるトランプ米大統領やイスラエルのネタニヤフ首相の写真=パレスチナ自治区ガザ(ロイター=共同)
 ただ、今回のトランプ氏の発言は国際社会からの反発は必至であり、すでに多くの混乱が起こりつつある。イスラム国との戦争で力をつけたレバノンのシーア派組織ヒズボラなどがイスラエルへの攻撃に踏み切る可能性もあろう。最近米国との関係が悪化しているトルコの反発なども考えられるだろう。

 ここ数年の中東情勢の変化の中で、何と言ってもイランの台頭が大きい。「アラブの春」でアラブ諸国が大いに動揺し、そこにイランが進出している形だ。トランプ氏が今年5月、最初の外遊先としてサウジアラビアを選んだのは偶然ではない。この外遊でイランを敵視することでつながるサウジアラビア、エジプト、イスラエル、米国で「対イラン包囲網」を作ろうという狙いが明確にしている。

 サウジアラビア、エジプトはイスラム世界から非難され、トランプ氏の発言を取りあえず強く批判した。トランプ政権に近い両国が「はしごを外された」として、非難の姿勢をどう取るかは難しいところだが、本音の部分では対イランで米国と組む方が得策という考えもあるのかもしれない。

 これまでの秩序をぶっ潰す「壊し屋」トランプ氏。この難しい「怪物」とわれわれはうまく付き合っていかなければならないことを今回の発言を通じてさらに痛感した。

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