上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 日本の医療が崩壊の瀬戸際にある。「戦犯」は厚労省の医系技官だ。医系技官とは、医師免許をもつキャリア官僚。一つの次官級ポスト、一つの局長ポストを持つ一大勢力だ。彼らは「医師偏在是正」を大義名分に、医療への国家統制を強化しようとしている。

 読売新聞は12月4日の朝刊で、「医師が地方で不足する偏在対策をめぐる議論が、年内の取りまとめへ向けて大詰めを迎えている」と紹介した。この記事では、病院長になるには「地方勤務」が要件となることが取り上げられたが、これは序の口だ。

 来年度の通常国会に提出予定の医療法改正は「暴挙としか言いようのない施策(厚労省関係者)」のオンパレードである。本稿を執筆している12月5日現在、読売新聞は有識者の意見を踏まえて、議論が進んでいると解説しているが、実は、この法案は既に内閣法制局に提出されている。国民はもちろん、現場の医師に何も説明することなく、事態は進んでいることになる。

 私は、国家統制も一つの選択肢だと思う。ただ、全ての政策には長所と短所がある。民主主義国家では、政府は政策の長所と短所を国民に説明しなければならない。最終的に判断するのは国民だからだ。医系技官は民主主義を尊重する気はないようだ。その際、マスコミが重要な役割を果たす。ところが、今回の法改正について、マスコミはほとんど報じない。
(iStock)
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 筆者の知る限り、もっとも詳細に報じたのは、11月18日に毎日新聞が「医師不足把握に新指標 地域偏在是正に活用へ」と報じた記事だ。この記事の中では、「この20年間で、麻酔科や放射線科、精神科の医師は6~8割程度増えたが、激務の外科医や産婦人科医は横ばいだ。厚労省は診療科ごとの各都道府県の需要を予測し、必要な専門医数の目安を示して勤務先を誘導する。来年度導入される新専門医制度でも、研修病院が都市部や大学病院に偏らないよう日本専門医機構が都道府県と調整することを、法律に明記する」と書かれている。

 書き方は穏やかだが、中身は「国家統制」そのものだ。複雑化した社会で、こんなことが出来ると本気で信じているのだろうか。もし、そうなら20世紀の共産主義国家の失敗から何も学んでいないことになる。

 医師不足・偏在の解決は、国家統制による強制配置だけではない。まずは、医師の供給を増やすと同時に、医師の需要を減らすことを考えるべきだ。前者は医学部定員の増員や外国人医師の勤務解禁、後者は医師の業務独占の緩和や人工知能や遠隔診療の導入などが挙げられる。

 いずれも日本医師会の抵抗が予想される政策だ。厚労省は世論の後押しがなければ推進できない。いや、官僚ではなく、本来、政治の仕事だ。いまの安倍政権には、そのつもりはなさそうだ。

 情けないのは、マスコミまでが、厚労省の言うがまま思考停止していることだ。知人の全国紙の記者は「役人が記者クラブの連中の先生です。言われたまま書いています」という。これは新聞の「自殺」だ。新聞が経営危機に瀕しているのは、読むべき記事が減っているのが大きい。