渡部昇一(上智大学名誉教授)
鈴木孝夫(慶應大学名誉教授)

「世界に教える日本」に


鈴木 私は、まさにいまこそ日本的な文明を世界に広め、世界の危機を救うべきときだと思っているのですが、日本人自身にその自覚がない。それどころか、日本は“世界の辺境”だからという自虐的な史観がはびこっている。日本人の生き方を世界に教えようと言うと、日本が外国にものを教えるなど、思い上がりもはなはだしいと反対する人がいます。しかし、世界中どこへ行ったって、自分は世界の辺境の国民だなんて言う人は1人もいない。

わたなべ しょういち 上智
大学名誉教授。英語学者。
文明批評家。1930年、山形県
鶴岡市生まれ。上智大学
大学院修士課程修了後、独
ミュンスター大学、英オクス
フォード大学に留学。Dr.phil.
,Dr.phil.h.c.(英語学)。第24回
エッセイストクラブ賞、第1回
正論大賞受賞。著書に『英文
法史』などの専門書のほか、
『知的生活の方法』『日本興
国論』などの話題作やベスト
セラー多数。ワック出版より、
『渡部昇一の日本の歴史』
(全8巻)、『渡部昇一ベスト
セレクション』シリーズ刊行。
渡部 いわゆる“自虐史観”ですな。日本は歴史的に2回卑屈になった時代がある。国民すべてがそうだったわけではないけれど、明治維新のときと、今回の敗戦でね。

鈴木 歴史というのは、結果が大事だと思います。どんなに善意でしたことであろうと、相手がそれによって傷ついたり不幸になったりしたのであれば、それは悪かったということになる。しかし、一方で多くの人が利益を得たという結果もある。

 大東亜戦争では日本が大敗したから、愚かで無意味な侵略戦争だったと批判する声が日本人のなかにも多いけれど、その評価を下す前に、あの戦争の結果として、世界の様相が客観的な事実として具体的にどう変わったかを知らなければなりません。たとえば、かつての村山富市首相や土井たか子衆議院議長は、アジアに対してご迷惑をおかけしたと謝罪外交を続けましたが、日本に助けられたと感謝している人もたくさんいる。マレーシアの首相だったマハティール・ビン・モハマド氏などは「もし日本が戦っていなければヨーロッパの世界支配は永遠に続いただろう」と言っているし、「過去のことを謝り続けるのではなく、将来に向かって進むべきだ」と村山さんと土井さんを諭しています。

渡部 日露戦争も、それ以前400年続いていた白人至上主義の時代に終止符を打った世界史上の大事件でした。

鈴木 エジプトのガリ国連事務総長(第6代)は、日本に来るたびどんなに忙しくても必ず東郷神社にお参りしました。東郷平八郎元帥がロシアのバルチック艦隊を打ち破ったことが西洋主導の植民地主義の風向きを変えたんだと言ってね。

 それからもう一つ、それぞれの民族とか国民、個人の立場によって歴史の解釈のしかたは無数にある。裁判だって、白黒つければ原告と被告のどちらかに必ず不満は残ります。どの国も満足するような客観的な解釈なんてものがあるわけがない。たとえば韓国の立場になればそれは言い分もあるだろうけれど、日本の立場だってある。相手の立場を認めないで一方的に全面否定する態度はそもそも常識がない。客観的にどちらが間違っているという議論は不毛ですよ。にもかかわらず、日本の高校の先生が生徒を韓国に連れて行って土下座して謝罪させるとか、非常識きわまりないことが行われている。

 私はNHKにもまだ韓国語の講座がないうちに、『朝鮮語のすすめ 日本語からの視点』(81年)という本を韓国語の先生と一緒にいち早く出しています。NHKは韓国と北朝鮮の両方に気を使って「韓国語講座」とするか「朝鮮語講座」とするか悩んでいたので講座がつくれなかった。あげくの果てに「ハングル語」なんてあり得ない言葉をつくり出しました。日本語を「かな語」というようなもので、意味をなさない。

渡部 大修館の『月刊言語』編集部でもえらく悩んでいました。それで、ぼくは「コリア語」というのを勧めた。

すずき たかお 1926年、東京
生まれ。慶應大学名誉教授。
同大文学部英文科卒。カナダ・
マギル大学イスラム研究所
所員、イリノイ大学、イェール
大学訪問教授、ケンブリッジ
大学(エマヌエル、ダウンニ
ング両校)訪問フェローを歴
任。専門は言語社会学。
『閉された言語・日本語の
世界』『ことばと文化』『日本
語と外国語』『武器としての
ことば』『日本人はなぜ日本
を愛せないのか』『日本語
教のすすめ』『人にはどれ
だけの物が必要か』など、
著書多数。
鈴木 それならいいですね。中国もシナと言ってはいけないのならチャイナと言えばいい。ぼくは「古代中国」という言葉を聞くたびにドキッとする。だって古代に中国はないわけですから。中国というのは65年しか歴史のない若い国です。その前は清であり明であり漢であり秦であって、中国という国はない。「古代中国」というのは常識で考えておかしいというのが冷静な感覚でしょう。

 私が『朝鮮語のすすめ』を出したのは、かつては植民地だったかもしれないけれど、いまは対等の隣国なんだし、地政学的にも大切だから日本人も重要な外国語の一つとして学ぶべきだという考えでしたから、私は韓国にシンパシーを感じていたんです。だけど日本海を「東海」と呼べなんて、バカも休み休み言えですよ。だって彼らから見れば東でも、日本からみれば西でしょう。日本にしたら使えないようなものをいまさら新しい地名として提案するのはあまりにも非常識だし、相手の立場に対する思いやりがなさすぎる。

渡部 ぼくは韓国について「植民地」という言葉を使うのは反対でね、「コロナイゼーション(colonization)」というのは植民地から収奪することです。日本は逆に韓国に資金を出して支援した。だから「合邦」、つまり「アネクセーション(annexation)」なんです。

鈴木 たしかに、ヨーロッパ人は侵略した国の王家を徹底的に潰します。いちばんいい例がイギリスはビルマ王家を根絶やしにして男は殺し、女は売り払った。ところが日本は韓国を併合して李王家に対して準皇族として丁重に扱った。

渡部 李王の世子、李垠殿下には皇室から奥方を出していますしね。さすがに英語の文献では日韓併合には「アネクセーション」という言葉を使っています。イギリスのスコットランドとイングランドがアネクセーションであるのと同じですね。

鈴木 だから、歴史というのはなるべく異なった見解から多数書かれるべきで、自分はどこの国の人間で宗教はこうだから、こういう立場から書くと明確にしなければならない。日本人もそろそろ、「われかくのごとくに世界を見たり」という世界史を書いたほうがいい。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代は日本の余った金でアメリカが買えるなんてつまらない話ばかりだったけれど、いまは世界を日本の目で見なければならない文明の転換期です。つまり「世界から学ぶ日本」が「世界に教える日本」に変わらなければならない。そのことを今度出した本(『日本の感性が世界を変える』)に書いたのです。日本のインテリにはまだ欧米志向、西洋を絶対的な基準としてものごとすべてを見る癖が根強いのですが。

宇宙船地球号


渡部 先生がおっしゃっているのは、西欧文明が人間中心の発展拡大に邁進した結果、現在の生態系や自然環境の破壊を生み出した。それにかわって日本文明を世界の基準とすべきだということですね。いわば西欧の「キリスト教的世界観」から、日本の「アニミズム的で汎神論的な世界観」への転換を提案しておられる。

鈴木 生きとし生けるものすべては、互いに共存共栄の無数の網目でつながっているという自然観をいまもかろうじて持ち続けている唯一の、しかも強力な先進国家が日本だからです。地球上のあらゆる生命体は、可視不可視の糸で複雑に結ばれているということは誰にでもわかる。つまり、人間も他のすべての生物と同じ・宇宙船地球号・の乗組員の一員にすぎない。そうしてその閉鎖空間はこれ以上、人類の勝手な発展拡大を許さない、外部からの輸入も輸出もできない「鎖国状態」にある。まさに江戸時代の日本の知恵がそこで生かされる。

 ……ということを今度の本で書いたのですが、私はめったに他人に参ったとは言わないんだけれど(笑)、渡部先生は40年以上前に、すでに「文科の時代」(73年)というエッセイのなかで、米ソの宇宙飛行士が「地球は宇宙船のように見えた」と表現したことを取り上げて、「地球を一種の宇宙船とするなら地球上での拡大の歴史は拒否されなければならない」「宇宙船の中での争いが、乗組員全員にとって致命的であることは誰にでもわかる」と書いておられた。しかも、日本文明のエネルギーが拡大や物質的生産ではなく、文学的方面に向けられている限り「宇宙船地球号」は安泰であると、同じ「宇宙船地球号」という言葉をすでに使っていらっしゃる。あの時代に宇宙船の比喩で人間の運命、人間のおかれた状況を指摘されたのには兜を脱ぎました。あれを前もって読んでいれば、渡部昇一先生もこう言っていると書けば箔がついたのに、残念なことをした(笑)。

伊勢神宮式年遷宮で臨時祭主の黒田清子さんを先頭に、
御飾の儀式に臨む神職ら=2013年10月5日、三重県
伊勢市の伊勢神宮外宮(門井聡撮影)
渡部 日本は神話時代から続く出雲大社と伊勢神宮の遷宮が行われたかと思えば、その翌年にノーベル物理学賞を3人も同時受賞している。さらにこの年に天照大神の長男の系統の高円宮家のお嬢様と、次男の系統の千家さんの息子さんが結婚された。このように伝統と現代科学の最先端が同居する国は世界に二つとありませんな。

鈴木 日本の歴史はいつから始まるかと考えると難しいけれど、私は西暦600年からとしています。覚えやすいですしね。『隋書』にはその600年に倭国王からの使節が来たと書いてある。だから西洋も含めて主だった国のなかでいちばん歴史が古い。西暦600年といえば、イギリスやフランスだってまだ混沌としたわけのわからない状態だった。アメリカはまだ建国二百数十年でしょう。

渡部 ぼくは最近、日本は建国三千年と言っているんですよ。というのは、いま言ったように高円宮の典子様と出雲大社の千家国麿さんが結婚されましたね。日本の島を伊弉諾尊・伊弉冉尊がつくった。その2人の子供である天照大神の長男の系統が神武天皇まで続いて、その子孫が高円宮でしょう。そして出雲国の国造になった次男の子孫が千家さんですよ。その子孫同士が結婚した。さかのぼれば天照大神から続いているのですから、ざっと3000年ということになります。それはホメロスの叙事詩がつくられたあたりの時代と言っても許されるのではないかと思うのです。

『イーリアス』にはご存じのようにトロイのパリスがギリシャのエレナを奪ってトロイ戦争になったと書いてある。ただ、それはホメロスがそう言っているだけで、神話か創作だと思われていたけれど、シュリーマンが遺跡を発掘して初めてトロイが実在したことがわかった。しかし、話はそれで終わりです。

 ところが、それを日本の状況に置き替えて言えば、トロイ王の子孫がずっと続いていて、いまお嬢さんがいる。一方、ギリシャ側のミケーネの王が歴代その島に住んでいて、いまのミケーネ王の男子がトロイ王の子孫のお嬢さんをもらったのと同じ構造になるわけですよ。そんなことは西洋では考えられない。日本というのはやはり一国家・一民族なんですね。どこの文明とも一緒にならなかった。

日本という「カミの文明圏」


渡部 日本人が犯した大きな誤訳が二つあると思う。一つはサンフランシスコ講和条約第11条の「日本政府は東京裁判などのジャッジメンツを受諾してこれを遂行する」の「ジャッジメンツ」を「裁判」と訳してしまった。日本は裁判の諸判決を受け入れただけで、裁判そのものを認めたわけではない。しかし、それで通してしまったものだから、1980年代になると「日本は東京裁判を受諾して国際社会に復帰したのだから中国の言うことは聞かなければいけない」なんてサンフランシスコ平和条約を忘れたバカなことが国会で言われるようになりました。これが最大の誤訳の一つ。

 もう一つは明治時代に「ゴッド」を「神」と訳したこと。仏教は「仏」だからいいんですよ。キリシタン伴天連のときは「ゼウス」と言っていた。ゴッドを「神」としたから、説明が難しくなったし、日本のカミがゴッドと混同されるという混乱が起こりました。

 大乗仏教の大学が20も30もあるのは世界で「カミの国」である日本だけです。大乗仏教研究の中心地は日本ですよ。しかも日本人の大部分は仏教徒でもある。しかし誰も日本を仏教国とは言いません。「カミの国」で偉いお坊さんや仏教学者が出たけれども、それはカミの文明圏を豊かにするものだった。

 儒教も入ってきたけれど、それはいつのまにか儒学になった。明治以来キリスト教も入って、日本を教化しようとしたけれど、結局それほど広まらずに「カミの国」では学問になった。

鈴木 山本七平は日本のキリスト教は“日本教”の一つで、「キリスト教日本支部」だと言っている(笑)。

渡部 だからゴッドを「神」と言っては絶対にだめなんです。日本という「カミの文明圏」は神話と切り離せない。そこに何が入ってこようとカミというものは変わらないわけです。天皇陛下は日本という島の住人の神話的な地主なんですよ。そして基本的には神話における国づくりのカミだから教義はない。だから国境を超えて広がった宗教がそこで栄えても、とくに影響はないからかまわないんです。曽野綾子さんはローマ教皇から勲章をもらっている熱心なカトリック教徒だけれど、一緒に伊勢神宮に詣でても違和感はない。日本民族の先祖の先祖を祀っているんだし、島が続く限り皇室が神話的地主なんだから(笑)。

鈴木 祖先崇拝で神話がある。それが現代まで続いている国は日本だけだ。つまりは孤立文明だから、いままでは例外扱いされてきたけれど、だからこそ、日本文明は世界を救う切り札になり得るのです。

「タタミゼ効果」


鈴木孝夫 『日本の感性が世界を変える 言語生態的文明論』(新潮選書)
鈴木 私がある年の12月8日に、ある大学で講義をしていて、「きょうはかつて日本が関係し、それによって世界が大きく変わった大事件が起こった日です。それは何だと思いますか」という問題を出したことがあります。言うまでもなく、真珠湾攻撃によって日米戦争が始まった日ですが、学生の半数が「ジョン・レノンが死んだ日」だと答えたんです(笑)。

 私もジョン・レノンがビートルズのメンバーの1人だというくらいは知っていたけれど、なんで彼の死んだ日が日本に関係しているのかわからない。それで聞いてみたら、彼の奥さんがオノ・ヨーコという前衛芸術家だというんですね。ジョン・レノンはその日本人の奥さんと結婚したおかげで日本の文化に興味を持って、それまでのマッチョで攻撃的な荒々しい性格が柔らかくなって、平和とか福祉とか貧民救済の活動をするようになったんだそうです。

 フランス語に「タタミゼ(tatamis-er)」という言葉があります。これは「日本かぶれする」とか「日本贔屓」になるとかいった意味なのですが、私は、日本語を学ぶことによって日本人のような柔らかく謙虚な性格になることを「タタミゼ効果」と名づけました。実際、そういう非常に興味深い現象があるのです。ジョン・レノンがいい例ですね。

 アメリカの人類学者、ハーバート・パッシンは、『米陸軍日本語学校─日本との出会い』(加瀬英明訳、TBSブリタニカ)という著書のなかで、外国語を学ぶということは自我を大きく変貌させる、ある言語を使うと、その言語に合わせて人格も動作も、頭脳構造の枠組までも変わると言っています。そうして、こう記しているのです。

「日本語を話すたびに、自分はこんなにも礼儀正しい人間になれるものかと、自分で驚いてしまう。こういうことは、英語を話すときは一度も感じたことはない」

 まさにこれが「タタミゼ効果」です。その具体例を拙著でいくつもあげましたが、重要なのは、タタミゼ化した本人がそれを心地よいと感じ、闘争的・対立的な感覚が和らいだと感じていることです。私は「タタミゼ効果」は世界平和に役立つと、そんな夢のようなことを実は本気で考えています。だから、日本語を世界に広めることが、日本文明を世界に教える第一歩だと思う。しかし、残念ながら、肝心の日本人自身が、わが日本文化と日本語の力にまったく自信を持っていない。

渡部 文明開化の時代に大きな影響を与えた日本最初の学術雑誌で『明六雑誌』というのがあるでしょう(1874年創刊)。その第1巻第1章が西周の「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」と題する日本語廃止論ですよ。単純なもののほうが優れているんだと、すべての物質を単純な原子に還元する化学を例にあげて、日本語を徐々に単純なアルファベットに変えていこうというのです。この前の敗戦時にも、志賀直哉のように日本語をやめてフランス語を公用語にしようなんて言う人もいたし、漢字を全廃してすべてかな書きにしようという人もいた。俳句は第二芸術だと言った人もいました。

鈴木 桑原武夫。あれは本当にけしからん。すべてをヨーロッパの基準で見るわけですよ。

渡部 桑原はフランス文学者ですからね。ところが日本のいいところは、そういう人が必ずしも主流にならないことです。偉い先生がいくらけなそうと、むしろ深く静かに俳句や和歌の普及は続いている。ちかごろはなんと連歌がブームになっているそうです。連歌なんて西洋人には個性無視にしか思えないでしょう。

鈴木 むしろ個性を殺すようなものだと考えるでしょうね。おっしゃるとおり、どんな新聞にも週刊誌にも、何らかの形で和歌や俳句、川柳の欄があり、あらゆる階層や職業の老若男女が投稿している。ごく一般的な庶民の多くが自発的に詩作活動に従事している、つまりは詩人であるというような文化レベルの高い国はどこにもありません。

渡部 『源氏物語』の紫式部に劣らず本当に世界に誇れることの一つは、江戸時代の連歌の座には女の人も入れたことです。連歌の中心に女の人がいた例もある。連歌をやるとなったら商店の主人も小僧も皆平等です。あの時代にそんな文明が世界のどこにあったか。

鈴木 その一座に入ったら世俗の身分の上下や金のあるなしは関係なくなるわけでしょう、とてつもない民主主義ですね。

渡部 鈴木先生の大先輩の慶應の教授で西脇順三郎という著名なシュールレアリスムの大詩人がいらっしゃいましたね。誰かが「梅が香や となりは西脇順三郎」と詠んだ(笑)。もとの句は宝井其角の「梅が香や 隣は荻生惣右衛門」で、荻生惣右衛門というのは荻生徂徠のことです。本歌取りというのも日本の文化の大きな特徴ですが、ああいうのは西洋では真似とかアイデア盗用とか言ってマイナスになる。日本だとそれを踏まえてさらにつくるというのはすばらしいことだ。発想がまったく逆なんです。

 川柳でも、古典を踏まえてからかったりするのが面白いんですね。「江戸ならば 深川あたりに喜撰住み」という句がある。これは喜撰法師の「わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む 世をうぢ山と 人は言ふなり」という歌を知らないとだめなんです。江戸の辰巳(南東)は深川の遊里で、辰巳芸者がいる。そこに喜撰が住んでいるというところになんともいえない滑稽味がある。そういう古典を踏まえたいい川柳がたくさんあるんです。

世界大学ランキングの“ウソ”


鈴木 科学の分野で日本人19人がノーベル賞を受賞していることからもわかるように、日本は非西欧国のなかで唯一西欧化に成功した国です。しかし、そうしなければ日本は植民地化されていた。ある意味では日本の近代化は悲劇でした。アヘン戦争で徹底的にやられた清のように抗ってばかりいたら、日本もアッという間に潰されてしまっていたでしょう。

 日本を欧米のような国につくり変えるという文明の基本的構造の変換を、生きのびるためにわれわれの祖先は行ったわけです。そのおかげで日本は欧米と同じ土俵に乗った。そうなると、当時は「力こそ正義なり」のまさに19世紀外交、植民地拡幅の時代ですから、日本も欧米の既得権益とぶつかって大東亜戦争が起こった。ですから、日本の戦争というのはある意味で日本が現在あるために払わなければならなかった代償だったのです。

 鎖国のままほうっておいてくれれば日本は平和だった。さっき言った西暦600年から日清戦争が起こった1894年までのおよそ1300年間に日本が外国と戦争をしたのは白村江の戦い(663年)と、それから16世紀後半、秀吉のいわゆる朝鮮征伐だけです。計算してみると、外国と戦争をしたのは1300年のあいだに多く見積もってもわずか10年にすぎない。ところが欧米の歴史年表を見てください。戦争をしていない期間が10年あるかどうか。それ以外の期間は侵略戦争、略奪戦争、宗教や経済権益をめぐる殺し合いなど熾烈な戦いに終始しています。だから日本が好戦的だとか侵略的だとか、いったいどこをどう押したらそんな言葉が出てくるのか。日本という独自の文明を欧米の物差しで計るからおかしなことになる。

 私の亡くなった叔母は数学の先生だったのですが、彼女の世代まではユークリッド幾何学から代数から、数学はすべて英語で教わったそうです。私がかつて在籍していた戦前の医学部はぜんぶドイツ語でした。つまりドイツ語でなければ医学は学べなかった。それがあっというまに日本は大学院まで母国語で学べる唯一の非欧米国になった。日本語には漢字という表意文字があったことも幸いして、先人が苦労して欧米の学術語に該当する言葉をつくり出したからです。ところが、ほかの非西欧諸国ではヨーロッパの言語でなければ大学どころか中学も運営できないという国がいまでも多い。

渡部 ぼくはアメリカで客員教授をしていたとき、親しかったインド人の担当教授が、日本の大学は何語でやっているのかと聞かれたわけですよ。一瞬、意味がわからなかった。

鈴木 ぼくもまったく同じ体験をしました。カナダのマギル大学のイスラム研究所にいたとき、パキスタン人の学生に「時に日本では大学教育は何語でやっているのか」と聞かれたんです。先生と同じで然として、すぐには意味がわからなかった。「日本語に決まっているじゃないか」と答えてからハッと気がついた。彼らは最高学府で学問をしようと思ったら国内でも英語を使わなければいけない。マギル大学のイスラム研究所にくるようなのは上層階級の子弟だから、家庭でも英語を使っているんだそうです。だから、発音はイギリス風アメリカ風じゃないけれど、英語はうまい。3時間でも4時間でもよどみなく自己主張ができるんです。

 問題なのはOECD(経済開発協力機構)の調査による世界の大学ランキングですね。あのランキングでは、東大をはじめ有名私立も30位、50位、100位であって、日本の大学はまったく評価されていない。では、どういう大学が評価されるかというと、非西欧国の場合、外国人の教師がどれだけいるかというのが採点のうちに入っているんです。非西欧国のなかで外国人の先生がいちばん少ないのが日本なんです。

 夏目漱石が言っているように、明治初期には何もかも欧米式にしなければいけないから、お雇い外国人をすごい月給で雇った。総理大臣より高い月給をとる教師までいて、しかも多いときには何百人もいたから財政がもたない。それで留学した日本人が帰国するたびに1人ずつお引き取り願った。漱石が帰ってくるとラフカディオ・ハーンを辞めさせてかわりに東大の英文学の先生にする、というように必死になって日本人教師でまかなうようにした。そのお釣りが、英語が下手になったことですが、しかし、まがりなりにもそうやって日本人の教師で大学が運営できるようになり、ついに理科の分野ではノーベル賞受賞者を輩出するまでになった。そのことが世界の大学ランキングでは逆にマイナスになっている。それも欧米の基準でしか世界を見ていないからですよ。

世界が「日本」になりたがる


渡部 さっき、先生は日本人が世界史を書かねばならないとおっしゃいましたが、たとえばインド史をインド人が書いたことはなかったんですよ。だからわれわれは、インド史は英語か何かで読まなければならない。

鈴木 つまり、いま私たちが世界史として習っているのはすべてヨーロッパ人の立場からの自己正当化の歴史なんです。だからコロンブスがアメリカを「発見」したなんて平気で書く。そもそも、アジアのモンゴロイドが2万年前に凍てついたアラスカのベーリング海峡を渡ってアメリカに行き、およそ1万年かけて南米まで移って、マヤ文明、アステカ文明、そしてインカ帝国文明をつくった。ところが、欧米人は彼らを人間と認めていないから、コロンブスが初めて“発見”したということになる。日本の教科書でもそう書いてあるし、辞書で「コロンブス・デイ」と引くと、コロンブスがアメリカを発見した記念日なんて書いてある。結局、日本人も征服者であるヨーロッパ人の目を通して世界を見る悪癖からまだ抜け出せていないんです。

 私がEUジャパン・クラブで「アージェント・デシダレイタム(Urgent Desideratum)」、つまり「いま緊急に必要とされること」と題する講演をしたとき、ヨーロッパ人にいまいちばん必要なのは日本を真似ることだと言ったんです。明治時代にわれわれの先祖があなた方の文化を必死で学んで今日の日本がある。日本の商取引が不公平だとか、かつてフランスのクレッソンとかいう菜っ葉みたいな名前の首相が日本の池田首相をトランジスタ商人と評したことがあるが、そういう高いところから見下ろすような態度は間違いだ。日本を研究しないと追い越されてしまうぞ。早く日本の良さを見習うべきだ。日本はヨーロッパに追いつくため、苦労して梯子をよじ登っていったのだから、今度はあなた方が降りてくる番だ。お互いが真ん中で出会うことによって、世界は変わるんだと。

渡部 平和がもう少し長く続けば世界が日本みたいになりたがるんじゃないかと思いますね。明治のころ、世界中がイギリスみたいになりたがったように。ナポレオン戦争以来約100年間、イギリスは独特な穏やかな国だったんです。ヴィクトリア女王の在位が60年続いたから、P・G・ハマトンの『知的生活』というような国際的にロングセラーになるような本も出た。

鈴木 ボンベイ生まれのイギリスの作家キップリングは、努力してなんとかインドという「東」とイギリスの「西」を結びつけようとしたけれど果たせなくて絶望しました。それで「東と西は宇宙の終わるまで永遠に交わらない」という有名な詩を書いた。しかし、日本人はそれをあっというまに結び付けて、国内を二重構造にしてしまった。それを私は「二枚腰」と呼んでいるのですが、庶民のあいだでも、日本酒を飲むならこの店でこのつまみを、ワインが飲みたければどの店でどの料理で、と自然に区別しているし、ふだんは洋服で、お祝いのときは和服で、というように、日本人はすべての領域で二重構造をつくり上げた。

渡部 先ほど話したように、「カミの国」日本は何でも受け入れることができる。西洋の自然科学を入れたのは、奈良・平安時代に仏教を導入したのと同じようなものではないでしょうか。先生がお好きな江戸時代には石田梅岩が心学を開いたでしょう。神道・儒教・仏教、何を信じてもよろしい、心を磨けばいい。すべては心に帰する。心を磨く役に立てば宗教は何でもいいというのは世界にない思想だと思う。道歌にありましたな、「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」。

鈴木 全国どこへ行っても寺があるし、六本木ヒルズという超近代的な建物のそばに小さな神社もたくさんある。日本人が発明した本地垂迹というのは実に卓越した思想だと思います。そうした精神を持った日本人こそ、地球を救う“地救人”になるべきだというのがずっと私が抱いてきた考えなんです。