木宮正史(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 韓国政治における「保守」派と「進歩(リベラル)」派の対立軸の1つが対北朝鮮政策をめぐるものであるのは周知の事実である。北朝鮮に対する厳格な相互主義を強調し、北朝鮮の妥協がない限り韓国の方から交渉の手を差し伸べる必要はないと考える保守派に対して、進歩派は北朝鮮に対する韓国の体制優位に基づいて、相対的に寛容な姿勢で北朝鮮を交渉の枠組みに引き込むことで、北朝鮮に対する韓国の影響力を増大させることが重要だと考える。

 後者の政策が1998年から2008年までの金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権によって試みられたのに対して、前者の政策は2008年から2017年までの李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権によって試みられた。2000年の金大中政権と2007年の盧武鉉政権が金正日(キム・ジョンイル)国防委員長との間で2度の南北首脳会談を行ったが、北朝鮮は、韓国との関係を深めることによって自らの存在が脅かされることを恐れて、南北関係の緊密化に深入りすることはなかった。李明博、朴槿恵政権下では、それまでの政権が積み上げてきた金剛山(クムガンサン)観光、開城(ケソン)観光、開城工業団地などの成果が放棄され、その結果、北朝鮮に対する韓国の影響力はゼロに回帰した。

 朴槿恵大統領の弾劾訴追と罷免を受けた2017年5月9日の大統領選挙のときは、ちょうど北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長によるミサイル発射などの軍事的挑発と、それに対する米国トランプ大統領の強硬発言の応酬によって軍事的緊張が高まっていた。そうした状況の中で北朝鮮に融和的な政権が登場してもよいのか、という危惧が国内外から提起されたのは事実である。

 しかし、国政の混乱状況をもたらした朴槿恵政権、保守派に対する政治的審判を下すという選挙であったため、予想通り文在寅(ムン・ジェイン)大統領が誕生した。準備期間が全くなかったために、外交安保チームの編成など人事に関する混乱もあったが、外交安保政策をはじめとした文在寅政権の評価は依然8割を超える高い支持率を維持している、というのが現状である。
大統領府に向かう車から、沿道の市民らに手を振る韓国の文在寅大統領=2017年5月10日、ソウル(聯合=共同)
大統領府に向かう車から、沿道の市民らに手を振る韓国の文在寅大統領=2017年5月10日、ソウル(聯合=共同)
 その理由として、文在寅政権の外交安保政策におけるリアリズムを指摘することができる。進歩派は当初、李明博、朴槿恵という保守政権9年でゼロに戻ってしまった南北関係を改善するとともに、核ミサイル開発を続ける金正恩政権に対してあくまで平和的な手段で抑制することを求めるための外交を文在寅政権に期待した。それに対して保守派は、文在寅政権が北朝鮮に融和的な姿勢を示す余り、対北朝鮮強硬策を志向する米国トランプ政権との乖離(かいり)が顕著になり、韓国の安全保障を危うくすることになると憂慮した。結果としてみると、そのどちらも裏切られる格好となった。