勝見 明(ジャーナリスト)

名経営者、プロビジネスマンと呼ばれる人ほど「教養」がある……
多くの人がそのことを実感しているはずだ。
だが、なぜ彼らは「教養」を身につけようとしたのか。
そしてそれを現場でどう活かしているのかは、なかなか見えてこない。
数々の名経営者たちへの取材経験を持つジャーナリストの勝見明氏に、名経営者たちはどんな教養を身につけ、それをどう活かしているのか、解説してもらった。


稲盛和夫(京セラ名誉会長・日本航空名誉会長)/中国古典


 「動機善なりや、私心なかりしか」。JAL(日本航空)再建を要請されたとき、稲盛和夫氏(現同社名誉会長)はこう自問した。稲盛哲学は中国古典や仏教思想に支えられる。中でも孔子や孟子が説いた「人間として正しいことを行なう」という「徳」の精神が中核をなす。

 要請を受諾したのも、JAL没落を日本の姿と重ね、再建を成功させることで、日本再生へと希望をつなぐためだった。

 稲盛氏はJALの社員全員にフィロソフィ教育を行ない、「徳」の精神を説いた。これも「思念は業をつくる」という仏教思想に基づく。人間の思いは「業(=ものごとの原因)」をつくり、それが現実世界に結果として現われてくる。だから、善いことを思い、善い行ないをすれば、必ず善い結果が生まれる。

 計画を上回る黒字を出し、V字回復を果たしたのも、アメーバ経営(部門別採算管理)に加え、再生に向けた社員たちの思念の結実に他ならなかった。

■稲盛和夫
1932年生まれ。1959年に京都セラミック(京セラ)を創業、世界的大企業に育て上る。KDD Iの経営や日本航空再建にも携わる日本屈指の名経営者。

 

孫正義(ソフトバンク社長)/孫子


 中国古典の中でも「孫子」を決断の基準にしているのがソフトバンク社長の孫正義氏だ。

 24歳で創業後、肝炎で入退院を繰り返す失意の日々の中でむさぼり読んだ。とくに実践したのが「勝ち易きに勝つ」の教えだ。戦いが上手な者は勝ちやすい状況を作ってから戦う。だから、「算多きは勝ち、算少なきは敗る」、つまり、計画や準備が勝利をもたらすのだと。

 創業当初はソフトウェアの卸業だったが、ソフトメーカー業界1位のハドソン、家電販売店大手の上新電機と独占契約を結び、必勝の陣組みをしていった。

 2006年の1兆7,500億円を投じたボーダフォン買収による携帯電話事業参入も、「無謀」に見えたが、独自にネットワークと顧客基盤を構築するより、はるかに「勝ち易きに勝つ」方法だった。「成功率7割ならやるが、3割を超えるリスクは冒さない」が持論だが、勝算7割の状況を自ら作る。これが孫子に学んだ孫流の手堅さだ。

■孫正義
1957年生まれ。アメリカで学んだ後、ソフトバンクを設立。携帯電話参入などにより一大通信企業を作り上げ。海外企業の買収も積極的に仕掛ける。

 

スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)/禅の思想


 スティーブ・ジョブズがもし、「禅」を学んでいなければ、スマホの時代は到来しなかったかもしれない。大学入学後、精神世界に関する本を耽読したジョブズが行き着いたのが禅の世界だった。米西海岸で活動する日本人老師のもとに通った。

 「抽象的思考や論理的分析よりも直感的な理解や意識のほうが重要」との気づきは以降の仕事人生を大きく左右する。ゼロックスの研究所で開発中のGUI(グラフィカル・ユーザーインターフェース)を見て、GUIを使った世界初のパソコンを着想したのも、この直感による。

 ジョブズがとくに禅から学んだのは、余計なものをそぎ落とす「シンク・シンプル」の世界だった。機能を絞り込み、整理し、使いやすさを実現したiPhone、iPadは禅の心から生まれた。名物のプレゼンでもスライドは1枚1フレーズで、余白で語った。天才の発想の原点が日本発の思想にあったことを日本人は再認識すべきだろう。

■スティーブ・ジョブズ
1955年生まれ。アップルコンピュータ創業者。マッキントッシュ、iPod、iPhoneなど数々のヒット商品を生み出した伝説的経営者。2011年没。

 

柳井正(ファーストリテイリング会長兼社長)/吉田松陰の教え


 ファーストリテイリング(FR)会長兼社長の柳井正氏の場合、郷里山口県が長州と呼ばれた幕末期の革命的思想家・吉田松陰の教えが、その決断や生き方を支えている。松陰は志のない「無志」と同じ音の「虫」をかけ、「志なき者は虫である」と語り、「志」の大切さを説いた。

 この教えに倣い、柳井氏は、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という志を企業理念に据えた。ユニクロの「本当によい服」を着て、誰もが生活をよりよくすることができれば、世界はよりよく変わるかもしれない。ユニクロの服は「人々にとってのよいライフスタイルを作るための道具」でありたい。道具であるから、機能的で高品質なベーシックなものを作る。すべては松陰に学んだ柳井氏の志から発している。

 松陰はこうも言った。「已に真の志あれば、無志(虫)は自ずから引き去る。恐るるにたらず」。海外での世界一を目指す戦いもこの言葉が後押しする。

■柳井正
1949年生まれ。「ユニクロ」でアパレル業界に革命を起こし、ファーストリテイリングを飛躍的に成長させる。海外進出にも積極的に取り組む。

 

徳重徹(テラモーターズ社長)/日本の起業家の人物伝


 電動バイクのベンチャーで国内最大手、テラモーターズ社長の徳重徹氏は大学受験に失敗。浪人時代、自信を失いかけたとき、勇気づけられたのが日本の起業家たちの物語だった。

 ホンダの本田宗一郎、松下電器(現パナソニック)の松下幸之助、シャープの創業者早川徳次……彼らは困難を前にしても歩みを止めなかった。自分も起業家の生き方をしたい。40歳で、「日本発、世界的メガベンチャーの創出」へと踏み出したのは、危機感からだった。

 急拡大するアジア市場は、韓国、中国、台湾勢が席捲。日本は幕末、太平洋戦争に次ぐ「第三の敗戦」をどう乗り越えるか。

 山口県出身で、松陰の「此の道を興すには狂者に非ざれば興すこと能はず」の言も好む。広さ四畳半の本社は、一流大卒の「狂者」の若手が次々集まる「平成版松下村塾」。日本への使命感を抱いたベンチャーの出現は、明治維新、戦後復興に連なる歴史的必然を感じさせる。

■徳重徹
1970年生まれ。自費でMBAを取得し、シリコンバレーで活躍。帰国後テラモーターズを立ち上げ、日本の電気自動車産業をリードする。

 

考察/勝見明


 ビジネスマンになぜ「教養」が必要なのか。それは「決定」と「決断」の違いに関わりがある。決定は、ロジックで答えが出せるのでコンピュータでも可能だ。一方、決断には判断という、人間的な行為がともなう。

 判断には、直面する状況の意味を洞察し、あるべき姿を描く構想力と、その状況とどう向き合うか、明確な生き方が求められる。この構想力と生き方を支えるのが教養の力だ。

 稲盛氏はJAL再建の意義を見抜き、正しいことを行なうという生き方に基づき、老骨に鞭打った。柳井氏は、欧米に比べ、洋服の伝統がない日本だからこそ常識に縛られず、発想できると考え、服を変え、世界を変える使命に身を投じた。徳重氏は「第三の敗戦」への危機感から、世界的メガベンチャーの起業を決意した。その決断力の根底には血肉化された教養がある。

 不確実性が高く、状況が日々変動し、論理による決定だけでは前に進めない時代には、身についた教養こそがリーダーにとって不可欠な資質であることを、5人の事例は示している。