北朝鮮では、毎年初めに認可を受けた漁船ごとの収穫目標を提出する。上部機関はさらに上乗せして、漁獲目標を指導機関に約束する。毎年ノルマは増えていくからたまらない。

 ノルマを達成し、中国への輸出で外貨をかせぐために、日本の排他的経済水域内の漁場を荒らした。冬の荒れる日本海に乗り出した漁船の多くは、ノルマを達成できない部局所属の漁船だろう。その結果、多くの漁船が転覆し船員は命を失った。

 ノルマを達成できなければ、賄賂を握らせるしかない。北海道の松前小島から電気製品や発電機、石油をなぜ盗んだのか。北朝鮮に持ち帰れば、闇市場で高額で売れるからだ。ドアノブや鍵も闇市で高く売れる。その資金を賄賂として担当部局の上官に渡せば、ノルマは達成されたことになるからだ。

 北朝鮮では、日本で一般に手に入る工具や建築資材は貴重品だ。1990年代の終わりごろでも、原子力発電所建設の現場ではドライバーやペンチなどの工具は貴重品で厳しく管理されていたとの証言がある。この状態は70年代から続いている。
2017年12月、函館港内で海保の巡視船が曳航している北朝鮮の木造船。赤い旗を振る木造船の乗組員(松本健吾撮影)
2017年12月、函館港内で海保の巡視船が曳航している北朝鮮の木造船。赤い旗を振る木造船の乗組員(松本健吾撮影)
 取り調べを受けた船長や漁船員はどうなるのか。北朝鮮漁船員の取り調べは、海上保安庁や法務省入国管理局、警察、公安の担当者が行う。この際、北朝鮮の生活や漁業システム、販売経路、収入などについて詳細に聞く。

 北朝鮮に帰ると、秘密警察の厳しい取り調べが待っている。北朝鮮事情を日本の警察・公安当局に話すのは機密漏えいだ。何よりも「日本のスパイにされたのではないか」と疑われる。多くの漁船員は何らかの処罰を受けるだろう。収容所に送られるかもしれない。それを逃れるには賄賂が欠かせない。

 また、漁船には必ず秘密警察の手先が乗り込んでいる。北朝鮮では、10人前後の組織や職場でも必ず秘密警察の関係者がひそかにもぐり込んでいる。誰だかわからないように。漁船も例外ではない。逃亡や脱北、亡命を恐れるからだ。

 今回漂着した漁船は工作船ではない。ただ、秘密警察の関係者は乗船していると考えるべきだろう。日本政府が単なる漂流民として、簡単に北朝鮮に送還すれば、いずれ漂流漁船を装った工作が展開される可能性は否定できない。

 海保や入管、政府当局は外交問題を避けるために「人道的対応」を理由に早期の強制送還で処理したいと考えた節がある。しかし、北朝鮮内部で何が起きているか、情報を入手するためには「詳細な聞き取り」と調査が欠かせない。特に、勝手に島に上陸し建物を壊し、盗みを働くのは明らかな主権侵害で犯罪である。詳細な取り調べのうえで、法律に従った処置を取るのが筋だ。朝鮮総連とつながる政治関係者の「政治決着」の動きは封じるべきだろう。