鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト)

 北朝鮮からの漂着船は11月に28件、12月は41件にのぼっている。もとより日本海の日本の排他的経済水域である大和堆(やまとたい)で北朝鮮の漁船が違法操業を繰り返している事は、周知の事実だった。従って、その漁船群の一部が日本に漂着する可能性は確かにある。

 しかし、今年の漂着数は例年になく多く、しかも大和堆での違法操業が止んだ11月下旬以降も増加の一途をたどっている。また、漂着船の一部に北朝鮮軍所属を示す証拠があり、さらに12月9日に北朝鮮の船員3人が日本の無人島で窃盗した容疑で逮捕されるに及んで、単なる漂着ではなく意図的な侵略の疑いが浮上してきた。

 そもそも北朝鮮や中国などの漁船は軍などの国家機関の指揮下にあり有事には海上民兵として戦闘に参加することを義務付けられている。そうした漁船群が日本の水域で違法操業をしている事自体、すでに明白な侵略なのである。
北朝鮮船から積載物を運び出す捜査員ら=2017年12月、北海道函館市
北朝鮮船から積載物を運び出す捜査員ら=2017年12月、北海道函館市
 ここで思い起こされるのは、2014年9月から12月にかけて小笠原・伊豆諸島周辺の日本の排他的経済水域で中国の漁船群が繰り広げた大規模なサンゴ密漁事件であろう。密漁とは言うけれど200隻以上の漁船が公然と日本のサンゴを略奪していた。

 違法操業をする漁船の数があまりに多かったため、海上保安庁は全体として対処できず密漁事件として一隻一隻を調べて船員を逮捕していく他なかったのである。10月末には警視庁が機動隊員ら28人を小笠原諸島に派遣した。中国漁民の上陸に備えての派遣であった。もし派遣を怠っていれば、大量の中国の海上民兵に島が占領される危険があったのである。

 この時期になぜ、かくも大量の漁船が押し寄せたのか、訝(いぶか)る声は当然あった。安倍政権の対中姿勢に中国が不満を募らせている証だと言ったような論調もあった。11月7日、岸田文雄外相(当時)と中国の王毅外相が会談し、尖閣諸島の領有権について日中は「異なる見解を有していると認識」している点で合意した。つまり中国の尖閣領有権の主張を日本は否定しなかったのである。

 しかし、続く11月10日の日中首脳会談で安倍総理は習近平主席に譲歩を示さなかった。習近平の仏頂面が話題になったのはこの時である。この会談後、サンゴ密漁船は減り始め17日には58隻になった。21日に海上保安庁はようやく一斉摘発に乗り出し、12月にはサンゴ密漁船を一掃するに至ったのである。

 こうして見ると中国は日本への政治的圧力の道具として漁船群を派遣したかに思われよう。だが、サンゴはほぼ取り尽されていた。従って11月に密漁船が減り始めたのは、習近平の指示ではなくサンゴが採れなくなったためと見た方がいいだろう。

 つまり、習近平は漁船群の派遣を指示したかもしれないが、撤収の指示はしていなかった。日本への圧力と同時に漁民の利益も考慮に入れた一石二鳥の戦略であったろう。これは今回の北朝鮮の漁船群到来にも当てはまる。