冲方丁(小説家・アニメ脚本家)

―本書『冲方丁のこち留』は、冲方さんが身に覚えのない妻へのDV(ドメスティック・バイオレンス)容疑で逮捕され、渋谷警察署内の留置場に9日間も閉じ込められた挙げ句、無罪放免になるまでの顛末が“喜劇調”で綴られています。妻がほんとうに被害届を出していたのか、最後まではっきりせず、まさに理不尽の極み。これが日本の司法の現実かと思うと、寒けを覚えました。

冲方:警察が逮捕状で私が妻にDVをしたという「作文」を行なうと、検察や裁判所はそれに従って有罪の判決を導くというストーリーが出来上がっている。たとえ前後の事実関係に矛盾があっても、一度逮捕されてしまうとなかったことにされてしまう。警察の取り調べとは、当事者から事実関係を聞き出して捜査の参考にするのではありません。あらかじめ用意された筋書きに当てはまる自白を被疑者にさせ、それを調書に記録する作業のことをいうのです。いわゆる自白主義。ほんとうに怖いと思いました。

―逮捕状には「妻の顔を右手拳で一発殴って前歯破損の疑い」という文言があったそうですが、それほどの勢いで殴れば、自分の拳にも当然、傷が残るはずです。取り調べの刑事には手を見せたのでしょうか

冲方:鑑識の人にお願いして、証拠として写真を撮らせました。彼は「いちおう撮っておかないとね」と思い出したようにいっていましたが。そもそも被疑者の側から訴えなければ、調べようとしないことがおかしい。事実は彼らにとってはどうでもいいということなのか、と痛感しました。
作家・冲方丁さん=2016年9月29日、東京都渋谷区(山崎冬紘撮影)
作家・冲方丁さん=2016年9月29日、東京都渋谷区(山崎冬紘撮影)
―取り調べ中、刑事は冲方さんの拳か手にした何かが偶然、妻に当たってしまったのではないかというロジック(?)を持ち出して罪を認めさせようとしたそうです。あまりにも筋立てに無理があるというか、ここまで来ると、たしかに喜劇。もはや笑うしかないですね。

冲方:刑事にしてみれば、たとえ机上の空論でも、調書の文面の辻褄が合っていればいい。裁判官のほうも「いつもの書き方」になっていれば、それでかまわないのでしょう。

―本書を読むと、取り調べの様子というのは、テレビなどでよく見る光景とはかなり違いますね。老練な刑事が優しげに話しかけてくるなんてことはなく、いきなり手錠をはめられ、ロープでスチールパイプの椅子に縛り付けられる。驚愕します。

冲方:彼らも最初から「逮捕する」とはいわないんですよ。警察に対する信頼を逆手に取って、「署に着いたらお話しします」といって、いきなり取調室に入れる。密室にして逃げられなくしたうえで、「規則ですので、財布や携帯電話をお預かりします」といって身の回りの物を取り上げる。完全に外部との連絡を遮断したうえで、「逮捕状が出ています」と攻めてくるわけです。