そしてこの大川村でも、若い人の山間部への移住・還流は同じように生じているようだから、地域再生を進めるために、今こそ次世代に向けた積極的な対策(教育や子育てなど)を用意する必要がある。

高知県大川村「緑のふるさと協力隊」として移住した和田将之さん=2017年5月12日、(角田純一 撮影)
高知県大川村「緑のふるさと協力隊」として
移住した和田将之さん=
2017年5月12日、(角田純一 撮影)
 だが、高齢者ばかりの自治体で、高齢者たちの意見だけを聞いていてはそうした対策は打てない。若い人々もなかなか声をあげにくいようだ。そこでこれまでの議会に替わって村民総会が導入されたとしても、それが議会に替わる適切な手段になるのかといえば私にはそうは思えない。むしろさらに若い人々が意見を通しづらい状況が生まれるのではないか。

 適切な村政を導く民主制の方法はもっと別にあるはずだ。今回の大川村の動向が提起していたのはそういうことだと理解したい。

 そして、筆者はこう希望を持っている。大川村のような小さな自治体であればあるほど、全体の構造がよく見える。だからこそ、現在の議会制民主主義に替わる適切な行政チェックシステムを必ずや確立できるだろうと。要は村全体がきちんと見え、将来世代に責任をもち、適切に状況を分析し、判断し、村長以下、自治体の職員チームが提示する政策の善しあしを的確に判断する集団が、村の中にしっかりと位置づけられればよいわけだ。

 逆に言えば、そうした機構を首都圏の大都市部に適切にセットすることの方が、とてつもなく困難な話なのだ。巨大な都市で流動性の高い住民たちが、その地域社会全体を見て適切な行政施策を選択していくことなど、そう簡単に実現できるとは思えない。

 そもそも議会制民主主義そのものが古き発明品である。しかもこの国のオリジナルでもない輸入品だ。民主制、代表制、議会や選挙といったものを、自分たちにとって使い勝手のよいものへと、私たちはもっと新たな発想で構築し直していく必要がある。

 議会代表制と村民総会のあいだ、そのどこかに大川村ならではの民主主義の最適解があるはずだ。今回の「村民総会の検討をした」という選択がきっかけとなってさまざまなアイデアが模索され、実験され、この地にあった適切で適当な民主制システムが選択される、そういうプロセスが進むことを期待したい。

 そしてこのことは間違いなく、日本の大都市部や国会にもあてはまる。特にこの1年の間におきた政治プロセスのおかしな事態は、特定の政治家や行政職員が悪いということではなく、現在の政治家を選び民主主義を支える制度自体に問題があるのではないか。そういうメタ論的な発想で事態は検証され、修正が加えられるべき段階にきている。そういう視点を広く国民全体で共有することが必要だろう。

 さらに、こういう提案も示して、この問題についてのさらなる議論の活性化をうながしておきたい(以下については拙著『地方消滅の罠』も参照)。