三木雄信(ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト〔株〕代表取締役社長

3歩先ではなく、常に「1歩先」を目指す


 現代の日本の経営者の中で、最もスピード感があるのが孫正義・ソフトバンク社長であることは、多くの人が同意するところでしょう。私が秘書として間近で見た例としては、1996年4月にサービスを開始した国内初のポータルサイト「Yahoo!JAPAN」があります。前年の11月に米Yahoo!への出資を決めてわずか5ヵ月で日本展開という驚異的な速さで、そのスピード感があったからこそ、「Yahoo!JAPAN」は今でも日本で圧倒的な成功を収め続けています。その後もブロードバンドや携帯電話事業への参入、iPhoneの独占発売など、普通の会社なら何年もかかるような大きな意思決定を次々に成し遂げてきています。

 ただ、孫社長の「すぐやる」力というのは、単なる「素早さ」のことではありません。たとえば、事業を始める、投資をするといったハイレベルな意思決定の場面で言えば、孫社長の基本的な考え方は、「7割の成功率が予見できれば事業はやるべき。5割では低すぎ、9割では高すぎる」というものです。

 いくら先見の明かあっても、世の中の3歩先を行ってしまうと事業は成り立たない。でも、みんながやろうとしていることでは遅すぎる。ちょうど世の中の1歩先くらいのタイミングが、「7割」の成功率が予見できるときです。むやみに早ければいいと考えているわけではありません。

重要なのは「権限」と「情報量」を揃えること


 ただ、この成功率の予見は結局のところ主観です。その成功率をいかに見極めて、決断するか。そこに孫社長のスピードの秘密があるのです。

 孫社長の口癖の1つに「今すぐヒトデにつなげ」というものがあります。ヒトデというのはポリコム社製のスピーカーフォンの通称で、複数の人と会話ができます。会議中に疑問点や確認点が出てくれば、すぐに「ヒトデ」で部下を呼び出します。相手が会議中だろうが、海外出張中だろうがお構いなしです。

 その理由は、孫社長は何かを決める際に「権限と情報量」を最も大事にしているから。実際、営業の目標数値を決めようというときに、権限を持つ営業部門の責任者がいなくてはどうにもなりません。また、何か情報を得たいなら、それについて最も詳しい人に聞くのが一番早い。この「権限と情報量」をいかに素早く揃えられるかが、質の高い意思決定をスピーディにこなすコツなのです。

 そんなとき、多くの企業では、「今日は○○さんがいないから、ペンディングで」と決定を先送りしてしまいます。だったら、無理にでも権限と情報を持っている人をその場に集めて決めてしまう。それがソフトバンク流なのです。

 もちろん、部下は大変です。海外にいても時差なんてお構いなしですから(笑)。しかも、もしその人が呼び出しに応じなければ、「かわりにその件に詳しい部下を呼べ」ということになり、それで用が足りれば「お前はもういらない」となりかねません。ですからソフトバンクの管理職は常に、自分の担当分野について最新の情報を持ち、いつでも答えられるようにしておかねばならないのです。

 加えて、ソフトバンクでは毎日どころか、毎分・毎秒単位で売上げの数字が誰でも見られるようになっています。これもまた、常に最新の情報を得るべきだという発想からです。

 このエピソードに表われているように、孫社長は意思決定の「前提を揃える」ことを急ぐのです。権限と情報量が足りないところで無理矢理エイヤと決断することはない。だからこそ、浮き沈みの激しいベンチャーの世界でずっと生き残ってこられたのです。

「検討中」の一言は決して言ってはいけない!


 「すぐやる」ことに関して、私が孫社長から一番影響を受けた考え方は、「10秒考えてわからないものはそれ以上考えても無駄」という姿勢です。

 やってみればわかりますが、10秒間1つのことを考え続けるのは案外難しいものです。「昼食に何を食べるか」ということさえ、自分の頭という閉鎖された中だけで考えていたら、10秒も思考が続きません。

 これはどんな問題でも同じです。たとえば「ある会社を買収するか、しないか」について、ひたすら時間をかけて考え続けたところで無駄。「買収するとしたら、資金調達はどうするか」「ローンにするか、証券化か」などと問題をブレイクダウンしていくか、判断に必要な権限と情報量を得るために今すぐ動くかしなくては、問題は前に進まないのです。

 ソフトバンクでは「検討中」という言葉が使われません。万一、孫社長の前で「その問題は検討中です」などと言おうものなら、こっぴどく怒られます。考えてわからないなら、必要な情報を集めるための調査を始めるべき。「その件に関しては、他社動向を調査していて、その結果がいついつまでにわかります」といった答えが即座にできなくてはならないのです。

 私は今、いくつかの会社の社外取締役や政府の委員会の委員を務めていますが、そこでこの孫社長方式の「検討中は許さない」というルールを広めるようにしています。すると、それだけで組織の意思決定のスピードが驚くほど上がります。皆さんもぜひ、試してみてください。

「やらないことを決める」胆力も必要


 また、これはよく言われることですが、「結論から言え」ということも、孫社長とのコミュニケーションで常に求められることの1つです。

 ただ、ここで誤解してほしくないのは、孫社長はどんなことに関しても、今すぐに決断すればいいとは思っていないということです。あえて「決めないことを決める」こともまた、孫社長の強みの1つなのです。

 実際、どんなに情報を集めても「評価できない」ケースも当然、あります。そんなとき孫社長は、あえてギリギリまで決めようとしません。たとえば発注先を決めるに際して、部下がいくら、「ここはC社でいきましょう!」などと提案しても、まったく動こうとしないのです。

 もちろん、そのことにより時間のロスも生まれますし、部下の手間も余分にかかります。それでも孫社長は「まだ決める時期ではない」と考えたら決めない。そのために部下の手間が増えるのは必要なコストと考え、ギリギリまで最適な選択を追求し、一番いいタイミングで決めるのです。

 人は「すぐやる」ことが難しい一方で、「決めないと気持ち悪い」と感じる生き物でもあります。でも、そこで気持ち悪さに負けて拙速な決断をしてしまうこともまた、失敗の原因になるのです。

 決断を急ぐのではなく、決断の成功率を高めるためにどうするか。その視点をぜひ、身につけてほしいと思います。


みき・たけのぶ 1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所〔株〕を経て。ソフトバンク〔株〕入社。27歳で社長室長に就任。孫正義氏の側で、「ナスダック・ジャパン市場創設」「Υahoo!BBプロジェクト」をはじめ、取多くのプロジェクトを担当。現在は自社経営のかたわら、東証一部上場企業など複数の取締役・監査役を兼任。内閣府の原子力災容対策本部で廃炉・汚染水対策チームプロジェクトマネジメント・アドバイザーを務める。近著に「海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる」(PHP研究所)がある。

<取材構成:川端隆人/写真撮影:まるやゆういち/孫氏写真撮影:鶴田孝介>