「まだ東京で消耗?」高知の山村を救うある移住者のメッセージ

『受田浩之』

読了まで6分

受田浩之(高知大教授)

 高知県土佐郡大川村は人口約400人、離島を除くと国内最小の自治体だ。この村が今、世間の耳目を集めている。議員のなり手が不足して、議会を維持できない可能性が出てきたためだ。各自治体で当たり前に備わっている機能が人口の減少と共に失われる。まだ議会を維持できない事態に至ったわけではないが、「その時」に備え、有権者が予算などの議案を直接審議する「村総会」の設置を検討していると報道された。

 意欲的な議員が切れ目なく議会を担い続けてくれればよいのだが、現時点ではその勢いに赤信号が灯(とも)り始めたのだ。対岸の火事のように世間はこの問題を報じているが、2040年には896もの自治体が消滅可能性の危機を迎える。その時期までに、多くの自治体で大川村と同様の問題が顕在化することになる。われわれは人口減少問題を「当事者」の視点でしっかりと見つめ、その対応に一日も早く取り組まなければならない。この事例から学ぶことは多い。

 そもそも、地方の人口はなぜ減少するのか。当然のことながら、過疎が進む地方では、若い世代が特に大学進学や就職を契機に都会へ移るケースが多い。その結果、若い世代の人口が減少して、必然的に少子化に拍車が掛かる。この様子は、まるで桶(おけ)に張った水が零(こぼ)れ落ちている様子を想像させる。水が地域住民、桶が地方の自治体である。

 桶を取り巻く板はそこで生活をする上で求められるさまざまな要素と考える。この板のうち、一つでも背の低い板があれば、容赦なく水は外に流出する。この桶の下には、たくさんの桶から流れてきたすべての水を一滴も漏らさず受け止める大きな器が存在する。そう、それは都会と言うプールである。

 人口減少に歯止めを掛けるために、この桶である地方自治体は、水が漏れ出ている板を高く補強しなければならない。例えば、「大学」の板が問題ならば、若者が希望する進学先(大学)を設立する。「仕事」の板から漏れ出すのであれば、若者が求める仕事を創る。効果はあるだろう。漏れが止まるのだから。しかしこれにも限界がある。日本全体の人口が減っているため、どんなに高い板で囲まれた大きな桶を準備しても、溜(た)める水がもはや枯渇しているのだ。大変熾烈(しれつ)ではあるが、次はこの競争に打ち勝つ戦略を考えなければならない。水を呼び込む戦略、そう移住者の獲得である。
著名ブロガーも嶺北地方へ移住

 冒頭に話題にした大川村は高知県北部に位置し、「土佐町」「本山町」「大豊町」と共に「嶺北」ブロックを構成する。実は今、この嶺北ブロックは高知県の他の6ブロックと比較して、人口に占める移住者の比率が最も高く、注目されているのである。移住者の多くは20代、30代の若者で、その比率は2%を超える。移住者が増えている理由はいくつかある。著名なブロガーであるイケダハヤト氏がこの嶺北ブロックに移住して、「まだ東京で消耗しているの?」と訴えている効果は大きい。

 地域の子供たちの教育に風穴を開けるべく採用された「地域おこし協力隊」が定着し、グローバルな仲間を集め始めたことも理由として挙げられる。地元高知大学が嶺北ブロックに派遣する「地域コーディネーター」が、クラウドファンディングなどの手法を活用して、地域の夢は実現することを実証した影響も顕著である。

 さらに、ここでしか作られていない伝統的な地域資源「碁石茶」の生産を支援するために域外から集まった多くの「親衛隊」が、この地域の魅力に誘引され、移住することになったのも理由の一つである。

 かれらは地域の魅力を「よそ者」の目で敏感に感じ取り、その価値を域内のみならず域外にも訴求し、持続可能な地域に変革しようとする「イノベーター」である。その周りには不思議と同じ臭いを感じさせる同志たちが地域の内外から集まってくる。

 限られたエリアである嶺北ブロック内で、それぞれのグループはやがてグループを超えた相互のネットワークを醸成する。イノベーターたちの集積は新たな結合(イノベーション)を生み出す「接触の利益」(野長瀬裕二『地域産業の活性化戦略』学文社)を最大化するのである。今、嶺北ブロックはイノベーターたちで溢(あふ)れ、その刺激的な感性は地域の人々を鼓舞している。

 統計学によると、n個の個体があれば、そのうちルートn個が平均とは異なる振る舞いをするという。例えば100個の集団では、そのうちルート100、すなわち10個が平均から外れる。この確率は100分の10で10パーセントとなる。400個の集団であれば同様に5パーセント、さらに集団が大きくなって100万になるとルート1000となり、その出現の確立は0.1パーセントになる。

 集団が大きくなるにつれて個性的な個体が発生する確率は小さくなり、やがてゼロに近づいていく。これを「平方根の法則」と言う。イノベーターとは母集団の平均的な振る舞いとは異なる、個性的で革新的な人材であると定義すると、その出現は母集団が小さいほど高い。今の嶺北ブロックを見ていると、地域外からの有為な人材の定着を含めて、小さなサイズでこそ成立する、個性的な集団としての姿が平方根の法則から浮かび上がる。人口減少に立ち向かう社会変革が必要な今、「変革は辺境の地から生まれる」予感がする。

この記事の関連テーマ

タグ

大川村はニッポンの縮図ではない

このテーマを見る