無投票当選ということが続けば、果して当選といってもその議員に住民を代表する政治的正当性があるのかどうかが問われるわけで、ゼロ票議員の集まりの地方議会そのものの政治的正当性が問われる。何を代表の根拠として予算、条例、主要な契約を決める資格があるかだ。

 こうした状況からして、大川村のような小規模な自治体では議会を廃止し住民総会で決めても何も問題はないのではないか。自治体の規模や地域特性に関わりなく、日本では地方に二元代表制を大都市圏、地方圏に構わず一律に適用する、創意工夫すら認めない形で適用する仕組みこそが問題ではないか。

 「議員のなり手がない」という点に絞っても、背景には次の4つの根深いものがあるように思う。 

第1.この20年間、経済の実質成長率ゼロのなか、税収も伸びず、政策をめぐる裁量の余地が極めて少なくなり、議員の活躍の場の喪失感が増大していること。
第2.若年、中年層を中心に職業の安定志向が強まり、あえて4年ごとにリスクを追う政治家(議員)に挑戦しようという気概(政治家の魅力も)がなくなってきていること。
第3.議員に選抜される母集団が構造的に狭まっている。サラリーマン社会にもかかわらず、サラリーマンが議員職を兼ねることができず、勢い自営業者か無職者のみの戦いになっている。事実上、8割近くを占めるサラリーマンが公職につくこと排除していること。
第4.報酬の削減が続き、経済的な魅力に欠け、また相次ぐ定数削減で新人の出る余地が狭まり、現職優先、現職の議席既得権化が進み新人の当選可能性が低下していること。

 この状況を変えることができるかどうか。というのも、どう見ても今後「議員のなり手不足」は深刻化しよう。相当大ぶりの抜本的な選挙制度の改革でもしない限り、競争率が上がり、無投票当選がなくなり、女性議員や若手議員が増え、地方議会が活性化していくという道筋は見えてこない。

 例えば、本業は会社員で日常生活を送るようにし、公職としての議員活動ができるよう、土日・夜間開催議会へ議会の置き位置をシフトするとか、年齢別の当選枠の設定や女性比率を定めるクオータ制(割り当て)の導入など、いろいろ考えられる。

 基本は、何といっても8割近くを占めるサラリーマンが議席を持って議会活動ができる仕組みに変えることができるかどうかだ。そこが最大のポイントとなる。会社員の労働法制を変えること(公職休暇制度)や、時間帯を夕方の「5時から議会に変える」などの改革が急務だ。
2017年12月18日、野田総務相(右から2人目)に提言書を手渡した後、記念写真に納まる高知県の尾崎正直知事(右端)、大川村の和田知士村長(左から2人目)ら
2017年12月18日、野田総務相(右から2人目)に提言書を手渡した後、記念写真に納まる高知県の尾崎正直知事(右端)、大川村の和田知士村長(左から2人目)ら
 では、議会は何のためにあるか。むかし、ギリシャの「樫の木の民主主義」という例がある。村の公共的決定は多くの村人が樫の木の下に集まって意思決定をしたという話。だんだん人口が増えて集まるのが大変になったら、輪番制で代表を決め、その人たちが意思決定をしたという話がある。

 この原型の例からして、要は予算や条例の決定、執行機関の監視、また住民の民意の反映は「議会」という装置を通さなければできないのかどうかだ。議会は絶対かどうか。議会自体に機能不全が視られる現状からその打開策として有権者が一堂に会する「住民総会」を開く方法も選択肢にあるとみるのが正しいように思う。