著者 永井文治朗

 大坂正明容疑者が逮捕、起訴された。1971年に起きた渋谷暴動事件で警察官を殺害し、その後46年間逃げ回ったという。72年生まれの私の記憶にあるのは、交番前に貼られたポスターの人物である。物心ついたときには事件から10年経っており、例の手配写真をみて、「こんなに時間が経っていて捕まるのか」というのが率直な印象だった。

大坂正明容疑者の情報提供を呼び掛けるポスター=5月23日、共同通信
大坂正明容疑者の情報提供を呼び掛けるポスター
=5月23日、共同通信
 そもそも私の世代は左翼活動家や「プロ市民」でもない限り、警官隊とやり合うような時代に生きていない。街中で暴れてまで通すべき主張があるとは思えないし、完璧で正しいイデオロギーなんてないのが本音である。けれども「国民主権」と「民主主義」こそが正しいと信じており、良きにつけ悪しきにつけ、国民が選んだものと国民が支持する考えを尊重すべきだと思っている。その上で「言論の自由」は最も尊重されるべきだと考える。

 しかし、60~70年代に活動家だった人たちは自分の世代についてどのように考えているのだろう。私の母は44年、父は終戦の年に生まれている。父は集団就職で熊本から大阪のパン製造会社に勤めた後、上京して飲料メーカーに再就職した。伯父はその会社の重役まで務めたが、父は出世もおぼつかないまま退社し、鬼籍に入った。

 大坂被告は両親よりも一回り下の世代である。つまり、団塊の世代だが、同時代に勉学そっちのけで学生運動にハマっていた連中について、大学出の伯父は理解していたようだが、父はあからさまに憎んでいたのを覚えている。父は向学心もあったが、家庭の事情で大学進学を断念させられたらしい。はっきり言えば、伯父が進学したので弟である父は我慢させられたのである。