「ハレとケ」日本の文化をぶち壊す正月営業なんかいらない

『荻原博子』

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荻原博子(経済ジャーナリスト)

 正月を休業したり、店の営業時間を短くしようというところが、徐々にですが出てきています。私は、こうした流れには賛成です。

 なぜなら、「正月くらいは家族と過ごしたい」とか、「早く仕事を済ませて家族との時間を大切にしたい」と思う人も増えているのではないかと感じるからです。

 ヨーロッパに行って感じるのは、多くの人が、家族とともに過ごす生活を楽しんでいるということです。

 イタリアのフィレンツェ郊外の農家に泊まった時に、一緒の建物だったイタリア人家族と話したのですが、その家族は夏の1カ月のバカンスを、その農園でゆっくり過ごすのだそうです。小さなプールはあるけれど、他にあるものといえば一面のオリーブ畑とぶどう畑。そこを散歩したり、犬と遊んだり、寝転がって本を読んだり、バーベキューをしたり…そうやって1カ月もゆったり過ごすというのは、日本人にとっては考えられないことでしょう。なぜ、そんなにゆっくりできるのかと言えば、夏休みが2カ月もあるからなのだそうです。

 そこで、「日本にはブラック企業が多い」という話をしたら、「ブラック企業って何? 黒人だけしかいない企業のことかい?」と聞かれました。「そうではなく、規定の勤務時間外にも過酷に働かせる企業のことだ」と言うと、「そうか。だったら私か勤めている企業も、時々残業させるから、ブラック企業だな」と言うのです。彼は、先週3時間も残業させられたのだそうです。それを聞いて、「いやいやそんな程度の残業ではなく、朝から晩まで休みなく働かせて、そのために体を壊したり自殺する人もいる」と話すと、「そんな企業があるなんて、とても信じられない!」と驚いていました。

 日本人は勤勉だから、よく働く。それが、日本人の美徳とも言われてきました。

 確かに日本人は、朝から晩までよく働いています。けれど、よく働くからといって、必ずしも生産性が上がっているわけではありません。

 経済協力開発機構(OECD)加盟諸国の時間あたりの労働生産性を見ると、日本人に比べてあまり働かないように見えるヨーロッパの人たちの方が、はるかに生産性は高い。表を見るとわかりますが、35カ国中なんと20位。しかも、平均以下です。

 ちなみに、2017年に国連で「世界で最も幸せな国」とされたのはノルウェーですが、労働生産性を見ると日本の約2倍。つまり、ノルウェーの人が7時間働くなら、日本人は14時間働かないと同じような生産性を上げられないという計算です。9時〜17時で仕事を済ませて帰宅して家族で夕食をとるノルウェー人に比べて、日本人は、夜の22時、23時まで働いても、生産性では追いつかないということです。

 日本の「幸福度ランキング」は51位。ちなみに、若者が「恋愛」「結婚」「出産」「人間関係」「マイホーム」「夢」「就職」の7つを放棄している「七放世代」が多いと言われ、若者自身が自国を「ヘル朝鮮」と呼ぶ韓国ですら、「幸福度ランキング」では日本とそう変わらない55位でした。
コンビニ店主の給料が安すぎる

 残業する割には生産性が低い日本人ですが、実はサービス業全体が従業員の長時間営業の割に儲かっていません。

 日本のスーパーマーケットは、年中無休。コンビニエンスストアは、年中無休どころか24時間ずっと営業しています。こんなに営業しているのだから、さぞかし儲かるだろうと思いきや、それほど儲かっていない。なぜなら、東京などの都心部でもない限り、深夜に買い物に来る客というのはそう多くはないからです。そのため収益が上がらず、深夜営業には人件費がかけられない。そこで、深夜に店に出ているのは、ほとんどが店主なのだそうです。そうなると、コンビニの店主は、友人と夜に酒を飲むということもできないし、家族団欒も中途半端になってしまう。

 あるコンビニ経営者に聞いたら、それだけ働いてもコンビニの店主の平均的な給料は500万円前後。600万円あればいい方なのだそうです。

 ちなみに、ヨーロッバでは24時間365日営業という店は、ほとんどありません。最近は、一部あるようですが、基本的には、夜は休む、日曜日は休むというのが社会のコンセンサスになっています。ですから、客も開いている時間内に効率的に買い物を済まします。

福袋などを求める客でにぎわう日本橋三越本店
=東京都中央区(福島範和撮影)
 家電メーカーなどは、正月三が日の福袋の販売実績が大きく、かき入れ時なので休めないという店がほとんどですが、こうした状況も、早晩変わって来るのではないかと思います。なぜなら、給料が伸びない中で、最低限必要なものしか買わないという人が増えているからです。しかも、買うならリアル店舗よりもネットという人も増えています。

 日本ショッピングセンター協会の年末年始販売統計調査報告では、福袋を販売する店は年々減っていて、販売個数も減少傾向にあるのだそうです。特に婦人衣類関係の不振で売れ残り店舗も出ている状況のようです。さらに、同じ福袋でもウェブ販売の福袋などは伸びているようで、リアル店舗の福袋がECでの福袋にマーケットを侵食されている状況も報告されています。

 正月の三が日に店が全部閉まっていたら、初詣の帰りに寂しいという人もいることでしょう。

 けれど、個人的なことを言えば、自分がほろ酔い気分で休んでいる三が日に、誰かが休むことなく働いているというのは、ちょっと気が引けます。
働き者の日本人が一番楽しみにしていた

 実際に、正月三が日を休みにしたことで客から、「元旦から営業しないなんて、どういうことだ」というクレームが来た企業がありました。これに対しての店側の回答がネットでも話題となりました。

 店側の回答のポイントは2つあって、
(1)三が日以外は毎日営業しているので、せめて三が日くらいは全従業員を家族の元でゆっくりと休ませ、エネルギーを充電して新しい年に向けて全力で頑張ってもらいたいから。
(2)自分たちが元旦営業をしていると、メーカーや商品を納入する物流会社の人たちも休めないから。

 客を大切には思っているが、同じように、従業員やメーカーなど共に働いている人たちも休ませてあげたいという思いやりの心が伝わる文面であり、確かにその通りだと思いました。

 もともと日本では、お盆と正月には、商家で住み込みで働いている丁稚(でっち)や女中も休みをもらい、実家に帰り、家族とゆっくりするという習わしがあります。普段は粗食でも、正月には美味しいものをお腹いっぱい食べられるので、子供たちも正月を心待ちにしていました。また、正月の三が日に食べる「おせち料理」は、いつも忙しく働いている主婦が三が日だけは台所に立たなくてもいいように、保存の利く食材が中心になっています。

鳥居に注連飾りを取り付け、迎春の準備をする神職 =2016年12月25日、鳥取市の長田神社
 働き者の日本人にとって、正月三が日は唯一、誰もが大手を振って休める休日であり、一年で最も楽しみで幸せな日だったのです。普段着ない晴れ着を着たり、神聖な食べ物である餅や赤飯を食べ、24時間お酒を飲んで酔っ払っていても誰にも文句を言われない。その風習は、日本の文化でもあります。

 日本人には、「ハレ(晴れ)」と「ケ(褻)」という伝統的な考え方があります。正月は、この「ハレ」にあたり、普段の生活は「ケ」にあたります。「ハレ」の日は、休んだり楽しんだり遊んだりして、「ケ」の日はしっかりと働く。それは、日本人が生活の中で編み出したメリハリでもあります。

 けれど、正月でも休みなく働く人がたくさんいて、おせち料理なども作り置きしなくても元旦でもスーパーで買えるとなれば、こうしたメリハリはどんどんなくなっていくことでしょう。

 「1つのスーパーが三が日営業するためには、そこで働く人以外に、多くのメーカー、納入業者が働かなくてはならない。それは、ちょっと気の毒だ」。ひと昔前の日本人は、こうしたことを想像する力を持っていたような気がします。

 元旦に店が開いていないからとクレームをつける人には、こうした相手に対する思いやりと想像力が欠如している気がしてならないのは筆者だけでしょうか。

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