宮野道雄(大阪市立大学副学長)
 昭和25年東京都出身。東京都立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。平成9年大阪市立大学教授。22月4月から現職。

 大災害が発生すると、最大の被害を受けた被災地の詳しい被害状況がわからないだけでなく、本来最も情報を必要とする被災の中心地には情報が伝わらなくなる。いわゆる「情報の空白化」である。平成7年に発生した阪神大震災では、神戸にいた人が目の前の状況を見て、地元がこのように大きな被害を受けているので、大阪や東京は壊滅しているのではないかと考えたと聞いたことがある。一方、大阪市内にいた私は空中から撮影したテレビの映像で阪神高速道路の高架が横倒しになり、神戸市内で多数の火災が発生している状況を知ることができた。
倒壊した阪神高速神戸線=平成7年1月17日、神戸市東灘区(産経新聞社ヘリから)
 産経新聞大阪本社は、震災発生9カ月後に神戸市、兵庫県芦屋市、西宮市の応急仮設住宅居住の被災者200人に「阪神大震災と新聞」をテーマとしたアンケートを実施して活字メディアの役割を問うた。結果によれば、震災当日から新聞を読むことができた人はわずか6%だった。それにもかかわらず、新聞の評価を下げた人が16%に対し、むしろ評価を上げた人は43%で、「信頼できる」「情報が残る」が主な理由だった。

 東日本大震災でも、その被害の甚大さ故に情報の空白化と同様のことが起きていたと思う。しかし、この震災では津波を中心とした被害の大きさに加えて広域性と度重なる大きな余震などにより被害の全容が被災地の外にいても把握しにくかった。情報の空白化は不安を増大させ、風評被害など間接被害を発生させる。
駅舎がつぶれ、電車が脱線した阪急伊丹駅=平成7年1月17日、兵庫県伊丹市
 情報の空白化が自然災害の被害を拡大させた事例として、柳田邦男氏著による『空白の天気図』を思い出す。ここでは第二次世界大戦の敗戦によって台風予報には欠くことのできない洋上の気象観測データが得られないだけでなく、情報網も寸断されていた昭和20年9月17日に九州の南端に上陸した枕崎台風による被害の実態が取り上げられている。この台風は原子爆弾による被害を受けた直後の広島を情報の空白の中で直撃し、広島県で2千人以上の死者を出した。

 記者たちは災害の発生直後から被災地に向かって走り出し、掘り起こしてきた情報を文字にして、新聞記事として被災地に返していく。直後には、被災の中心地でそれを読むことのできる人がたとえ数%だったとしても、信頼できる情報を、残る形で提供することによって、情報の空白を補い、風評などによる防ぎ得る被害を少しでも減らしていくことが活字メディアである新聞の使命といえよう。