倉山満(憲政史家)


  おかげさまで、小著『工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史』(講談社)が売れ行き好調である。今年は明治維新150年、大河ドラマも『翔ぶが如く』以来27年ぶりに西郷隆盛が主人公として取り上げられることとなった。放映はこれからなので、ぜひとも人気に便乗したいものだ。
NHK大河ドラマ「西郷どん」で西郷隆盛を演じる鈴木亮平さん
=2017年8月30日、鹿児島・南九州市
NHK大河ドラマ「西郷どん」で西郷隆盛を演じる鈴木亮平さん =2017年8月30日、鹿児島・南九州市
 本年のNHK大河ドラマは林真理子原作の『西郷どん』で、『ハケンの品格』『ドクターX』などで有名な中園ミホ脚本とか。コンセプトは「日本一モテた男」で、「男からも女からも愛された男」としての西郷を描き、大河ドラマ史上初のBL(ボーイズラブ)に踏み込むとの触れ込みだった。

 この報を聞いた時、自著の題名を『女に西郷さんの何がわかる?』としようとしたが、講談社の企画会議にて「タイトルで全女性を敵に回してどうするのか」と物言いが付き、『工作員~』という一度ボツになった案がゾンビのごとく復活した。

 さて、「工作員」と聞いて、どう思われただろうか。「清廉潔白の人格者の西郷さんが工作員? 何を考えているのか、イロモノ本か?」と思われたであろうか。

 確かに、西郷は近現代で伝記の発刊点数が最も多い人物である。そして、明治以来現在まで、一度も不人気になったことがない英雄である。戦前の英雄は皇国史観と戦後の反動で評価が逆転することが多いのだが、西郷に限って人気は一貫している。中には「全人類の中で最も偉大な人物は西郷隆盛である」と信じて疑わない人もいる。ある場所での講演では、「高杉晋作? 誰だ、それは。そんなマイナー人物は知らん」と真顔で言われたこともある。

 これは極端にしても、「西郷さんは聖人君子」的な描き方をしている本は、腐るほどある。むしろ、それ以外に見た事がない人がほとんどではないか。

 西郷を聖人君子の鑑だと信じて疑わない人に、「西郷さんは、田中角栄の秘書だった早坂茂三のような人だった」と言うと、まなじりを決して怒り狂うかもしれない。ところが『工作員・西郷隆盛』は、歴史学の正統な議論を踏まえた教養書として等身大の西郷を描いた評伝である。

 ここで言う「工作」とは何か。最近の流行語で言うと、「インテリジェンス」である。では、「インテリジェンス」とは何か。情報を収集し、分析することである。ここまでは誰でもわかる。少し気の利いた解説だと、「生情報(information)を収拾して分析したものが情報(intelligence)である」くらいは教えてくれるだろう。

 では、何のために情報を収集して分析するのか。自らの意思を相手に強要するためである。これをコントロールとも言う。コントロールには他に、「支配する」「言うことを聞かせる」などの意味がある。

 この程度の事は、アメリカだと大学の教養課程の知識である。ヨーロッパのエリート校なら、高校レベルかもしれない。ところが、日本人では「何のためのインテリジェンスか」を意識しながら読書する人口がいかほどであろうか。