長尾和宏(長尾クリニック院長、日本尊厳死協会副理事長)

 脚本家の橋田壽賀子さんが『安楽死で死なせて下さい』という本を書かれた。多くの人が彼女の主張に賛同し、にわかに安楽死議論が盛んになっている。92歳の橋田さんは、もし認知症になると人に迷惑をかけるから、そうなる前にスイスの「ディグニタス」という安楽死支援組織に行き、そこで安楽死したいと主張されている。

 安楽死とは、まだ十分に余命がある人に医師が薬剤を用いて、死期を大幅に早める行為である。日本において安楽死は認められておらず、もし医師がそれを行うと殺人罪で逮捕される。しかし、欧米には法律で安楽死を認めている国がいくつかある。

話題になった脚本家の橋田壽賀子さんの著書
『安楽死で死なせて下さい』
 そのひとつであるスイスには3つの安楽死組織がある。そのうちディグニタスというNPO法人は外国人も受け入れている。筆者は5年前、「死の権利・世界連合」の大会がスイスで開催された際、チューリヒ郊外にあるディグニタスが運営する「看取りの家」を訪問し、代表から直接説明を聞く機会があった。

 そこには安楽死を望むスイス国民に混じって、安楽死が認められていないイギリスやドイツから主に末期がんの患者さんがやってくる。近くの病院を受診し、安楽死の条件のひとつである「余命半年」と診断されたら「自殺薬」を処方される。その薬を飲む前日には看取りの家の庭で家族や友人とお別れパーティーが開かれる。しかし、薬を飲むときはひとりである。NPO職員が死亡を確認すると、スイス警察が入り検視が行われる。遺体は近くで火葬され、骨となって本国に帰る。かかる費用はおおよそ100万円程度だ。橋田さんはそこに行き、安楽死したいと主張されている。

 そんな橋田さんにお伝えしたいことがある。私は尼崎の町医者である。外来診療の合間に在宅患者さんを訪問診療や往診をする。医師になり34年間、病院と在宅で2000人以上の死亡診断書を書いてきた。現在、年間100人以上の在宅看取りに寄り添っている。末期がんの人に関わると、9割以上の確率で自宅で看取っている。

 延命治療を行わず枯れていくことを容認し、上手に緩和医療を行えば、死ぬときは一般の人が想像するように苦しみはない。旅立つその日まで食べたり話したりできる。看取るのは末期がんだけではなく、半数はがん以外である。認知症や老衰、神経難病や慢性心不全や慢性腎不全など病気の種類を問わず、自宅での穏やかな最期が可能である。在宅医療というと家族介護のイメージが強いかもしれないが、独居の末期がんや認知症終末期であっても、本人が在宅での最期を希望すれば普通に看取っている。

 その詳細は、昨年末に上梓した『痛くない死に方』に詳しく述べた。また、全国の在宅看取りの現状に関しては私が監修した週刊朝日ムック『さいごまで自宅で診てくれるいいお医者さん』に詳細なデータが公開されている。「独居の看取り」に関しても、勇美記念財団の支援を得て私がリーダーとなり実態調査やそれが可能となる町づくりのための提言を行っているところだ。たとえ独居の認知症であっても、24時間定期巡回型の訪問介護・看護があれば最後まで自宅で楽しく暮らすことに、なんの問題もない。しかし、多くの市民や病院のスタッフはこうした実態を知らないし、なかなか信じてもらえない。