というのも、先の三つの教訓を精査してみた結果、「記者の評価は特ダネであり、取材の過程ではない」と考えるようになった。そこで誰にも知られず、休息の場を確保することにした。まず取材拠点の霞ヶ関、渋谷の放送センターにも近い場所に「アジト」を構築することにしたのだ。そこでいくつかの不動産屋を周り、一番安い物件を恵比寿の駒沢通りに近い東京恩寵教会付近に見つけた。

 当時2万5千円の4畳半一間、ガス台一つ分の台所、バスなし(すぐ側に銭湯があった)、トイレ共同、戦後すぐに建てられたようなバラックのアパートだった。そこは隣の酒屋さんの所有で、表通りからは、酒の箱を山積みしていたり、ビールやカップ酒、ジュースの自動販売機がずらりと並んでいたりして、全く奥が見えない、まさに「アジト」だった。中古のエアコンを買うと夏でも熟睡できるようになった。ここでの暮らしが、その後思いがけない副産物を生むことになるのだが、とにかく「疲れたら眠る」を徹底した。

2017年12月、リニア中央新幹線建設工事の入札不正事件で
鹿島建設の家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官ら(桐山弘太撮影)
 3年目になると東京地検特捜部の担当になり、検事の官舎が恵比寿南の、それもアジトから2分の所にあり、副部長の石川達紘さんたちから、「小俣君は夜回りで午前1時過ぎまで張っていて、朝は7時前には自宅前に来ているけど、(健康の方は)大丈夫かね」と心配されたほどだ。地下鉄で霞ヶ関まで11分。まさに天国だった。

 アジトは紆余(うよ)曲折があって、その後同じ恵比寿南のマンション、ジョギングができる駒澤大学近く、宮益坂裏の渋谷2丁目、目黒三田、西麻布と変遷を遂げた。とにかく他人の目は、気にしない。他人が責任を取ってくれるわけではないのだから。

 夏休みはボブ・ウッドワードの(仕事はとにかく、休暇の取り方)を真似をして、車で北海道一周の旅をしたり、四万十川に遊んだり、京都大原や長野の木崎湖で過ごしてきた。潜水艦「なだしお」の海難事故の時は長野の大町温泉郷にいて、いまさら帰ってもスタートで遅れているんだからタイミングを見て…とばかり洞ヶ峠を決め込んだ。