向谷匡史(作家)

 「働き方改革」は喫緊の課題として大いに進めるべきである。政府の狙いは「人口減少に伴う労働力不足を解消するため」であって、労働者の健康を一義的に考えてのことでないとしても、過酷で、生産性のない長時間労働が解消されるなら大いに結構なことだ。

 過労死があっていいはずがなく、電通女子社員、NHK女性記者と相次ぐ若い世代の過労死には、メディアを仕事の場とする一人として言葉もない。

 かつて高度経済成長時代、ビジネスを戦場に見立て、サラリーマンは「企業戦士」と呼ばれた。身体を壊す者、精神を病む者と〝戦場〟は死屍累々と化した。安倍晋三総理は「モーレツ社員という考え方自体が否定される日本にしていきたい」と発言しているが、これも大いに結構なことだ。

 だが、「長時間労働=悪」という一律的、短絡的な考え方に、私は反対である。過労死したNHK女性記者は大変お気の毒だが、ことにジャーナリズムにおいて労働時間を長短で線引きすることは不可能だ。取材対象に〝夜討ち〟をかける途中で、「あっ、時間だ」と、Uターンしていたのでは仕事にはならない。

 人に会って話を聞くというのがジャーナリストの基本的な仕事である以上、必然的に「相手の都合」に合わせなければならないし、取材を避けている渦中の人物を直撃するには、深夜早朝の張り込みは必須である。〝夜討ち朝駆け〟は取材の基本であり、「労働時間」に縛られていたのでは仕事にならないのだ。
事情聴取を終えた日馬富士の車に殺到する報道陣=2017年11月、両国国技館 (大橋純人撮影)
事情聴取を終えた日馬富士の車に殺到する報道陣=2017年11月、両国国技館 (大橋純人撮影)
 40余年前、私が新卒で、のちに休刊したナイガイスポーツ新聞社に就職したとき、編集局長からこう言われた。

 「記者とスポーツ選手は、親の死に目にあえないと思え」。記事は取材した当人しか書けないものであり、試合は当該選手しか出場できないということから、記者としての責任と自覚を持って仕事をせよ―という檄(げき)である。

 若かった私は、そんなものかと聞き流したが、同社を半年で退社し、週刊ポストで10余年を専属記者として過ごしてフリーになってからのこと。「母危篤(きとく)」の知らせを受けるのだが、翌日、締め切りの原稿があり、郷里の広島へすぐに帰ることができなかった。

 現在なら、新幹線の中で書いてメールで送ればすむが、当時はそんな時代ではない。徹夜で仕上げ、原稿を渡して新幹線に飛び乗ったが、数時間の差で死に目にはあえなかった。このとき「記者とスポーツ選手は、親の死に目にあえないと思え」という局長の言葉が脳裡(のうり)をよぎったことを覚えている。

 ジャーナリズムとは、そういう職種であり、この考え方は40余年がたった今も変わらない。

 思い返せば週刊ポスト記者時代は、それこそ24時間が仕事だった。張り込みは日常の取材活動で、芸能関係者はもとより政治家、スポーツ選手、評論家…、事件の渦中にある人たちを追いかけ、張り込み、取材を試みる。時間になったからそこで打ち切るようでは仕事にならない。もちろん締め切り時間のデッドラインまでトライする。