森本敏(拓殖大学総長、元防衛相)  

 『朝まで生テレビ!』にタブーはない。元旦放送の同番組でお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」村本大輔氏の発言が物議を醸したが、若者が率直な問いかけをするのは民主主義の健全なる証拠だ。間違っていれば、誰かが正しく指摘をすればよい。責任の多くは戦後教育が近現代を正しく教えてこなかったことにある。

 日本の中・高校における歴史教育はひどすぎる。教員が歴史を教育する時に古代から始めて明治維新でほぼ終わる。教科書には記載されているが、教師にはそれ以後の近代史、現代史を教える自信と素養がないからだろう。仮に素養があっても、近現代史について評価の分かれる分野について教育する確信がないのかもしれない。歴史は感情で教育すべきでない。教員が生徒や親から反論されて論破できる客観的素養と歴史観が十分でないということもありうる。

 日本の現代社会はおおむね、明治以来150年の近代史の中で形成されてきた。この間、日本は何度も大陸を含め周辺に軍事力を展開し、結果としてアジア人に多大な迷惑をかけた。この責任は、現代を生きているわれわれも無関係というわけにはいかない。歴史は時間の積み重ねであり、国の歴史は国民が作ってきたからである。

 われわれはこれを民族として引き継いでいる。その時、生まれてなかったから自分は知らないとは言えない。周辺の国々でも、領土問題や、歴史的事案(例えば、南京事件や慰安婦問題)などについて、日本への想いや恨みが今なお、深く残っていることもある。ただ、われわれはこれを引きずりながらも、過去は過去として新しい未来に向けて前に進もうとしているのである。

 それでも、戦後の歴史や政治関係、安全保障問題について正しく教育を受けずに育った人が過去の歴史を十分知らずに率直な疑問を発することは社会に住む人間の自然のあらわれであり、これを単に無知で誤った感覚と切り捨てることができるであろうか。

 われわれの親や、その親の代がしたことは、われわれには直接責任がないように思えるが、それを引きずって生きているのであり、人が謙虚に生きていくためには、日本人がこの150年ほどの間に一近現代史の中で、いかなることをしてきたのか、アジアの人がそれをどのように思い、今なお、われわれが振る舞っていることは正しいのかどうかを常に見直しながら生きていく必要があると考える。

「オホーツクール 事業発表会」に出席したお笑いタレントの村本大輔=2017年12月 13日、東京・新宿
「オホーツクール 事業発表会」に出席したお笑いタレントの村本大輔
=2017年12月 13日、東京・新宿
 村本氏の質問は、歴史観だけでなく、憲法、政治・安全保障の基本事項など広範に及んでおり、無知、唐突、荒唐無稽のように思われるが、同年代の多くは、よほど関心を持って学問している人を除けば平均的な若者の質問にしばしば見られる現象だ。また、それを公にメディアを通じて質問することは勇気がいるに違いない。

 従って、彼の質問に全く不快感をもたなかったし、これにどう答え、どのように考えるべきかを指摘するのは、われわれ専門家の責任であると思い接したつもりだ。その点で井上達夫教授や自分が村本氏に真剣に向き合ったことは、良かったのではないかと思う。特に、井上教授の指摘は適切で大変感心した。

 ただ、村本氏はもっと大人だから、さらに勉強しておいてもよいと思うが、大学生でも入学当初の素養はある程度のことが多いと思うし、「あんな無知な質問をする人をテレビに出すな」という考えは全く間違っている。年齢に関係なく、どれほどの日本人が正しい知識を持っているかを考えたとき、多くはメディアの影響を受けたり、雑誌の知識だったり、他人からの耳学問だったりして本当のことをわかっていないことが多い。