村本は政冶漫才で「これの問題は何か知っているか」と、お笑いによる庶民の政治的啓蒙(けいもう)活動をしている。昨年末のテレビのお笑い番組「ザ・漫才」で日本の原発など重要な問題について、なかなか切れ味のある突っ込みギャクで聴衆を笑わせた。私もこれを見たので、「元旦朝生」の放映前の打ち合わせで私の隣に座った彼に、「あれ面白かったよ」と感想を述べた。こういう漫才による政治的啓蒙をやっている村本が、改憲論議の焦点になっている9条2項を読んだことがないと居直ったので、私はあぜんとして「自分の無知を恥じなさい」と戒めたのである。私は、いっぱしの啓蒙家を気取る村本個人が当然有すべき最小限の基本知識を欠くことを𠮟ったのであって、庶民の無知を侮蔑したのではない。しかし、彼は卑劣にも、自分個人が矢面に立たされるのを避けるために、庶民は9条2項など読んだことがないと論点をそらしたのである。
お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔=2015年8月10日、東京・豊洲(今井正人撮影)
お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔=2015年8月10日、東京・豊洲(今井正人撮影)
 しかも、この論点そらし自体が庶民をばかにしたものである。戦後憲法の柱の一つである戦力放棄を定めた憲法9条については、例外はあるかもしれないが、普通の庶民も、神学論争などといわれる学者・政治家の解釈論争のことは知らなくても、その条文くらいは中学・高校の社会科の教科書や授業で一度ならず読んだはずである。憲法論議が再燃している近年、テレビのお茶の間向けワイド・ショー番組やニュース番組でも、頻繁に、9条1項・2項の条文はフリップ・ボードで聴衆に見せられている。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という2項の条文を虚心坦懐(たんかい)に読み、これを自衛隊・安保という軍事的現実と比較するなら、学者・政治家などのエリートの詭弁(きべん)に毒されていない庶民は当然「何かおかしい」と思うはずである。

 私はこの庶民の感覚こそが正しい、間違っているのは自衛隊・安保の現実と9条との矛盾を隠蔽してきたエリートたちの詭弁の方であると主張してきた。ところが、村本は庶民感覚から発せられるべき「なんで自衛隊が合憲なんですか」という問いを発せず、「なんで自衛隊が違憲なんですか」とエリートの詭弁に媚びた問いを発し、さらに、「9条の条文も読んだことのない庶民」というイメージを一般国民に重ねた。これは国民に対し失礼なだけではない。9条問題につき憲法改正国民投票で国民の審判を仰ぐことを拒否したい護憲派の憲法学者・知識人たちは、村本のこの庶民像を歓迎し、「そら見たことか、9条の条文すら読んだことのない国民に憲法改正国民投票などさせていいわけがない」と主張するだろう。