小林信也(作家、スポーツライター)

 横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が休場した。初場所5日目を終えての成績は1勝4敗。年6場所制となった1958年以降、横綱では6人目となる5場所連続の休場となった。5日目の朝稽古の後には「やると決めたら最後までやり抜く」と語ったというが、4敗目を喫し、さすがに休まざるを得ない状況にまで追い込まれたとみるのが自然だろう。

 「もうひと場所全休し、体調と相撲勘をしっかり戻してから復帰した方がよかった」
 相撲界やファンの間では、そんな声が早くも聞こえてくる。1月5日の稽古総見で豪栄道に2勝3敗、横綱鶴竜に3戦全敗し、まだ復調の兆しが見られないことから、横綱審議委員会の北村正任委員長も「休場もやむなし」と発言。いわばお墨付きをもらったのだから、無理して出る必要はなかった。

 大きな騒動があって混乱が続く相撲界に、爽やかな風を吹かせる唯一の特効薬は「日本人横綱、稀勢の里の活躍、そして優勝」が何よりだと、そんな重圧や責任感もあったのだろうか。しかし、その思いはあえなく空回りし、いよいよ深刻な空気も漂い始めた。同じく休場が続いていた鶴竜は、今場所の結果次第では「進退問題になる」との見方もあったが、稀勢の里はまだその段階ではないと空気が支配的だった。ところが、これだけふがいない相撲が続くと、「進退に影響」との活字がメディアで踊るのも当然である。



 初日からの相撲を見ていると、まったく威圧感がない。横綱になかなか昇進できなかったのは、誰もが知る稀勢の里の「弱気の虫」だ。横綱昇進の勢いの中で、それが姿を消したかに見えた時期もあったが、けがに水を差されると、やはり「弱気」が稀勢の里を支配し始めた。思い切った相撲が取れていない。勝ちに行く相撲ではなく、負けない相撲をして逆に、攻めが遅くなる。慎重に行けば行くほど、相手に見切られて敗れる。本来なら横綱が相手を見下ろして取るべきところだが、はっきり言って平幕の格下力士の方に余裕さえ感じられる。いなされたり、たぐられたりして、横綱は何度も土俵の上を転がった。

琴奨菊につきおとしで敗れた稀勢の里
=2018年1月17日、両国国技館
琴奨菊に突き落としで敗れた稀勢の里 =2018年1月17日、両国国技館


 初場所の稀勢の里の取組を振り返ると、特に目立ったのが足腰の軽さだ。4日目には、土俵のほぼ中央で琴奨菊に突き落としで転がされた。まわしの位置が高い。無防備に突っ立ったような態勢で、楽々と技をかけられている。3日目の逸ノ城戦でも、立ち会いは互角にも見えたが、そこからあっさりと逸ノ城に優位を取られた。両者の足腰の重さの違いは歴然だった。横綱昇進前後の取組は、どっしりと土俵に根が生えた感じがあったが、この取組では重さを感じさせたのは逸ノ城の方であり、稀勢の里はやけにふわふわと浮いているようだった。今場所の逸ノ城も決して好調とは言えないが、それでも楽々してやられた。

 横綱が5日目で4敗ともなれば、休場という判断はやむを得ない。それは「負け越しても降格しない」横綱ゆえの面子(めんつ)ばかりではなく、相撲協会にはそれが容易に許されない「カラクリ」もある。平幕力士が横綱が勝つと「金星を挙げた」と表現するが、これは名誉だけの話ではない。力士褒賞金の支給額が一律4万円プラスになる。つまり、年6場所で24万円の昇給になる。協会にすれば、単純に出費が増える。金星を「安売り」をされれば、それこそ協会の懐を直撃するのである。