小林信也(作家、スポーツライター)

 巨人から自由契約となった内野手、村田修一の移籍先が決まらず、その去就に注目が集まっている。

巨人から戦力外通告を受けた村田修一内野手=
2017年10月16日、川崎市のジャイアンツ球場
巨人から戦力外通告を受けた村田修一内野手= 2017年10月16日、川崎市のジャイアンツ球場
 村田は昨季、ケーシー・マギーの加入もあって先発三塁手の座を失い、苦しいスタートを切った。それでも交流戦に入り、指名打者で出場機会が増えると徐々に復調。夏場以降はマギーが二塁、村田が三塁に入り、規定打席には達しなかったが100安打を記録した。十分にまだ活躍できることは実証したが、オフになって「戦力外通告」を受けた。おそらく本人も周囲も想像しなかった処遇だろう。二度目のフリーエージェント(FA)権を取得し、村田自身に次の選択権があるとぼんやり感じていたのではないか。ところが、巨人の判断は厳しいものだった。

 鹿取義隆ゼネラルマネジャー(GM)は「苦渋の決断だった」としながらも、自由契約の方が選択肢は広がるとして、むしろ温情ある措置だと説明したが、結果的に現在まで村田の新たな活躍の場は見つかっていない。当初は複数球団が「興味を示している」と報じられたが、数日のうちに立ち消えとなり、ロッテの井口資仁新監督なども、上げた手を下ろす格好になった。

 一方、同じ世代の松坂大輔は、ソフトバンクからコーチ兼任での残留を打診されたが、本人の意向で退団。中日から入団テストの機会を与えられ、無事に合格して入団の運びとなった。

 年俸は1500万円。「最も稼いでいたころの3日分」と表現する報道もあったが、松坂にとって年俸の多寡は今や問題ではない。勝負できる環境、もう一度マウンドに上がるチャンスを得ることが何よりだ。

 過去3年間で1度しか出場できず、しかもすぐ降板した松坂にチャンスが与えられ、シーズン100安打を放った村田に活躍の場が与えられない。普通に考えたら、おかしな現象だ。なぜ村田はそれほど敬遠されるのか? 理由をいくつか推測しよう。

 既に37歳。それほど先がないのは明らかだ。それならば、何らかのプラスアルファが重要だと球団や監督は考える。かつて、峠を越えたと誰もが判断していた落合博満を巨人がFAで獲得したとき、長嶋茂雄監督に取材すると、反対意見は意に介さず、「数字は関係ありません。ダイヤモンドにもう一人の監督が立っている。それが大きい」と、落合獲得の理由を教えてくれた。実際、落合は秋に入って失速し、2位の猛追を受けたとき、自らナインを招集し、ミーティングを開いて鼓舞した。それをきっかけに巨人が息を吹き返したと伝説的に語られている。

 阪神から古巣広島に戻った新井貴浩なども、その泥臭く懸命な姿勢で若い選手に無言で火をつけており、その功績は大きいと評価されている。村田にはそのような姿勢、リーダーシップの評価が薄い。むしろ、入団しても思い描いた活躍の場が与えられなければ、不満分子の火種になるかもしれない。それならば、若い選手を登用し、すぐに活躍できなくてもチャンスを与える方が夢があると球団が判断するのは当然だろう。