辻 貴之(著述家)

脳の誤作動


 にわかには信じられないかもしれませんが、わが国における脳科学の権威の一人である東大准教授の池谷裕二氏も言っているように、意識と無意識は正反対のことを考える場合があります。建設的な発言をしながら、無意識では「破壊」をめざしている、そういうことさえあり得るのです。

 憲法9条を擁護する人たちの心理が、まさしくそれです。

つじ たかゆき 1951年、和歌山県生まれ。東京教育大学
大学院理学研究科修士課程修了。公立高校教諭を経て
執筆活動に入る。最新人間科学の成果を取り入れた政治・
社会・教育分野の論客として注目される。著書に『「保守」の
復権』(扶桑社)『民主党政権と破壊衝動』(産経新聞出版)
『民主党政権は、なぜ愚かなのか』(扶桑社)などがある。
 戦力の保持を禁止する憲法9条は、素直に読めば安全保障における「無防備のススメ」です。憲法9条を守れと主張することは、「わが国の自衛の権利を放棄せよ、それで日本が滅びてもかまわない」と言っているに等しい。

 つまり、無意識のレベルでは日本社会の破壊をめざしながら、当人はそれに気づかず、意識レベルではそれが日本のためによいことだと信じ、自分は世界で最も進歩的な「平和主義者」だと考えています。こういう自己矛盾が人間の脳では起こる。いわば、脳が誤作動を起こすのです。実際は最悪であるにもかかわらず、それを最善のものと思い込む、そういう心理を、私は「認知の逆転」と呼んでいます。

 憲法9条の信奉者は、何かといえば日本の“軍国主義化”を口にします。しかし、現在の日中関係において、実際に軍事行動を行って戦争を仕掛けてきているのは、日本でなく中国であることは誰の目から見ても明らかですから、本当に平和主義者であるのなら中国を批判するのが当然です。にもかかわらず、なぜ彼らは自国のみを攻撃するのでしょう。

 進化心理学によれば、「裏切り者検知装置」が人の心に備わっています。生き残りを最大の戦略とする生物としては、当然のことです。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」するなど、生物学的にあり得ません。ただ、一部の人々には、意識のレベルで信じたように装うことが可能なのです。

 私は公立高校で物理を教えていたことがあるのですが、実に恵まれた職場であっても、左翼系の教師たちは何かというと労働条件が劣悪であると文句を言っていました。しかも、彼らの日ごろの言動は実に攻撃的で、待遇がいくらかでも悪くなりそうなら徒党を組んで抗議するし、自分と意見の違う人たちに対しては異常なほど敵意を燃やし、口汚く罵倒します。あまりにも憎悪が激しいため、その憎悪こそが彼らの思考の生みの親ではないか、と思えるほどでした。それほどまでに、彼らの言動には、憎悪という感情が身につきまとっていたのです。全国各地で校長などの自殺が相次ぐのも、不思議ではありません。

 それほど攻撃的な彼らが、「憲法九条を信奉する平和主義者」と自らを規定するのです。そして、生徒を信じろ、生徒の「人権」や「自主性」、「個性」を尊重しろと声高に叫びます。皮肉なことに、こういう“平和主義者”の教師が大勢いればいるほど学校は荒廃し、崩壊する。こういう人間たちが権力を握ったら中国や北朝鮮のようになるだろう、日本を無謀な戦争に追いやったのは、おそらくこういうタイプの人間たちだろうと、教育現場で私は痛感しました。

 戦時下の日本では、「革新」という名のイデオロギーが社会を席巻していました。左翼・右翼の区別なく、穏健な路線を否定して現状打破をめざす「革新思想」一色に塗りつぶされた観がありました。その流れを戦後に引き継いだのが左翼・リベラル派の勢力です。

 京大名誉教授の猪木正道氏は、戦時下の軍国主義と戦後の幻想的平和主義はオモテとウラ、同根だと言っています。両者の共通点は、「社会の破壊」を最終目標にしていることです。国家のため、平和を守るため、という大義を掲げながら、その心の底には社会に対する「破壊衝動」が潜んでいるのです。

他人を欺くにはまず自分から


 こうした“自己欺瞞”は、現在の脳科学の重要なテーマの一つになっています。人間は自分をだますことができる。よくみられる例が「ポジティブ・イリュージョン」、日本語では「優越の錯覚」と言われているものです。

 人間というのは「自分を有能な存在だ」と実際以上に思い込んでいます。

 たとえば、サッカーで勝利したチームの11人の選手一人一人に「あなたの勝利の貢献度は何パーセントぐらいだと思いますか」とアンケートをとると、全員の回答の合計は200パーセントを超え、ときには300パーセントに達することもある。大学の先生に「自分は同僚のなかで有能なタイプだと思いますか」と聞けば、80~90パーセントの人が「イエス」と答えます。これが人間の脳の通常の働き、つまり「ポジティブ・イリュージョン」なのです。

 逆に言えば、この「ポジティブ・イリュージョン」が失われた状態がうつ病ではないかと考えられています。ですから、むしろうつ病のほうが自分自身を正確に認識していると言える。しかし、「ポジティブ・イリュージョン」のおかげでうつ病にならないですむだけでなく、そう錯覚しているほうが、人類の遺伝子の進化を考えると絶対的に有利なのです。

 1960年代くらいまでは、人間の脳は自然環境のなかで有利な生活をするために巨大化したと考えられていました。しかし、最近では、社会におけるさまざまな人間関係が脳を発達させたという意見が有力です。

 なかでも、他人との対立・競争においてだましだまされるという関係が、最も脳を発達させたという説があります。他人をだますのにいちばんいい方法は、自分をだますことです。これはセールスマンの世界では昔からよく言われていたことだそうです。

 ちょっと考えると、ものを売り込むには客をうまくだますのがいちばん効果的なように思えますが、そうではなくて、まず「この商品は最高なのだ」と自分に言い聞かせる、つまり自分自身をだますのです。そうすると、セールスする際に迫力と真実味が生まれる。それを客が感じとり、信用して買ってくれるのです。これは心理学と脳科学の世界では定説になりつつあります。

 自分をだますことによって、他人をだます。憲法9条の信奉者も同じです。自分を欺いて、意識レベルでは“平和”を信じ、無意識では日本国民を欺いて社会を破壊しようとしている。そう考えると、初めて彼らの行動が説明できます。

 御身大切に徹しているとしか思えない人が「国民の生活が第一」と訴えたり、ひとりよがりの言動を繰り返す人が「友愛」を提唱したりするのも、同じ行動原理によるものです。

感情が思考をガイドする


 では、日本の社会をつぶそうなどという物騒な「破壊衝動」は、どこから生まれるのか。

アントニオ・R・ダマシオ。ポルトガル生まれのアメリカの
神経学者、神経科医。現代神経科学の第一人者として
国際舞台で活躍。『生存する脳』(日本語版は講談社刊)
は世界17カ国で出版され、世界的ベストセラーとなった。
 アメリカの脳科学者、A・ダマシオは、「思考形成の中核を占めるのは感情であって、知性ではない」という革命的な考え方を提示しています。思考を導くのは知性であると考えるのがこれまでの常識でしたが、実はそうではなく、思考は感情によって生み出される、つまり「感情が思考をガイドする」というのがダマシオの考え方です。

 この発想の原点は、「脳のない生物は存在するが、身体のない生物は存在しない」という自明の事実です。「はじめに身体ありき」で、それから思考という営みが生まれる。このダマシオの考え方が正しいとすれば、私たちの人間観はコペルニクス的転回を迫られることになります。なにしろ、思考の本質は感情であって、知性(理性)ではないというのですから。しかし、この考え方は現在、広く支持されつつあるのです。

 思考形成にかかわる感情のなかでも、とりわけ重要なのが愛情と憎悪です。愛情に基づく思考が支配的であれば、社会も健全なものになりますが、憎悪に基づく思考は社会に多大な害悪をもたらす。このことは、教師としての実体験から私にはよく理解できます。

「愛を学ぶ方法はただ一つ、愛されることである」という言葉があります。乳幼児期を中心とした幼少のころに親から愛情をふんだんに与えられて初めて、私たちは愛情豊かな人間に成長することができるのです。

 温かい家庭で育った子供は優しく温和な考え方をします。人を傷つけるような発言はしません。そういう生徒と接するのは楽しいし、教えがいもある。逆に愛情のない家庭で育った生徒は反抗的で、問題行動を起こしがちです。彼らの心には憎しみが秘められているからです。

 愛情が心の中心を占めている人もいれば、憎しみが中心の人もいる。もちろん、個人差がありますから、遺伝子も関係しているでしょうが、最も大きな原因は幼い頃の家庭環境にあると考えられています。乳幼児期の無防備な心に憎しみをインプットされると、その後の人生で改善することはなかなか困難です。

 鳩山由紀夫氏は、一国の首相になってからも母親から月々1千万円のお小遣いをもらっていました。由紀夫氏と弟の邦夫氏の鳩山兄弟は、一見すると過保護な母親に溺愛されているように思えますが、まったく逆です。子供を愚かにするいちばん簡単な方法は、金を与えて愛情を与えないことなのです。

 血筋としては鳩山家という名門の生まれですし、由紀夫氏は東京大学を出てアメリカのスタンフォード大学で博士号を取得していますから、知性の点でも申し分ありません。しかし、思考を導くのが知性ではなく感情であるとしたら、そしてその感情が憎しみに支配されていたとしたら──、脳の思考回路は結果的に日本を破壊する方向に動いていくのです。

 小沢一郎氏の母親も、大物政治家であった夫の佐重喜氏の政治活動・選挙運動の手伝いに忙しくて、子供の世話がほとんどできなかったそうです。おそらく小沢氏も乳幼児期に親の愛情が十分に受けられず、典型的な「破壊衝動」を持つようになったのではないでしょうか。

 その点、「子供が3歳になるまで育児休暇を認めよう」という考えを打ち出した安倍晋三首相の心は、愛情が大きな位置を占めているように思われます。

 民主党のマニフェストは、選挙に勝つことだけを目的として美辞麗句を並べた詐欺同然のものでした。しかし、鳩山氏や小沢氏にはいまでも国民を欺いたという意識はないでしょう。破壊衝動の強い政治家は、無意識のうちに日本社会を崩壊に導くのです。

憎悪の感情がめざす「家族解体」


 政治の分野では、「感情が思考をガイドする」ことは、国民を幸せにするか不幸にするかという点で、決定的な意味を持ちます。愛情でなく、憎しみの感情が思考をガイドするような政治家は国民を不幸に陥れる。アメリカの歴史学者、A・シュレジンガーは「人間の憎悪こそが歴史を動かす大きな歯車の一つである」と指摘していますが、レーニンやスターリン、毛沢東のような社会主義国家の独裁者たちの政治思考が憎しみから発していることは言うまでもありません。

 共産主義運動の根源にあるのは「憎悪」であると最初に指摘したのは、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルでした。彼が1920年にイギリス労働党代表団のオブザーバーとしてソ連を訪れ、レーニンと直接会見したときに感じたのは、その残虐性と異常な狂信性でした。

 ラッセルが社会主義における農業問題について質問しようとしたところ、レーニンは、「貧農を煽動して富農に反抗させたら、貧農どもはさっそく富農のやつらを手近な木にぶら下げて殺しおった」と実に愉快そうに笑ったそうです。

 ラッセルは、「ロシア革命の原動力は憎悪である。そして狂信は憎しみと残酷さのカモフラージュである」と著書『ロシア共産主義』(みすず書房)に書いています。
 憎悪を母体として生まれたソ連がこの地上から消滅しても、人間の憎しみが消えるわけではありません。新たな憎悪が新しい形でうごめきはじめます。世界的に見れば、各地で頻発するテロがわかりやすい例ですが、暴力をともなわない憎悪と破壊は、その本質が見えにくいだけにかえってやっかいです。その端的な例が民主党の政権運営だったと言えるでしょう。

 菅直人氏が首相在任中の平成22年8月10日、日韓併合百年にあたって首相談話が発表されました。日本に一方的な非があったと、韓国に対して過去を謝罪する内容でした。韓国が足元を見るのは当然です。あらためて言いますが、重要なのは無意識であって意識ではありません。無意識は人柄に反映します。菅氏の人柄がどのようなものであるかは、いまさら言うまでもないでしょう。

 ちなみに、この首相談話の影の主役は仙谷由人官房長官でした。首相談話の一カ月前に行われた参院選で民主党は大敗を喫していますが、もし民主党が勝っていたら、仙谷官房長官は韓国に対して個人補償にまで踏み切ろうとしていた可能性さえあったと言われています。

 民主党だけではありません。憲法9条改正に「断固反対」し、先の参院選では「強い国よりやさしい社会」というキャッチフレーズを掲げて惨敗した社民党の前党首、福島瑞穂氏は『結婚と家族』(岩波新書)で多様な家族のあり方を奨励しています。

 彼女が勧めるようにさまざまな形態の家族ができたら、不幸な人間が増えるのは間違いない。トルストイは「幸せな家庭はどれもみな似ているが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある」と『アンナ・カレーニナ』の冒頭に書いていますが、それが普通の考え方です。福島氏は不幸な子供を大量につくり出そうという無意識の破壊衝動にかられ、多様な家族を推奨しているのです。

 朝日新聞はもっと露骨に、平成22年から23年にかけて「孤族の国」キャンペーンを行って家族の解体を推奨しました。
日本社会の破壊を狙う朝日新聞の「孤族」キャンペーンは今もネットで継続中
 経済的豊かさの果てに共同体が崩壊し、「家族の時代には戻れぬ」として、新しい生き方を探す時代がきたと言い、「個を求め、弧に向き合う。そんな私たちのことを『孤族』と呼びたい。家族から、『孤族』へ、新しい生き方と社会の仕組みを求めてさまよう、この国。『孤族』の時代が始まる」のだそうです。さらに「未婚で生涯を送る『孤族』たちが不安を抱えずに生きていける、そんな社会であってほしい」とも記事には書かれています。

 未婚で生涯を送る誰もが不安を抱えずに生きていける社会など存在するはずがありません。家族ではなく、一人一人が単位となる社会、家庭も親子関係も否定する社会が果たして幸せでしょうか。朝日新聞のこの「孤族の国」キャンペーンは、日本の破壊行為そのものです。

朝日の倒錯した願望


 中国や韓国の反日史観が、自らを欺いて客観的な歴史を改竄し、憎悪に導かれて生まれたものであることは言うまでもありませんが、朝日新聞は中韓の反日キャンペーンをことさらに煽り、増長させてきたメディアです。韓国が執拗なまでに言いつのる「慰安婦問題」についても、朝日新聞には大きな責任があります。

 朝日新聞は平成3年8月11日、「慰安婦の痛み、切々と」という記事を掲載しました。「日中戦争や第二次大戦の際、戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり」という書き出しの記事でした。

 この報道はその後、この女性が14歳のとき、貧しさから身売りされていたことがわかり、事実に反することが明らかになりました。しかし、朝日新聞は懲りることなく、翌平成4年には1月11日付の一面トップで「慰安所 軍関与を示す資料」という記事を掲載し、「政府見解揺らぐ」と報じます。翌日には「歴史から目をそむけまい」という見出しの社説を掲載しました。その冒頭の一節は次のようなものです。

〈日中戦争や太平洋戦争中に、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人女性などのいわゆる「従軍慰安婦」について、軍当局が募集を監督したり、慰安所の設置などに関与していたことを裏付ける公文書類が発見された。〉

 しかし、「軍当局が関与していた」と言っても、その内容は、慰安所を経営する民間業者に対して、慰安婦を強制的に集めたりしないように軍が伝えたというだけの、むしろ売春行為の強制はなかったことを示すものでした。

 にもかかわらず、当時の加藤紘一官房長官は「軍の関与は否定できない」と国の責任に言及したため、韓国でも大きく報道され、1月16日に訪韓した宮澤喜一首相は盧泰愚大統領に何度も謝罪することになりました。

 朝日新聞はさらに、1月23日付夕刊の紙面で、「日本軍人が先の戦争中、朝鮮半島に住む女性を強制連行し、慰安婦にした」という吉田清治なる人物の証言を掲載しました。

 この証言も結局は虚偽だったのですが、宮澤政権は「日本政府による関与があったと認められる」と表明し、それでも韓国が批判をゆるめないとみるや、翌平成5年8月、退陣を前にしたどさくさまぎれに河野洋平官房長官が「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」、いわゆる「河野談話」を公表しました。

 この河野談話には「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」などといった文言が含まれています。事実に基づく証拠が希薄であるにもかかわらず、この談話がその後ひとり歩きを始め、「日本軍が若い女性を強制連行し、慰安婦にした」というとんでもない誤解を国際社会に広めることになりました。

 そのきっかけとなったのが朝日新聞の一連の報道です。日本の国益を損うこうした報道を、敵対国の新聞が行うならともかく、れっきとしたわが国の新聞が行うのはどうしたことでしょう。朝日新聞は自国を貶めたいという倒錯した願望を抱いているとしか思えません。

「九条信奉」と「神州不滅」


「自分をだます」自己欺瞞の一つに、「見たいものだけを見て、見たくないものは見ない」主観主義と呼ばれる現象があります。

 「日本が外国から侵略されそうになったらどう対処すべきか」と普通なら考えるところですが、憲法9条を信じている護憲派は、外国からの侵略などあり得ないと言う。

 毎日新聞の岩見隆夫氏が、「憲法九条を信じている人は、戦時下に神州不滅(日本は神の国であるから絶対に滅びるはずがないというスローガン)を唱えていた人に似ている」と書いていました。戦争には、こちらから攻撃する場合もあれば、向こうから攻撃される場合も当然あります。それを彼らはまったく考えない。

 それどころか、戦後70年間にわたって平和だったのは憲法9条があったおかげだと言い出す始末です。福島瑞穂氏は、平和憲法こそ日本の最大の抑止力だと国会で発言していました。まさしく「見たいものだけを見て、見たくないものは見ない」主観主義です。いくら憲法九条を信じ、外国の侵入などありえないと主張していても、夜、寝るときは家に鍵をかけるはずですが……(笑)。

 もしも中国に攻め込まれたら、喜んで奴隷になる、“中国日本省”の人民になる、銃をとって戦うくらいなら、そのほうがずっとましだと発言するテレビのコメンテーターも何人かいます。平和憲法こそ日本の最大の抑止力だと主張する人間も含め、破壊衝動を秘めた人間の典型と言えるでしょう。

 実は、先ほど名前の出たバートランド・ラッセルも同じようなことを言っています。アメリカが核を独占している時代には、「共産主義は悪の帝国だから、核兵器でソ連を攻撃すべし」と言っていたのが、ソ連も核武装すると「核戦争を避けるためには西側が核を一方的に放棄するべきだ」と180度主張が変わったのです。

 ラッセルの家系も、祖父が二度首相を務めている名門なのですが、彼も幼児期に両親を失い、厳格なキリスト教徒だった祖母に育てられています。おばあさんの愛情がどれほどのものだったかはわかりませんが、彼にそうした破壊衝動が生まれたのは両親の愛情と無縁に育てられたせいかもしれません。

 無意識の「破壊衝動」は、現代の脳科学・進化心理学で広く認められつつあるのですが、欧米のような人間性悪説に基づくキリスト教圏と違って、性善説の国民性を持つ日本人には、なかなか受け入れにくいかもしれません。しかし、3年3カ月にわたる民主党政権を振り返ってみれば、納得できるのではないでしょうか。

 「平和」「人権」「平等」「権利」「友愛」などといった耳に心地よく響く美辞麗句を並べながら彼らが行ったのは、まさしく日本の破壊そのものでした。

 脳科学・進化心理学という科学的な基準によって、「心の核兵器」とでも形容すべき政治家の破壊衝動を見極め、政治を客観的にとらえることが、いま求められています。その第一歩として、憲法9条の非合理性と欺瞞を科学的に暴き、日本国民に伝えていきたいと私は考えています。