春日良一(スポーツコンサルタント)

 2月2日に行われた公益財団法人日本相撲協会の理事候補選挙は、注目を一身に集めた貴乃花親方が落選した。苦戦が予想されていたとはいえ、貴乃花親方の投じた一石が実らなければ、大相撲の未来はそれほど明るいものにはならないだろう。

2018年1月、新十両昇進を決めた貴公俊の記者会見に臨む
貴乃花親方=東京・両国国技館
 元横綱日馬富士の暴行事件に始まる一連の流れを冷静に見れば、大相撲の抱えているガバナンス(組織統治)の欠陥に貴乃花親方が挑んでいたことだけは確かである。愛(まな)弟子が暴行を受けたとすれば、それを訴えるのは当然だが、そのような「事件」をうやむやにする体質が相撲協会にはあり、それを十分知り尽くしている貴乃花親方が法的処置を優先し、警察を通して相撲協会に報告が届く戦術を取ったのも、その証左であろう。

 巡業部長が事件を報告しなければならないと同時に、愛弟子を守る親方としての倫理的行動が優先されるのは当然といえば当然である。なぜなら、相撲協会のルールは協会内部を統括する規定であり、暴行事件はそれよりも大きな社会、つまり和集合における問題であるからだ。

 貴乃花親方が理事会に提出した報告書(貴乃花文書)の内容が明らかになり、そこには八角理事長や尾車、鏡山、春日野の各理事から「内々で済む話だろう」と被害届の取り下げを貴乃花親方に執拗(しつよう)に要請した事実が記載されている。これまでも相撲協会は社会的問題になりそうなトラブルが起これば、理事会がその都度、内々に「事なかれ」にしてきたことが推察できる。

 それは私自身の経験からも、肌感覚で分かる問題である。かつて私は、日本体育協会という公益財団法人(当時は財団法人)の職員であった。1989年に日本体育協会から日本オリンピック委員会(JOC)が独立し、オリンピック運動推進と競技力向上を二本柱としてスタートするまでの十数年、協会に籍を置いた。ちなみに、JOCに日本体育協会(体協)から完全移籍したのは91年のことである。

 体協は「みんなのスポーツ」運動を推進するが、この両団体ともスポーツ振興法(現スポーツ基本法)に定められたスポーツ界、唯二の特定公益増進法人であり、スポーツに関する寄付金の免税を享受できる希少団体であった。その二つの公益財団法人に身を尽くした経験から相撲協会の混迷がリアルに想像できるのである。

 体協からJOCが独立するきっかけは、88年ソウル五輪の日本代表の低迷であった。金メダルが4つという厳しい結果にスポーツ界が声を上げ、「国民体育振興」を標榜する体協から独立して選手強化に集中するという建前だったが、実はJOCの本音はそうではなかった。

 それは80年のモスクワ五輪不参加という、嘉納治五郎初代体協会長(講道館創始者)が築いた日本のオリンピック運動への不名誉に対する呵責(かしゃく)にあった。「オリンピックは参加することに意義がある」という理念を裏切った歴史的教訓を生かすために、当時の体協若手理事らが独立後のJOCの構想を練り、時を待っていたのである。それは日本のスポーツ史に残る「革命」とも言っていい出来事であった。