稽古土俵での「かわいがり」は当たり前のことであり、これは出稽古に来たほかの部屋の力士に対しても同じだ。しかし、土俵外で他部屋の力士への「指導」は禁じ手であり、暴力以前の話である。確かに、上位力士が個人的に目をかけているほかの部屋の力士の面倒をみることはある。実際日馬富士は自分と境遇が似ている貴ノ岩に目をかけていたようだ。とはいえ、たとえ横綱でも、他の部屋の親方を差し置いてその所属力士を「教育」することは越権行為である。白鵬の場合、相撲協会における自分の立場を強化するために、モンゴル力士で徒党を組み、ほかの部屋の力士を「教育」しようとしたのである。

 このように、白鵬は二重三重に相撲界の「しきたり破り」をしている。これは今回の事件に限ったことではなく、根が深い。相撲界の規律に厳しく、また現役時代から自らを律してきた貴乃花親方が白鵬の日ごろの言動を不快に思っていたことは、想像に難くない。しかし立場上、白鵬批判をするわけにはいかない。だからこそ、自らが仕切る部屋の力士に対する教育によって相撲界の規律を貫き、貴ノ岩はその指導を忠実に守ってきたのである。それに対して公然と反抗したのが、今回の白鵬であり、意に反して片棒を担がされたのが日馬富士である。

 今回の問題には伏線があり、以前、白鵬が日本国籍を取得せずに親方になれるかどうか議論された際、私は次のように論じた。

 白鵬は、勝ち負けに対する意識が非常に強いと私は感じる。記録という数字に対して、強いこだわりがあるのだと思う。それが数々の偉大な記録につながってきたのであろうが、勝負や数字に対するこだわりのために、立ち合いの駆け引きが目立ち、ときとしてダメ押しをしてしまう。常々素行の悪さを指摘されていた朝青龍が、事実上追放されたことは、白鵬の記録へのこだわりを生んだきっかけではないか。その傾向は、朝青龍の優勝回数に近づいたころから目立つようになった。記録で目にものを見せて、例外の存在を認める世論の盛り上がりを期待してきたのだと私は思う。

 そして白鵬の相撲ぶりや土俵態度については、すでに2011年ごろから問題を指摘されていた。また、2013年に朝青龍の優勝回数を超えたころから、徐々に張り手やかち上げが目立つようになった。
2017年11月、大相撲九州場所12日目、御嶽海に張り手を見舞う白鵬=福岡国際センター(仲道裕司撮影)
2017年11月、大相撲九州場所12日目、御嶽海に張り手を見舞う白鵬=福岡国際センター(仲道裕司撮影)
 この白鵬の取り組みに関する評議員会の対応も問題がある。年明けの1月4日の評議員会では、貴乃花親方の2階級降格が決まったが、その際、池坊保子議長は貴乃花親方について「著しく礼を欠いていた」と厳しく批判した。その後池坊氏は、張り手はルール違反ではないと白鵬を擁護した。さらに「(モンゴル人は)狩猟民族だからね。勝ってもダメ押ししないと殺されちゃう。良い悪いは別にして、DNAかもしれない」と述べたと伝えられる。大相撲に対する見識のなさをさらけ出したと言ってよい。