私は大相撲改革はまず自覚の問題だと思う。相撲協会としての姿勢、理事長や理事による親方の指導、親方による力士の指導、そのための意識改革と、相撲部屋と一門を中心とした協会の構造改革が必要である。相撲界という特殊世界に対する一般大衆による適切な認識は、意識改革に伴ってついてくるものであろう。

 結局、このような改革に反するのが、一部モンゴル力士による部屋と一門を越えた「交流」だったのではないだろうか。その頂点にある白鵬に対して、協会はなすすべなく、美しくない相撲と不適切な言動を許してきた。今回の問題で明らかになったのは、白鵬の増長に象徴される国技の危機であり、その背景にある協会の長年にわたって解決されない問題であり、横審も危機管理委も協会の御用機関に留まっている。短期的な興行上の配慮によって、危機に対して気付かぬふりをしてはならないのである。

 だが、私は外国出身力士が大相撲を豊かにしていると感じている。特に、モンゴル出身の白鵬、日馬富士、鶴竜の3横綱が大相撲の伝統をつないでくれたことをありがたいことと思っている。伝統芸能を支え神事を体現する横綱ならば、ぜひとも日本の国籍を取って、引退後も協会に残って大相撲の継承・発展に貢献してほしいと願ってきた。

 大相撲の伝統を守るにふさわしい力士といえる、日馬富士が引退に追い込まれ、貴ノ岩は被害者として大きなダメージを受けた。最近の美しくない相撲と不適切な言動によって、大相撲の伝統をおとしめ辱めてきた白鵬に対して、興行上の配慮から協会は及び腰である。ではどうしたらよいのだろうか。

 貴乃花親方は立場上「白鵬を切れ」とは言えない。白鵬が大相撲に対する大変な功労者であることは否定できないからだ。白鵬は相撲協会における自らの立場を強化するために、モンゴル力士を糾合するまでもない。長年第一人者として大相撲を支えてきた白鵬の貢献は大きく、相撲協会に対する影響力が大きいことは、誰でもわかっているだろう。だからこそ、白鵬には大相撲への高い見識を求めたい。そのためには白鵬に対して強い指導力を発揮する者が必要である。それが誰であるか、私の目には明らかである。
2012年1月、土俵祭りに出席した貴乃花親方(手前)と横綱白鵬=両国国技館(今井正人撮影)
2012年1月、土俵祭りに出席した貴乃花親方(手前)と横綱白鵬=両国国技館(今井正人撮影)
 日馬富士は、幕内最軽量でありながら、厳しい鍛錬によって小よく大を制すという、大相撲の醍醐(だいご)味を味わわせてくれた立派な横綱だった。その「全身全霊をかけて」という大相撲への取り組みは、大きな称賛に値する。暴力をふるってしまったので引退は仕方ないとはいえ、大相撲への多大な貢献にかんがみ、いつか復権してほしいと心より願っている。

 戦後の大相撲は、あの大横綱双葉山の時津風理事長の時代、栃錦の春日野親方を若乃花の二子山親方が支え「第二の栃若時代」と言われた春日野理事長の時代、そして若貴フィーバーによって空前の大相撲ブームを巻き起こした出羽海理事長(のち境川理事長)の時代を経ながら、発展してきた。これらの時代を知るものとして、大相撲の現状と今後について強い懸念を持っている。

 北の湖前理事長以降、開かれた日本相撲協会としての体裁を整える中で、協会とともに「国技」が軽くなってきた印象はぬぐえない。これからの大相撲と協会について、また協会と大手メディアや世間一般との関係について、あるべき姿をもう一度考え直す必要がある。そのための契機になるならば、今回の問題によるさまざまな犠牲も意味があったのかもしれない。