近藤駿介(評論家、コラムニスト)

原油価格60ドル割れ


 11日のNY市場では原油が値下がりし、2009年7月14日以来5年5か月ぶりに終値で60ドルを下回りました。世界経済が低迷する中で、サウジアラビアが減産を否定したことで供給過剰懸念を招いていることが売りを誘ったと言われています。そして、サウジが減産に応じないのは、シェールオイルからシェアを守るためであるとか、ロシア叩きであるといった憶測が流れています。

サウジアラビアの首都リヤド市街
 確かにシェール革命による影響もありますが、シェールオイルのシェア自体は現在4~5%程度に過ぎません。また、シェールオイルの生産コストは1バレル65ドル程度といわれていますから、シェールオイルからシェアを守ることが目的であるのだとしたら、原油価格が60ドルを割れて来たことでその目的は達成しつつあることになります。したがって、原油価格が50ドル台で安定するのであればサウジもそろそろ減産に舵を切っても不思議ではない状況だといえます。

 しかし、サウジのターゲットがシェールオイルに対するシェアの維持ではなく、「イスラム国」に打撃を与えるためだとしたら、まだまだ減産に舵を切るとは言い切れません。

 「イスラム国」の勢力が衰えないのは占領した地域の油田からの収入という財政的基盤があるからだと言われています。

 テロとの戦いにおいての常套手段は、「資金源を断つ」ことです。もし、サウジが「イスラム国」の弱体化を狙っているとしたら、中東産油国の原油生産コストは30ドル台だといわれているなかで、原油価格が60ドルを割ったからといって直ちに生産調整に転じる可能性は低いと考えなければいけません。

 サウジが減産しないという決断には、当然米国の意向も反映されているはずです。

 今年8月に米国はシリア領内の「イスラム国」に対する空爆に踏み切りました。しかし、その効果は限定的だと言われています。そして、この空爆で注目を集めたのはサウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタールといった、イスラム教スンニ派の国が参加したことです。

 シリア領内の「イスラム国」に対する空爆の成果が上がらない中、米国では今月、「イスラム国」に対する地上軍投入を主張していたヘーゲル国防長官が事実上更迭されました。

 「最高司令官として米軍に新たな地上戦を戦わせることはしない」と述べて来たオバマ大統領にとって、米国が地上軍を派遣し本格的な戦闘に巻き込まれることを避けつつ、「イスラム国」を弱体化させるには「資金源を断つ以外にない」と考えるのは、ある意味当然の選択です。副産物としてロシア経済の弱体化も図ることが出来るという点では一石二鳥でもあります。

 中間選挙で歴史的敗北を喫したオバマ民主党にとって、「イスラム国」弱体化という安全保障上の成果を上げつつ、国内景気を浮揚させる石油価格の下落は、次期大統領選挙に向けてのいい材料となり得るものです。

 QE3終了により金融政策による景気浮揚効果にこれ以上の期待がかけられなくなった今、石油価格の下落は景気浮揚のために有効な手段です。原油価格の下落はインフレ率の低下要因になりますが、雇用環境が改善しているなかではそれを上回る景気刺激効果も期待できます。FRBが来夏にも利上げに動くと目されているなかで、原油価格下落によるインフレ率の低下は市場金利の上昇を抑えますから、金利上昇に伴う景気抑制効果を緩和することも期待出来ます。

 次期大統領選挙までの期間、安全保障と景気の両面で有権者に成果をアピールするためには、原油価格を低く抑えるというのはオバマ大統領にとって悪い話しではありません。このように考えると、米国大統領選挙が終わる2016年までのこの先2年間は、原油価格がサウジの生産調整によって反転する可能性は高くないのかもしれません。

 以上は、「元ファンドマネージャー近藤駿介の実践資産運用サロン」に投稿した記事を加筆修正したものです。マーケットに関るコメント及びご質問は「元ファンドマネージャー近藤駿介の実践資産運用サロン」の中でしておりますので、エコノミストなどとは異なった運用者の立場からの市場や経済の見方にご興味のある方は是非ご参加下さい。

 原油価格の下落によって米国は政治的にも経済的にも恩恵を受ける可能性があります。これに対して「2%の物価安定目標」という歪んだ政策目標が設定されている日本では、闇雲な金融緩和によって原油安メリットを享受できないかもしれません。

 「異次元の金融緩和」という全く意味のない財政コストのかかる政策を推し進め、その結果生じた円安の悪影響を財政支出で埋め合わせるというのが、財政再建を求められている政府が行う政策として正しいものなのでしょうか。財政コストを掛けて円安誘導を行い、それによって空いた穴を財政コストを掛けて埋めるような政策を繰り返している限り、財政再建など望むべくもありません。

 安倍総理と黒田総裁の金融・経済の音痴ぶりにも呆れますが、こうした矛盾した経済政策を「アベノミクス選挙」の論点として取り上げない野党の無能さにも失望する限りです。

(ブログ「近藤駿介 In My Opinion」より)

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