2018年02月05日 12:30 公開

ジョン・ケリー、BBCストーリーズ

運が悪くて、色々なことがたまたま次々とうまくいかなかったとする。すると、英国の福祉制度のからくりを前に途方にくれてしまう。そうこうしていると間もなく、収入がなくなり、住む家を失いそうになる。複雑怪奇な迷路のような福祉制度の決まりごとの中に放り込まれて、果たして出口を見つけられるだろうか? 自分ならどうだろうと、考えてみてもらいたい。

あなたの名前は「トニー・ライス」だ。誰とでもうまくやれる、気さくな奴だ。いつも周りを笑わせている。高校を出て以来、いろいろな仕事をしてきた。大工、廃品回収、クレーン技師、塗装工、内装など、肉体労働がほとんどだ。航空機メーカーのホーカー・シドリーにも勤めた。いい会社で、ずっとそのままいたかった。工場が閉じるまでは。

彼女と別れてしまい、自分のアパートが見つかるまでと母親に頼んで、両親と住み始める。家賃の浮いた分は貯金するつもりだ。両親とはとても仲がいい。一番の親友のようなものだ。父親は肺がんにかかっているので、面倒をみる必要がある。ずっと家にいるのを嫌がるので、毎日のように父親を乗せてドライブに出かける。父親はあなたと同じで、家でじっとしているようなタイプではない。一度に3つの仕事を同時にしていたこともある。今でも毎朝30分は庭仕事をして過ごす。

というわけで、ロンドン北東チングフォードの公営住宅に舞い戻った。8歳の時からここが自宅だ。独立した後も、ここを「うち」と呼んでいる。姉妹はそれぞれ家庭をもって子供がいるが、自分は、自分を育ててくれた両親の面倒をみたいと思っている。

しかし、大変なことが起きる。母親がいきなり、何の前触れもなく、病院で死んでしまうのだ。人工心臓弁を交換してから2週間後に。退院するはずだった前の日に。

なかなか母親の死を受け入れられない。自分の悲しみをどう処理すればいいか、分からないのだ。これまで生きてきた43年間、自分はいつでも強く、しっかりしようとやってきた。葬式で泣いたりしない。姉妹のために、自分がしっかりしないと。淡々とやるべきことをこなそうとする。けれども悲しみは抑うつとなり、次第に飲み込まれていく。

自宅には、自分と父親が残された。今ではフルタイムで自分が父親の介護係だ。母親がいなくなった今、ほかに誰も父親の世話をしてくれる人はいない。必要なことは何でもしてあげる。しかし、がんは肺から他の臓器に転移し、避けようもなく、父親も死んでしまう。

2年の間に、親が2人とも死んでしまった。自宅には、自分ひとりだ。

地元の役所から、一軒家を出てアパートに移るよう言われるので、さっさと引っ越す。引越し先は悪くない。それなりに広いし、2階で、共有の庭もあり、隣近所はいい人たちだ。部屋のあちこちに手を入れる必要があるが、それは自分には負担にならない。

また仕事をしたいので、エイボン化粧品の訪問販売を始める。次第に、ひどい肩こりに気づく。首も背中もガチガチだ。長年続けた肉体労働のせいだろう。若いころに何度か、交通事故に遭ったせいもあるかもしれない。バイクに乗っていたとき、前の車がいきなり方向転換したせいで、膝から相手の車にぶつかって、ボンネットを飛び越えて頭から地面に落ちてしまった。もう何年も前のことだ。

知り合いができる。友達の友達だ。毎朝、新聞を届けてやる。お礼に食事を作ってくれることもある。ある日、一杯やらないかと家の中に招かれたので、入って座った。すると、ほかに男がいた。友達の友達から酒を受け取る。向こうはもう初めていたようで、声がどんどんや大きくなるので、もうちょっと静かにしようぜと言う。

それが相手を怒らせてしまう。こちらに向かってくる。殴られる。自分はまだ椅子に座っていたが、立ち上がって、殴り返す。すると、もう1人の男が間に割って入る。部屋には未開封のナイフの包みがある。すべてがスローモーションで進行する。友達の友達が、ナイフを1本取りだす。まさか使わないだろうと思うそばから、ナイフで刺される。太ももを。自分を守ろうと、相手のナイフをつかもうとする。今度は腕と、目の周りを切られる。

「そうか」と言う。「じゃあな」と。外に出ようと向きを変えると、男は「誰にも言うなよ」と言い、そしてあなたの肩にナイフを突き立てる。これが一番きつい。いい奴だと思っていたのに。ダチだと思ってたのに。そうじゃなかった。

病院に行く。手当てを受けて、帰される。しかし痛みがひどい。背中と首と。おまけに、襲われた時のことを考え続けてしまう。考えるのをやめられない。何度も何度も頭の中で繰り返してしまう。眠ることもできず。

友達の友達は、自分を刺した罪で刑務所に行く。しかし、あなたは常に怯えている。道を歩きながら、通り過ぎる車やバイクを1台1台、じっと見てしまう。こちらに向かってくるんじゃないか。ピザを配達している男を見かける。誰かの家を探している。自分を狙ってきた殺し屋じゃないかと思う。配達人が立ち止まってこちらを見る。また襲われると思う。誰も信用できない。

前は本当に元気で、丈夫で、体も引き締まっていたのだ。しょっちゅう自転車に乗っていたし。でももう乗れない。自転車に乗るのは大好きなのに。全身がこわばってしまう。毎朝目が覚めるといつも、体のどこかが痛い。

かかりつけの医者に診てもらう。医者は、6カ月は働くなと言う。心的外傷後ストレス障害(PTSD)と鬱状態だからと。働けるわけがない。関節神経痛も診断される。それに、刺された傷跡のせいで、首を回すのが辛いし、肩より上に両腕を上げるのも痛い。

雇用支援給付(ESA)というものを受けている。最低限の国からの支援という意味だ。病気や障害のせいで働けない人のための給付だ。住宅補助も出る。それは公営住宅の家賃として直接、地元の行政区に払われる。

それからしばらくして、労働年金省(DWP)に呼び出される。

就労能力の判定だという。何ができて、何ができないか、用紙に記入させられる。1ポンド硬貨を持ち上げられるか。頭まで手が上げられるか。えーと、なんとかぎりぎり。痛いけど。言われる通りにすると、判定係に「働けますね」と言われる。いや、体がきかないと答える。かかりつけの医者もそう言っている。しかし、判定係の意見が何よりも意味を持つ。補助金の支給が止まる。ESAも住宅補助も。

収入が全てなくなった。ゼロだ。家賃の滞納分がたまっていく。食事は友達におごってもらっている。近所のフードバンクに行く。恥ずかしい。行きたくない。けれども、角を曲がったところにあるフードバンクは、そんなに悪くない。何も聞かれないので。ただ足を運んで、必要なものをもらう。自転車を押して。もう乗れない自転車を。パスタやジャガイモ、缶スープ、クスクスをもらう。クスクスはそんなに好きじゃないが、それでももらっておく。えり好みができる状態じゃない。買い物袋を自転車にぶら下げて、雨の中、家まで押して帰る。

食べるものが足りないので、体重が落ちた。まだあちこちが痛む。まだ落ち込んでいる。昔は本当に社交的だったのに。人と話すのが好きで、外出するのが好きで、色々なことをするのが好きだったのに。今はもう、そんな気分になれない。

役所が、アパートを差し押さえようとしている。裁判所が区の差し押さえ申請を執行猶予付きで認める。滞納した家賃を払えるなら追い出さないと役所に言われる。月に300ポンド(約4万7000円)払えるなら。

ハローワークに通い続けて、何かないのかと聞き続ける。やがてついに、まったく無収入の状態で7カ月が過ぎてついに、DWPから「ユニバーサル・クレジット(普遍的給付)」という新しい給付金が受けられると言われる。新制度の、求職者給付の代わりになる分だ。前は給付資格がなかったが、どうやら今はあるらしい。何が変わったのか、理解できない。しかし何の説明もない。どこかで何かミスがあったみたいだ。

家賃用に414.33ポンド(約6万4000円)と生活費用に317.82ポンド(約5万円)が支給されるようになった。前に受けていた補助金とは違うものだ。前の家賃給付は、区に直接払い込まれていた。今では、住宅手当と生活費がまとめて直接、自分の口座に振り込まれる。これは、地元選出の保守党議員、イアン・ダンカン・スミスが導入した「ユニバーサル・クレジット」制度の特徴のひとつだ。

ただし、そういう仕組みなのだと自分は気づかない。家賃は以前と同じように、区に直接払われているのだと誤解したままだ。振り込まれる給付金の中から家賃は自分で払うのだと、誰も説明してくれなかった。少なくとも、こちらが分かるような説明はなかった。おかげで、滞納家賃がますますたまっていく。


「ユニバーサル・クレジット」

  • 求職者給付や住宅手当など従来の6種類の給付金をひとつにまとめたもので、就労年齢の人に支給される
  • 給付金申請手続きを簡素化しょうとした
  • 働くより行政支援を得たほうが得だという状態の回避が狙い
  • 導入当初から問題が多く、賛否両論。コンピューターやオンラインの情報処理に問題が多発したと言われるほか、巨額のコストと行政上の問題が多数指摘されている

就労可能と判定されたので、毎週35時間かけて仕事を探すことになっている。職探しに何をどうしているのか話し合う求職者のミーティングに出るよう、DWPから呼び出される。しかし、その呼び出しが届かない。誰も教えてくれない。手紙もない。少なくとも、自分のところには届かない。DWPは電子的に連絡してきたのかもしれないが、自分はコンピューターが不得手だ。自宅にパソコンはないし、ハローワークで一度試しに使ってみよとしたら、どのキーが何なのか、半分も分からなかった。

そのせいで、求職者ミーティングに行かなかったわけだが、行かなかったせいで、いわゆる「制裁」なるものを受ける羽目になった。つまり、月317.82ポンドの生活費給付が止められてしまう。

何があったのか、自分は何も知らされない。自分が制裁されていることに212日もの間、気づかない。入ってくる金が前より少ないことだけは分かっている。

入ってくる金は、家賃手当のはずの414.33ポンドだけだ。それで生活しなくてはならない。しかし今でも、以前の家賃滞納分として月に300ポンドを区に払い続けている状態だ。つまり、残る114.33ポンド(約1万8000円)で、ひと月を生き延びなくてはならない。週26.38ポンド(約4000円)だ。

それでは生きられない。なので、またしても家賃が払えない。

またフードバンクに逆戻りだ。友達のおごりにも、また頼るしかない。手首のブレスレットを質屋に持っていく。

それでも足りない。

ハローワークに出向くたびに、誰かが前とは別のアドバイスをくれるような気がする。何とかしようとDWPに電話してみるが、そこでも誰も助けてくれない。電話をかけるたびに8ポンド前後かかる。携帯電話から請求窓口にかけると、料金は最高レベルだ。固定電話はない。

家賃滞納額は今ではもう、1万ポンド(約155万円)以上に膨れ上がった。

区役所は、自分の退去命令を裁判所に請求した。クリスマスは路上で過ごすことになるかもしれない。

法律相談に出かける。これまで弁護士に話を聞いてもらうことはなかった。生活給付の関連法はもはや、法律扶助制度の対象ではないので。ただし、住宅補助関連の一部は、今でも法的扶助の対象だ。

相談した弁護士も、市民相談のケースワーカーも、いったい何がどうなっているのか最初のうちはまったく理解できない。実は制裁を受けているのだとついに割り出すまでに、しばらくかかる。弁護士とケースワーカーは、「ユニバーサル・クレジット」の担当部署に繰り返し、説明を求めて手紙を書く。何をどうしたから制裁を受けていて、何をすれば制裁が解除されるのか理解するまでに、かなりの時間が過ぎていく。

しかしまずは、裁判所に出向き、強制退去させられないようにしなくてはならない。

法的なアドバイスをしてくれるのは、サイモン・マリングスという人だ。いかに深刻な状況かを説明してくれる。気休めは一切言わない。役所は一定の理解を示してくれるが、それでも滞納家賃の回収は役所にとって制度上の義務なのだ。裁判で負ければ、ホームレスになってしまう。

公判は3回。とても恐ろしい。弁護士たちが懸命に、自分の言い分を主張してくれる。

法廷弁護人はメアリーレイチェル・マケイブという人だ。「この人は、まるでカフカの小説のような目に遭ってきたのです」と裁判官に訴えてくれる。

「国の福祉制度は故障しています。そのせいで、トニーは必要な支援を受けられかった。トニーが昨年、ユニバーサル・クレジットを請求したその瞬間から、トニーは新制度の恣意(しい)的な規則や手続きの犠牲になり、そのせいでたちまち、滞納家賃やそれ以外の借金が増え続けた」

裁判官は見るからにショックを受けている。今の制度は「とんでもない」と言う。

マケイブ弁護士は法廷に、行政による制裁と、就労可能だという判定結果について異議申し立てをしているところだと話す。支援団体「市民アドバイス」の専門家の協力を得て。

もしそれがうまくいけば、月317.72ポンドの追加給付が得られるようになり、そうすれば家賃が払えるようになる。次回公判の期日が5月に決まる。つまりそれは、執行猶予だ。それまでに家賃を支払い続けていると示すことができれば、強制退去は免れるかもしれない。

法律相談員のマリングスさんは、そうは思えないかもしれないが実はあなたは運がいい方だと言う。住宅の問題だったから弁護人をつけることができた。もし弁護士がいなければ、行政の言うがままに退去させられてはずだと。

あなたが通っていたエドモントン地区裁判所では、同じように「ユニバーサル・クレジット」が原因の訴訟が相次いでいるとマリングスさんは言う。彼が担当するストラットフォードやロムフォードなど近隣地区の裁判所では、「ユニバーサル・クレジット」関連の訴訟はまだそれほど多くない。その地区では、新制度がまだ導入されていないからだ。

「けれどもいずれそうなる。なので、今はここがユニバーサル・クレジット問題の最前線だ。政府が方針を大幅に変えない限りは」

しかし、少なくともあなたの状況には期待が持てる。今でも大変なことは大変だが、少しだけ良くなっている。問題を抱えている間は前に進めない気がするけれども。もっと強く、元気になりたい。前の自分みたいに。昔は、何があっても大丈夫だったのに。

「体がどんなに痛くても、いつもがんばってきた」とあなたは言う。「ともかく、がんばり続ける。そういう風にできているので。でもプレッシャーがひどくて……冷静に考えられない。ひとつのことをじっくり集中して考えられなくなった。自分は大変なことになってると、そのことしか考えられない」。

「わたしは、ダニエル・ブレイク」という映画を見たかと、友達に聞かれる。福祉制度の悪夢のような官僚主義の網にがんじがらめになってしまった男性が主人公だ。見る暇などなかった。けれども、もし続編があるなら、自分が主役になるべきだと言う。

あなたの名前は、トニー・ライス。こんなことでくじけたりしない。


労働年金省の反応

労働年金省(DWP)報道官はこう答えた。

「給付金の管理を手伝うため、受給者に提供できる様々な追加支援の用意がある。家主への直接支払いや緊急資金提供や家計管理支援など。経済的に困窮している受給者は、こうした支援制度を活用し、勤労コーチと話をするようお勧めしたい」


(英語記事 You're on the verge of losing everything - but you don't understand why