株価暴落「アベノミクス終了宣言」の妄執

『田中秀臣』

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田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 2月第1週の株式市場は、米国での株価暴落を受けて、日経平均が一時600円を超す大幅な下げで始まった。このような株式市場の暴落があると決まって「識者」たちの「アベノミクス終了宣言」とでもいうべき発言が出てくる。この種の「識者」たちの発想の前提には、アベノミクスは株価と円安だけしかもたらしていないという「妄念」があるように思える。雇用改善や経済成長の安定化などはまったく考えの中に入っていないようである。

 米国の株式市場は、トランプ政権の発足直後からの積極的な財政政策への期待の高まりや、イエレン前連邦準備制度理事会(FRB)議長の雇用を重視した金融政策の正常化路線を背景にして、かなり高いパフォーマンスをみせた。だが、よく検証してみるとトランプ政権の経済政策は実際には「何もしなかった」に等しい。
2018年2月5日、米株急落を受けて大幅続落し、終値は前週末比592円45銭安の2万2682円08銭となった日経平均株価(寺河内美奈撮影)
 政権発足当初の「目玉」であった大規模なインフラ投資はまったく実施されていない。議会を通過した減税政策だが、これもまだ実施には移されていない。金融政策については、トランプ大統領がこの1年、イエレン議長に対して信頼を置いていたようには必ずしも思えない。だが、FRBは金融政策の「正常化」を目指して、雇用に配慮しながら利上げを継続するスタンスを変えなかった。つまり、FRBと政府との協調において、基本的にオバマ前政権のものを継承しただけである。

 さらに、貿易面では環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱に典型的なように、これまた「何もしない」戦略を採用した。この1年のトランプ政権の「何もしない」政策スタンスは鮮明である。むしろ何もしなかったがゆえにオバマ前政権の遺産を継承して、経済が好循環したのかもしれない。実際に先週の前半まで、NYダウ工業株30種平均はこの1年で3割ほど上昇していた。経済成長率、雇用、物価上昇率ともに改善を続けていた。

 今回のNYダウの9年ぶりとなる大きな下落に、なにか経済的な意味があるかどうかはもう少し情勢を見てみないとなんともいえない。このNYダウの下落は、トランプ政権の「何もしない」政策スタンスにいよいよ国民が失望したのか、それともイエレン氏に代わって新しいFRB議長に就任したパウエル氏の金融政策へのかじ取りに、市場が不透明感を抱いたのだろうか。

 トランプ政権の「何もしない」政策スタンスは減税政策で変わるだろう、という見方もある。ただし法人税の引き下げが経済成長を高める効果があるかどうかは、欧米の経済学者たちを中心に激しい論争がある。これは日本のケースだが、1990年代冒頭から今日まで、何度かの法人税の引き下げを行ってきた。だが、法人税の引き下げにかかわらず、その時々の日本経済の状態は悪かったり良かったりさまざまである。つまり法人税の引き下げと経済成長は、消費と投資増加という因果関係で結ばれていないかもしれない。
株価暴落はトランプへの失望?

 後者については、雇用を重視していたイエレン氏が金融引き締めとなるようなシグナルを発する政策を採用することはなかった。ただし、金融政策の「正常化」、すなわち金融政策の手段として名目金利のコントロールを明示的に回復することを狙った。イエレン氏は最近、テレビ番組に出演した際に、議長に再任されなかったことを率直に残念がっていた。今度のパウエル議長は当面はイエレン氏の手法を継承すると思われるが、イエレン氏ほどの実績を残せるのかどうか不透明感がある。この意味でトランプ政権側にも政策の不透明感、そしてFRBにも不透明感が消えない。これらが市場の懸念を生み出し、暴落に至ったのかもしれない。いずれにせよもうしばらく事態を見ないとなんともいえない。
手を振るトランプ米大統領=2018年2月2日(AP=共同)
 もし仮に、1年経過したトランプ政権の成果への失望、そしてパウエル新議長が金融政策の正常化よりも金融引き締めに移行するのではないか、という懸念が相まって今回の株価暴落に至ったとしたらどうだろうか。日本株の暴落は今回だけの問題ではなくなるかもしれない。

 ところで、日本経済は昨年の世界経済の堅調を背景にして、日本銀行の金融緩和政策の継続とともに実体経済を含めて堅調に推移した。ただし、インフレ目標の達成は今年も厳しい状況だろうし、その半面で完全雇用に到達してその後の安定的な賃金上昇などの所得拡大が本格化するまではまだ道半ばだろう。極度に悲観するのは禁物だが、楽観もできない。今回のような海外からのショックが長引けば経済が再び失速する可能性はある。だが、日銀の金融緩和の姿勢が変わらなければ、中長期的にはこれまた極度の悲観は禁物だろう。

 現在、国会で与野党の論戦が展開されている。興味深い論点もあるが、少なくともマクロ経済政策については、与野党の論戦は不毛な状況が続いている。ひとつには民主党政権の後継政党たち(立憲民主党、希望の党、民進党など)といった「民進党なるもの」の経済政策が、単なるアベノミクスの全否定に傾斜しており、それが事実上のマクロ経済政策の無策に直結しているからだ。

 立憲民主党の経済政策は、個別の再分配政策のメニューが並ぶだけである。消費税をいますぐに上げることはできないといいつつ、同党をはじめ「民進党なるもの」が国会で消費税凍結を最大の論争点にしている動きはない。むしろ相変わらずの森友学園・加計学園問題を主眼にした国会戦略を立てているようである。同問題についてはすでに多くを書いてきたのでいまここで再論はしないが、端的にいって不毛な時間潰しである。立憲民主党は実質賃金の引き上げを主張するが、それを実現する具体的な政策が不明である。
「モリカケ」の掛け声だけの国会

 例えば、立憲民主党の主張には最低賃金引き上げが関係しそうだが、最低賃金は名目賃金である。ただし、過去の民主党政権のときよりも現在の安倍政権の下での方が最低賃金の引き上げ幅が大きい。どうして最低賃金の引き上げが安倍政権下で継続的に可能で、引き上げ幅も大きかったのだろうか。その理由は、労働需要(雇う側)がほぼ継続して拡大基調にあったからだ。労働供給(労働者側)のコストである最低賃金が引きあがっても労働需要側はそれを十分に吸収できる体力があったということである。そして労働需要を拡大する政策とは、これは安倍政権の下で採用された金融緩和政策に大きく依存している。

 だが、立憲民主党などの「民進党なるもの」は、雇用の拡大は人口減少による人手不足だ、という偏見でとらえている。この「人口減少が雇用を拡大させた」や「もし金融政策に効果があるならばとっくに完全雇用が達成している」という意見は、極度の偏見である。おそらくこの種の主張は失業率と人口の動向しかみていないのだろう。安倍政権開始時の失業率は4・3%でそれが現状で2・8%の前後を推移している。この間、15歳以上65歳未満の人口総数である生産年齢人口は「人口減少」を示していて、約8000万人から現状では7600万人程度に減少している。このうち15歳以上で働く意欲と能力をもっている「労働力人口」は6542万人から6750万人超まで拡大している。

 労働力人口は、就業者と完全失業者に分かれていて、安倍政権以降ではこの就業者の拡大と完全失業者の減少が続いている。就業者数は2012年12月の政権発足以降ほぼ一貫して上昇していて約6250万から現状では6540万人超にまで拡大している。ちなみに民主党政権時代はほぼ一貫して就業者数が減少している。他方で民主党政権時代は生産年齢人口も労働力人口も減少していた。つまり、民主党政権の時代では失業率が見かけの低下をしているが、それは労働力人口の減少を意味していたのである。これは職を求めている人たちが、厳しい景気のために職探しを断念している状況を意味する。
2018年1月、羽織袴姿で年頭会見に臨む立憲民主党の枝野幸男代表(斎藤良雄撮影)
 他方で、安倍政権では持続的に労働供給も増加している。これは景気の好転で職探しを再開している人が増加していることにある。このアベノミクスの労働供給の復活効果は大きく、そのため失業率に一層の低下余地があり、また完全雇用に時間がかかる背景にもなっている。もちろん、この労働供給の復活を十分吸収できるほど労働需要が活発であることが裏付けにある。そしてこの労働需要が拡大していることが、前述の最低賃金上昇を無理なく実現していることの背景にあるのである。

 筆者はアベノミクスの全否定ではなく、このような効果の著しい金融緩和政策をさらに拡充しながら、消費増税の凍結や先送りよりもその放棄ないし減税など積極的な財政政策を勧めたい。だが、現状では国会では毎日のように「モリカケ」の掛け声などが大きいだけで、野党にはマクロ経済政策をよくしようという意思がまったくみられない。それを支持する「識者」を含めて、本当に懲りない人たちである。

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