ただし歴史的、地理的な理由から、私の思考回路は、その答えにたどり着くまで、本土の人たちより、ほんの少し複雑な経路をたどるだろう。基地反対派のプロパガンダは、その隙間を狙うのである。

中城城(沖縄県中頭郡北中城村)
中城城(沖縄県中頭郡北中城村)
 前述の問いに対し、素直に「私は日本人だ」と即答できない人は、沖縄が日本から切り離され、米軍の占領下にあった復帰前を知る世代に多い。沖縄戦の惨禍を体験するか、あるいは親から聞き、本土に対し本能的に反発を覚えてしまう世代でもある。

 ただ、復帰後の世代は劇的に意識が変わった。生まれながらの日本人であり、充実したインフラと経済的な豊かさを享受し、何より沖縄が「南国のリゾート地」として、全国から憧れの目で見られる時代を生きている。東京と沖縄は飛行機でわずか3時間になり、地理的な距離も縮まった。現在の10代や20代は、前述の問いに対し、40代の私が抱く一瞬の躊躇(ちゅうちょ)さえ、もはや感じることはないかも知れない。だから近い将来、沖縄で独立論が現実的な影響力を持つことは決してないと断言できる。

 それより今は、純粋な気持ちで沖縄に同情する本土の人たちのほうが、基地反対派の宣伝を真に受けてしまう危険性が高い。まさに村本さんのような人たちだ。「かわいそうな沖縄を日本の圧政から救ってあげよう」という善意の一心から、大勢が海を渡り、辺野古などの工事現場で抗議活動に身を投じているのである。

 私は、沖縄と真摯に向き合おうとする村本さんの善意をいささかも疑っていない。なぜなら村本さんと直接会ったことがあるからだ。

 あるインターネット番組に出演した際、私は沖縄メディアを批判し、八重山日報が沖縄本島に進出する意義を主張した。その場にいた人たちの中で、最も熱心に耳を傾けてくれたのが村本さんであり、番組の収録が終わったあとも、わざわざ私と話をしに来た。彼の沖縄への関心は決してお座なりとは思えず、くだんの問題発言も、そんな彼だからこそ飛び出したのだろう。

 ただ村本さんに限らず、基地反対派に肩入れする本土の人たちを見るたび「地獄への道は善意で舗装されている」ということわざを思い出さずにはいられない。沖縄の分離主義を内包するような反基地イデオロギーが沖縄の未来を開くとは、到底思えないからだ。