河添恵子(ノンフィクション作家)







 2014年11月に北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、13年ぶりに議長国を務めた中国だが、習近平体制にとっての目玉が「3年ぶりの日中首脳会談」でなかったことは誰の目にも明らかだった。長い時間を割いたとはいえ、米中首脳会談でもなかった。

 一言では、中国が「脱・米欧日主導の国際経済ルール」の看板を掲げ、「金融・貿易・経済分野で中国主導型の枠組みによるアジア太平洋時代」の幕開け(野望!)を宣言したAPECだったと総括できる。同時に、日中首脳会談での安倍晋三総理に対する習主席の千万無礼なもてなしは、日本を今後、ますます“蚊帳の外”にすること、さらにはアジア・太平洋地域において“孤島化”させていく戦略を示唆したと考えられる。

「中国主導型の枠組み」について、APECでは具体的に二つ示された。

 一つ目は、これまで日米が強い影響力を持ち、日本が総裁席を確保してきたアジア開発銀行(ADB)に対抗する、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立である。50%以上を占める500億ドルを中国が出資して、2015年より稼動する見通しのAIIB設立を、米国はあの手この手で牽制してきた。韓国の中央日報(2014年11月10日電子版)によると、米国は7月、韓国のAIIB参加に「深い憂慮」を表明し、「中国がAIIBを政治的に悪用する可能性」が高く、韓国が加入すれば「米韓がこれまで積み重ねてきた、信用関係に影響が及ぶ」との警告メッセージを送ってきたという。

 ジョン・ケリー国務長官の談話として、「ガバナンスと透明性に関して国際基準を満たすよう要請する」「AIIB構想の野心的な性質についての懸念」などと表明し、AIIB支持国との覚書を交わす式典への出席を見合わせるよう、オーストラリア、インドネシア、韓国に働きかけてもきた。そのため、APECに先立ち10月24日に北京で行われた同式典へ3国は欠席し、インド、タイ、マレーシアなど21カ国の代表者が了解覚書(MOU)に署名をした。だが、APEC閉幕日には、インドネシアがAIIB創設メンバーに入ることも報じられている。

2014年11月に北京で開催されたAPECの歓迎式典でホスト役、習近平国家主席(左)とゲストの安倍晋三首相
 総裁は中国の投資銀行、中国国際金融有限公司(CICC)の金立群前董事長が就任する予定で、ADBの中尾武彦総裁は「AIIB設立について、理解はするが、歓迎はしない」とロイター(北京)にコメントし、さらに「ADBの目的が貧困の撲滅で、AIIBがインフラ支援との誤解があるが、我々の最大の目的はインフラ支援だ」と強調している。とすればAIIBは当面、ADBに対抗する存在になりそうだ。中国は2009年に、3ルートの「国際高速鉄道網計画」--欧亜(欧州--アジア)、中亜(中国--アジア)、汎亜(汎アジア)を公にしているが、今後、アジア各国の鉄道、道路、橋梁、港湾などのインフラ整備が、主に中国資本と中国企業のモノマネ技術、そして人民の労働力で賄われる時代が来るのだろうか。

 そして、APECの2つ目の目玉は、アメリカ主導の環太平洋連携協定(TPP)に対抗し、中国が後押しするアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の議論を加速させることだった。中国はすでに東南アジア諸国連合(ASEAN)との自由貿易協定(FTA)を結んでいるが、この度のAPEC期間中に、韓国との交渉合意に達し、オーストラリアとも早々に妥結する見通しとなった。その先には、陸と海のシルクロードを結ぶ「新シルクロード構想」がある。南シナ海、東シナ海の海洋利権はもちろんのこと、中央アジアまで“経済領土”を拡大させていくことで、中国はさらなる躍進を図っていく算段だ。

 中国が後押しするFTAAPの動きを、やはり牽制する米国は、APEC首脳会議に出席した日本、オーストラリア、メキシコなど12カ国の首脳と、盗聴されない環境の北京の米国大使館で会い、TPPの早期締結を目指すことを合意させた。一方の習主席は、「アジア太平洋地域では自由貿易に向けた取り組みが次々と現れ、困惑を招いている」と暗に米国とTPPを非難し、被害者ぶってみせた。

 工程表「北京ロードマップ」などを盛り込んだ首脳宣言を採択して、APECは閉幕したが、このFTAAPで経済統合を推し進める構想について、習主席は・アジア太平洋の夢・と表現した。「中華民族の偉大なる復興が“中国の夢”だ」と、2013年3月に熱弁したばかりだが、その1年半後のAPECで、アジア太平洋の宗主国へ邁進していくことを高らかに宣言した格好だ。

世界の権力構造の地殻変動


 金融に関して、実はもう一つ中国が主要プレイヤーを演じる新たな銀行設立への動きがある。2014年7月、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国(BRICS)が設立に合意した「新開発銀行」だ。開発途上国におけるインフラ整備の融資が主目的で、資本500億ドルは、発言権を平等に持てるよう5カ国が一律の金額を拠出することになったが、本部は上海に置かれることが決まった。名称が「BRICS銀行」でないのは、チリ、インドネシア、ナイジェリアなど新興国の参入が予定されていることも理由ながら、中国が世界銀行、国際通貨基金(IMF)を凌駕する新たな金融機関で君臨する野望を抱いているからだと考えられる。

 リーマンショック後、米ドルへの信認が揺らいだことを契機に人民元の国際化、基軸通貨化に向けて舵を切り、IMFの切り崩しにも躍起になってきた中国は、2009年8月に500億ドルのIMF債権を購入し、出資比率を6位から日本の次の3位へと浮上させた。その頃、欧米の金融業界で“ミスター元”の異名を持つ国際エコノミスト、朱民・中国人民銀行副総裁(当時)が、「世界の外貨の6割にあたる4兆ドルが中国を中心とする東アジアにあり、IMFが引き続き世界経済への影響力を維持したいのなら改革が必要」と発言するなど、新興国の出資比率拡大をIMFに求めた。世界銀行で6年勤務した経験もある朱民は2011年7月、中国籍で史上初のIMF副専務理事に就任したが、議決権の16.7%を有する米国は、IMFの構造や活動に関する大きな変更について、事実上の拒否権を持っており、「改革案」は米議会の壁に阻まれ続けている。

 世界金融のメインストリームへ殴り込みをかけた中国だが、意のままにならないのなら、ロシアなどと新銀行を立ち上げ揺さぶる方が得策と考えたのか? だが、実のところ追い風もある。IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事が、最近、IMF本部を米ワシントンから中国の北京へと移転する考えを表明したのだ。世界銀行は米国主導、IMFは欧州主導という不文律があったが、IMFを私物化しつつある米国に対し、影響力を高める新興国のみならず欧州が不満に感じているためだ。中国政府がIMFへ送り込んだ“ミスター元”の工作手腕が、ボディブローのように効いてきたのか。少なくとも“世界の権力構造の地殻変動”が起きているのは確かだ。

 別の視点では、「国際銀行家」などと呼ばれる、国境概念のない主にユダヤ系大物資本家たちに、中国政府が対抗軸を打ち出した、もしくは併走していく算段らしい。2007年に出版された宋鴻兵著『貨幣戦争』(中信出版社)は、「貨幣発行権を持った人間たちが、貨幣供給量で通貨膨脹と緊縮を調整しながら世界経済を統制している」と論じ、第1巻、第2巻合わせて中国国内で300万部を超える大ヒットとなったと公称されている。 ちなみに、「紅二代」などと呼ばれる欧米留学組の太子党(主に江沢民派・上海閥)は、米ウォールストリート、香港のセントラル、ロンドンのシティなど、世界の金融街でユダヤ系国際金融資本との関わりが深い。

 中国政府は14億の人民に対しては「中華民族」「愛国」を強要し、ナショナリズムをとことん煽るが、その本質は究極のグローバリストであり、“新世界秩序=ワンワールド”の覇者すら夢見始めている。

米中の「新しい大国関係」は“同床異夢”


「広大な太平洋には、中米両大国を受け入れる十分な空間がある」

 就任から3カ月、唐突かつ異例の・スピード訪米・をした習近平国家主席は、米カリフォルニア州でのバラク・オバマ大統領との米中首脳会談でこう語った。そして2014年7月、第六回米中戦略・経済対話の開幕式でも改めて同じ台詞を口にした。さらに「中国と米国の対立は、両国と世界にとって確実に惨事をもたらす」と牽制し、「互いの主権と領土保全を尊重し、発展に向けたそれぞれの選択を互いに尊重する必要がある」とも述べた。

 この一年余り、日米の識者からは「中国が米中関係を劇的に悪化させた」「戦後最悪の米中関係」といった中国批判が高まっているが、米国主導による従来の国際秩序に従う形での「大国関係」など、習近平でなくとも中国共産党政権の計画にはなかったはずだ。つまり米国や親米識者と、中国が思い描く「新しい大国関係」は・同床異夢・でしかない。

 しかも、APEC首脳会談後の米中首脳の夕食会(11月11日)で、オバマ大統領は、「米中が効果的に協力できれば、世界全体の利益になる」「米中関係を新たなレベルに高めたい」などと強調した。また、習主席の「広大な太平洋には両国を~」の発言に「同意する」とも述べ、中国の平和的な台頭を歓迎する立場を改めて表明した。米中間選挙で民主党が大敗、・死に体・となったオバマ政権の弱腰外交に、米国民の不満は大きいはずだ。

 ただ、就任当初からの、習主席の台詞を意訳すれば、「新たな世界秩序の構築に向けたオレ様の歩みに、米国がとやかく口出しするな」だった。これは、新政権発足時に述べた「中華民族の偉大なる復活」ともつながる。補足すれば鄧小平時代の「韜光養晦(能力を隠して力を蓄える)」という外交姿勢は、北京五輪を無事に終え、GDP(国内総生産)も日本を抜いて世界2位へ躍進することになった時期から、本性を表しただけのことだ。

 それから、中国がよく口にする「平和的な台頭」というのは、「札束で支配するオレ様の世界」と意訳すべきか。世界の構造は、もはやイデオロギーとその対立が決めるのではない。少なくともアジア周辺諸国にとって、中国マネーと利権を愛し、利用し、その代償として・奴隷の平和・が担保される属国へと成り下がっていく道へ進むのか、とことん抵抗して核武装でもしながら独立自尊(つまり北朝鮮型の鎖国状態)を堅持する道を選ぶのか、極端に言えばそのいずれかしかない。

 中国はこの数年、ロシア、そしてドイツを主軸にフランス、デンマークなどの欧州連合(EU)との関係強化や関係構築に邁進してきた。これは米国そして日本、アジア周辺諸国との様々な紛争を今後、有利に進めていくための・札束外交・とも言える。

 二国間限定の政府サミット協定を2011年に締結したアンゲラ・メルケル首相は、「中国はアジアで最重要パートナー」と明言している。就任以来、毎年のように訪中してきたメルケル首相だが、欧州連合が経済破綻の危機にあった2012年8月のドイツ訪中団は閣僚7人のほか、次官、大勢の企業のトップが政府専用機3機で北京へ赴き、「中国がこれまで受け入れてきた外交使節団で最大級の規模」となり、約48億ユーロの契約を交わした。2013年5月の李克強首相の訪独でも大型商談を成立させ、続く2014年3月の習近平主席の訪独において、10項目で総額100億ユーロの契約を結んでおり、独メディアは「中国は救世主」とすら報じている。

 輸出大国ドイツにとって、中国は五大輸出国の一国だが、ロンドンに本拠を置く欧州外交評議会(ECFR)によると、欧州連合の対中輸出の半分近くをドイツが占め、輸入でも四分の一近くを占めている。そのためメルケル首相は、中国の人権問題や知的財産権の侵害などについて口が重くなっている。EU諸国に経済復興の兆しがあるとはいえ、原動力のドイツ経済が減速すれば本格的な危機は免れず、他のEU諸国もこれを批判できない。

APEC首脳会議などに参加するため、北京国際空港に到着したオバマ米大統領
 2014年6月中旬、中国の李克強首相は夫人と共に英国のデーヴィッド・キャメロン首相の招きで公式訪問した。中英の全面的戦略パートナーシップ樹立から10周年となる中、中英首相年次会談の前に李首相はウィンザー城を訪れ、エリザベス女王に謁見した。国家元首ではない首相と女王が面会するのは異例のことだが、この厚遇について英タイムズ紙は「中国側が、女王と面会できなければ訪問を撤回すると英国側を脅していた」と報じた。

 キャメロン首相が会談で中国の人権問題にも触れず、国家のメンツを捨ててまで“女王カード”を切った背景には、欧州連合からの離脱の声すら聞こえる微妙な国内情勢の中で、景気低迷に喘ぎ、しかも総選挙を2015年5月に控えており、政権の命運を決める上でも、中国の巨大マネーに賭けたのだろう。

 複数の貿易協定に調印し両国の企業間で総額140億ポンド(約2兆4000億円)以上の商談がまとまり、キャメロン首相は共同会見で「英国復活の鍵は、世界で最も速く成長する国と結びつくことだ。中国はその中心だ」と持ち上げた。

 案の定、中英の関係には少なからず異変が起きている。香港の「雨傘革命」が長期化する中、10月22日、英議会が主催した討論会で「英国は1984年の『中英共同声明』の原則を守る責任がある」と発言し「香港の高度な自治の弱まりに対して何も言わなければ、共謀して香港を凋落に追い込むことになる」との考えを示した議員の訪中ビザ発給が拒否され、超党派議員の訪中予定は中止となった。マネートラップにかかった英国において、首相はじめ議員、有識者は今後、中国サマのご機嫌を損ねる発言を自粛するようになっていくのか…。しかも駐英中国大使館の倪堅駐英公使は、中英共同声明について「(香港が英国から)中国に返還された九七年までは適用されたが、今は無効」との見解を英国側に伝えたという。「五十年間有効」ではなかったのか? その最中、ウィリアム王子の訪中予定が報じられた。キャメロン政権は、王室カードでお茶を濁すのだろうか?

英国BP社と大型契約の思惑

 実のところ、米国と英国の関係もこの数年、ギクシャクしている。決定打とも言えるのが2010年4月、米ルイジアナ州メキシコ湾の沖合80キロメートルにある英国BP(ビーピー)社の原油掘削基地で起きた爆発事故だ。海底から大量の原油が流出する事態を招いた「米史上最悪の環境汚染」に、米国内でBPの対応に激しい非難の声が噴出した。事故被害と環境・経済面の損失補償として、米国政府はBPから200億ドルを拠出する約束を取り付けたが、そのときのオバマ大統領による配慮ないBPへの“口撃”が、旧宗主国で最大の同盟国である英国世論の強い反発を招いたとされる。

 シティに象徴される金融分野で潤ってきた英国には、2008年9月の米国発の金融危機リーマンショックで最悪の状況に追い込まれたとの被害者意識が少なからずある。しかも、BPの株式は英国のほぼ全ての年金基金に組み込まれている。つまり民営企業とはいえ・英国政府そのもの・であり・英国人のサイフ・に直結するBPが、米国からの賠償要求で更なる危機に瀕している。

 踏んだり蹴ったりのBP、そして英国に中国が猛接近し、共同声明には「包括的な戦略的パートナー」としての関係強化を盛り込んだが、その象徴となる二企業がBP社と中国海洋石油総公司(CNOOC)だ。2019年からの20年間、中国海洋石油がBPの液化天然ガス(LNG)を購入する総額118億ポンド(約2兆円)の契約を交わした。

 石油やガスの探鉱から採掘、輸送、精製、小売まで一括で行う垂直統合のビジネスを展開するBPは、スーパーメジャーと呼ばれる世界6社の中の一社だ。1909年に英国人実業家が創設したアングロ・ペルシアン・オイル社から始まり、第一次世界大戦勃発時に英国政府が筆頭株主となり、二度の世界大戦を通して、中東地域から英国への石油供給の役割を担った。

 社名をアングロ・イラニアン・オイル、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP/英国石油)と変更しながら、北海油田の採掘で巨大な利益を上げるなど、世界の石油生産をほぼ独占状態に置いた「セブン・シスターズ」の一社として台頭。サッチャー首相時代の1987年に完全民営化されたが、米国の大手資源会社を次々と傘下に入れ、1999年に米・石油化学最大手の一つ、アモコ社と合併しBPアコモとなり、2001年、社名は現在のBP(ビーピー)となった。近年はロシアの国営石油大手ロスネフチ社の株式約20%を購入するなど、英露両国の貿易経済投資協力の発展にも関与している。

 一方、世界四位の石油生産国ながら、サウジアラビア、アンゴラ、オマーン、ロシアなどから原油を購入する輸入国でもある中国は、中国石油天然気集団公司(CNPC)、中国石油化工集団公司(SINOPEC)、中国海洋石油総公司(CNOOC)の・紅いメジャー・三社を有する。傘下にそれぞれペトロチャイナ(石油・ガスの開発・生産など)、シノペック(石油精製と石化製品生産など)、中国海洋石油(海底油田の探査・採掘・開発など)の上場企業があり、株式は親会社が6割強~8割強を保有している。

 安全保障の観点からも、複数の国家や企業とエネルギー資源を取引きするのは当然のことだが、独裁政権ゆえに国家戦略や意図もそこから透けて見える。2014年3月にフランスのスーパーメジャー、トタルから液化天然ガスの調達の拡大に合意した中国は、5月にシベリア産天然ガスの大型商談でロシアとも合意、同時期にイランとの原油輸入量を倍以上に急増させたことも報じられている。米国にとっての・仮想敵国・イランとの関係強化にも、中国は舵を切った。

 中国はまた、BPと同様にスーパーメジャーの一社で英国とオランダの二重国籍のロイヤル・ダッチ・シェルとも「地球戦略連合」を結成するなど関係を強化させている。分断工作が上手い中国は、米英がギクシャクする中、「資源供給の蛇口を握る」外交力を発揮してきたロシア、ウラジミール・プーチン大統領に倣い、欧州諸国を・札束外交・で取り込み、南シナ海そして東シナ海での今後の中国の立場や主張を有利にしていく算段なのだ。

中国主導のルールづくりを画策してきた40年

 「中国主導型の枠組みによるアジア太平洋時代」への野望は、前述の11月のAPECに始まったのではない。1970年代から、東シナ海や南シナ海の領土・領海・領空問題について、中国主導の「米国が介入しない」新たなルールづくりを模索していたのだ。国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が、東シナ海や南シナ海の大陸棚に豊富な資源が埋蔵されていると発表したのが1969年だが、以来、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、台湾が南沙群島の一部の領有権についての主張を始め、中国もそこに加わった。

 ベトナム戦争後、中国は米軍が南シナ海から撤退するタイミングを狙って1947年に西沙諸島へ進出、支配下に収めた。80年代初めから、ベトナムは旧ソ連の支援を得て油田開発に乗り出したが、中国海軍の艦艇が南沙諸島海域に出没するようになり、1988年に中越海軍が軍事衝突、双方で百人以上の死者と行方不明者を出す事態を招いた。

 中越のせめぎ合いが続く中、国連海洋法条約が発効される2年前の1992年2月に、中国は「尖閣諸島も南沙諸島、西沙諸島も中国の領土」という領海法を制定し、同年11月に米軍がフィリピンから去ると、フィリピン海域に海軍の活動拠点を設置。以来、ミスチーフ環礁に中国漁民の避難所をつくったり、ヘリポートを建造したり、スカボロー礁に国旗を掲げたりと、やりたい放題となっていく。中国は一九九七年に国防法を制定し、「自称中国の領土」は国防の範囲となった。

 ベニグノ・アキノ三世大統領が誕生し、米軍との合同軍事演習の実施や「訪問米軍」という新たな基地協定を締結するまでは、中国にとって、華僑系財界の力が絶大なフィリピンなど朝飯前の相手だったはずだ。

 2002年には、南シナ海での紛争を軍事力でなく外交で解決していくための「南シナ海関係諸国行動宣言(DOC)」をASEAN十カ国プラス中国で署名。関係諸国が中国に押し切られる形で、当事者同士の二国間交渉での解決を合意した翌03年、米軍艦船が戦後初めてベトナムに寄港し、米越の軍事協力が活発化していくことになる。

 さらに、「米地質研究所によれば、南シナ海に280億の原油埋蔵量がある」とした2008年3月の米国エネルギー情報局(EIA)の報告書が、中国の野望にスイッチを入れた。

 同年7月、米系エクソン・モービルとベトナムの国営石油会社ペトロベトナムが、南シナ海での探査協力で合意した。米政府と米軍、そして世界一のエクソン・モービルを後ろ盾に、排他的経済水域(EEZ)での資源開発に邁進する体制を整えたベトナムに対し、中国は「主権の侵害であり破棄するよう報告した」とすかさず報じている。
上は2014年2月、下は7月29日撮影のジョンソン南礁。
7月の写真では、中央にコンテナ型宿泊施設や数列のヤ
シの木、左側には桟橋が見える (フィリピン政府当局者提供)
 2009年、中国は「中国近海に浮かぶ6000以上の無人島の管理強化と、所有が国家に帰属する」海島保護法を制定し、翌年3月より施行した。同時期に訪中した米国の国務副長官と国家安全保障会議アジア上級部長に対し、「南シナ海は核心的利益」と正式に表明、同海域の海洋権益獲得を強硬に推し進める国家意思を示した。

 ベトナム、フィリピンの探査用の海中ケーブルが中国の軍艦によって切断される妨害を受け続けていた2014年4月下旬、オバマ大統領はアジアを歴訪し、南シナ海の領有権問題についても言及した。しかし、この直後の5月2日、ベトナムがEEZを主張する南シナ海の西沙諸島の海域で、中国海洋石油が突如、石油掘削装置(リグ)の設置を強行した。ペトロベトナムとエクソン・モービルが広大な油田と天然ガス田を発見し、油田開発に乗り出していた、まさにその地域である。

 その後、ベトナム全土の反中デモの騒動の最中の5月21日、習主席は上海で開催中のアジア信頼醸成措置会議(CICA)の首脳会議で基調演説をし、「中国がCICAの役割をさらに高め、アジアの安全保障協力の新局面を開きたい」「共同的で、総合的で、協力的で持続可能なアジアの新たな安全保障観を積極的に提唱したい」などと強調し、経済協力などを通じ、中国が主導する安保の枠組みづくりへの意欲を示した。さらに、米国を念頭に「21世紀を生きていても、脳ミソが冷戦時代の思考のままではいけない」などと一撃。日米同盟の強化にも「第三国に対する軍事同盟は、地域の安全にはつながらない」と吐き捨てた。

 つまり中国の敵は、米国そして日米安保なのだ。もちろん共産党内部の敵も消さなくてはならない。習近平体制の「汚職幹部追放」キャンペーンでは、周永康(前中央政治局常務委員 序列9位)、徐才厚(前中央軍事委員会副主席)ら大物幹部やその親族を次々と血祭りに上げ、江沢民派の一掃に燃えてきたが、これは「石油閥」との死闘でもある。周永康(シノペック元総裁)を筆頭に逮捕、自宅監禁、党籍剥奪などの処分を受ける被疑者は・紅いメジャー・の元会長含めた最高幹部たちばかりで、しかも江沢民派・上海閥は米国、そして前述の国際金融資本とも近しい関係にある。独裁政権とはいえ、巨額の商業利益は・派閥の財布・に直結しているためだ。

 兎に角、中国が議長国を務めたこの度のAPECで、その野望の全貌がほぼ明らかとなった。「エネルギー資源を握る者、価格の決定権を含めたイニシアチブを握る者が世界を支配する」が掟とすれば・海洋強国・を標榜する習体制のミッションは、米国の影響を完全に排除する形で、まずは「アジア太平洋の覇者」となることだ。そして、アジアインフラ投資銀行やアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)、新開発銀行などを牛耳り、・経済領土・を拡大しながら、将来的には「新世界秩序の覇者――中国共産党が世界の金融・資源・貿易・経済分野においての絶対的な権力基盤を確保する時代」を目指すのだ。

 世界の権力構造の地殻変動において主役を演じる中国だが、そのパラノイア的野望の中に、弱体化する米国を頼る「脳ミソが冷戦時代のまま」の日本の存在などない。しかしながら中国にさらにすり寄れば、香港同様、民主も自由も人権も奪われた奴隷国家・地域に成り下がる。そうならないために日本が進むべき道は、もはや核武装と“緩やかな鎖国”政策しかないのか…。

 かわそえ・けいこ 昭和38(1963)年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学を卒業後、北京外国語学院、翌87年から遼寧師範大学へ留学。主に中国、台湾問題をテーマに取材、執筆。『中国人の世界乗っ取り計画』『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』『だから中国は日本の農地を買いにやって来る』(いずれも産経新聞出版)など著書・訳多数。近著に『国防女子が行く』(共著、ビジネス社)。