おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)

中学受験生は本当にかわいそうなのか?


 あるプロ野球選手が小学生のころ、こんな作文を書いていたそうです。「僕は将来プロ野球選手になって1億円を稼ぐ。そのためには中学でも高校でも全国レベルの活躍ができる選手にならなきゃいけない。そのために友だちと遊ぶのも我慢して、年間360日、一生懸命練習しています」。たった12歳で将来のために自分を律している姿、尊いですよね。

 一方で、それに勝るとも劣らない気合いを込めて、鉛筆を握っている小学生もいます。中学受験生です。しかし世の大人たちの中には、彼らの姿を見て「かわいそう」と言う人がいます。中学受験をさせている保護者をどこか冷ややかな目で見る風潮もあります。

 でもですよ、中学受験生だって、自分たちの夢に向かってがんばっているんです。たしかにつらくなることもあるだろうと思います。でもつらいのは冒頭のプロ野球選手だってきっと同じでした。どんなことでも本気でがんばれば、辛さも必ず付いてきます。それでも歯を食いしばってがんばる姿に尊さを感じるのですよね。

 それなのになぜ、野球少年は素晴らしくて、中学受験生がかわいそうなんでしょう。バットを握る野球少年と、鉛筆を握る中学受験生と、どこが違うというのでしょうか? 

 中学受験生たちは、どんなに努力をしても報われないかもしれない、やめようと思えばいつでもやめられることに挑戦しているんです。たった12歳で、自分の力で、自らの進む道を切り開こうとしているのです。「本当に報われるのだろうか」と不安にもなるでしょう。でも誰のせいにもできません。不安を感じたときこそ、さらに勉強に打ち込んでその不安を打ち消すのです。

 かたや大人の世界では、なかなか業績が上がらないのをすぐ上司のせいにしたり、会社のせいにしたりする大人がそこら中にたくさんいるでしょう。そういう大人は中学受験生の爪の垢でも煎じて飲むといいのではないかと思います。

自ら機会を作り、機会によって自らを変える経験


 いい大学に行くために中学受験をするのではありません。中学受験という選択で得られるものは何なのか、失うものはないのか。そのことについてはここでは語り尽くせませんので、拙著『中学受験という選択』などをお読みいただければありがたいと思います。

 「そんなに中学受験が教育システムとして素晴らしいなら、全員中学受験をしなければならないようにすればいいんじゃないか」という極論もあるでしょう。でも、私はそうは思いません。強制では意味がないからです。

 「自ら機会を作り、機会によって自らを変えよ」。

 これは私がもといた会社の社訓みたいなものです。中学受験が教育システムとして優れているのは、そもそもその機会を選択するかどうか、自分で決められる点にあると思います。12歳の子供たちに「自ら機会を作り、機会によって自らを変える」経験を与えることになるからです。

 一方で、現実問題として、中学受験ができる人というのは限られていると思います。ごく一部の恵まれた人たちですよね。経済格差が教育格差につながるという批判もあります。でも私は思います。教育の受益者は、教育を受けた本人ではなく、その人を含む社会です。子供たちは勝ち組になるために勉強するのではありません。世の中の役に立つ人間になるために勉強するわけです。

 だから、恵まれた人が、与えられた環境を最大限に活用して力を蓄え、それを世の中に還元するならば、格差云々よりも、世の中全体が良くなるというメリットのほうが大きいだろうと私は思います。むしろ、恵まれた環境を最大限に活かして、将来世の中の役に立つことは、恵まれた人の使命だろうと私は思います。中学受験を通して進学するようないわゆる「名門校」ではそういう教育を実践しています。そのことは私の新刊『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』をお読みいただけるとよくわかるはずです。

全力で立ち向かったチャレンジ精神は、一生の財産


 しかしがんばれば必ず報われるとは言えないのが中学受験の現実です。第一志望に合格できるのはほんの一握り。その他多くの受験生たちは当初の第一志望ではない学校に進学することになります。第一志望に合格できなければ、中学受験は失敗なのでしょうか。そんなことはありません。もしそんな風に考えているのなら、中学受験はあまりにリスクの高い挑戦です。やめておいたほうがいいでしょう。

 もうすぐ2015年の中学入試もすべての結果が出そろいます。がんばった受験生の皆さんと、それを支えた保護者の皆さんに、次のような言葉を贈りたいと思います。

 まず、第1志望以外の学校に進むことになった人たち。

 第1志望以外の学校に進むことになった人たちは、その学校で、そこでしか得られなかったことに必ず出会うはずです。一生の友だちかもしれませんし、素晴らしい先生との出会いかもしれません。それが受験勉強をがんばった皆さんへの神様からの贈り物です。神様からの贈り物を見過ごさないように注意して、それに感謝して、これからの6年間を過ごしてください。

 次に第1志望に進むことになった人たち。

 第1志望校に進学しても、理想とのギャップを感じることがあるかもしれません。でもそれも神様から与えられた課題。その課題をクリアしたときに得たものこそ、神様からの贈り物。だから、困難があっても逃げずに乗り越えてほしいと思います。

 そしてすべての受験生とその保護者の皆さん。

 どんな結果であっても、それまでの自分のがんばりに誇りを持ってください。どんなに優秀な子供がどんなに努力をしても願いが叶わないことがある中学受験に、全力で立ち向かったチャレンジ精神は、結果がどうであれ、一生の財産になります。どんな結果であれそれを受け入れ、最後に家族皆で笑えれば、家族皆が中学受験という機会を通して成長できたということです。

 中学受験は「必勝」を目指すものではなく「必笑」を目指すべきものなのだと思います。そう考えれば、中学受験に失敗なんてありません。

おおたとしまさ 育児・教育ジャーナリスト。リクルート独立後、数々の教育誌のデスクや監修を歴任。教育現場を緻密に取材し執筆するスタイルに定評がある。『中学受験という選択』『男子校という選択』『女子校という選択』など著書多数。2月13日に『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』(朝日新聞出版刊)を上梓。中高教員免許、小学校教員経験、心理カウンセラー資格も持っている。著書一覧はこちら