塩澤修平(慶應義塾大学経済学部教授)
 昭和 30(1955)年東京生まれ。昭和 53 年慶應義塾大学経済学部卒業後、慶應義塾大学大学院経済学研究科に進み、昭和 61 年ミネソタ大学大学院にて Ph.D.(経済学)取得。昭和 56 年慶應義塾大学経済学部助手、昭和 62 年助教授、平成6年教授。平成7年から平成 13 年まで通信教育部長、平成 17 年から21年まで経済学部長。体育会馬術部長。学外では平成9年から平成 13 年まで NPO 学会理事、平成 13 年から平成 15 年まで内閣府国際経済担当参事官を務めた。主な著書は『現代金融論』『経済学・入門』『基礎コース経済学』『デフレを楽しむ熟年生活』など。


I.
日本の将来を担う新成人の皆さんへ、かつて同じ年代を体験し、それ以降ある程度年齢を重ね、毎年多くの学生と接し、多少なりとも教育にかかわっているものとして、若いうちにすべきことについて述べさせて頂きたい。

 生きるとは、何かを選択することの連続といえる。朝、何を食べるか、何を着るかという小さなことから、進学、就職といった大きなことまで、つねに何らかの選択をしている。

 何かを選択することは、それ以外を選択しないことである。これに関して、経済学では機会費用という概念がある。あることを評価するために、それを選択することによって潜在的にどのような機会を失ったかを考えるというものである。たとえば家でゴロ寝をすることの機会費用は、その時間働いていたら得られるはずの賃金であり、しようと思えばできたはずの本を読む機会であり、スポーツをする機会である。大学へ行くことの機会費用は、就職していれば得られたであろう所得であり、そこでのさまざまな体験である。

 時間と労力をかけて何かをしようとする。それ自体はそれなりに有益であったとしても、その時間は他のことをする機会を犠牲にしている。やらないよりはやったほうがよいかもしれないが、時間も労力も限られているのである。そこで、機会費用の概念を考慮した選択が重要な意味をもってくる。その時間と労力で他に何ができるかを考えることが求められるのである。機会費用を考えないと、何か多少なりとも有益なことをしている場合、それだけで安心してしまう危険性がある。実はその時間にもっと重要なことを逃しているかもしれないのである。

II.
このように、何を学ぶか、何をするか、機会費用を考えながら選択することが求められが、ではこの時期に何を選択したらよいのであろうか。

 学問でも芸術でもスポーツでも、それぞれの分野に標準的な「型」がある。あるいは「古典」と称されているものがある。それらはもっとも効率的に何かを習得する手段であり、基本であり、あるいは基準となるべきものである。ある程度、「型」を学んだ後で、自由な発想でそれを破る「型破り」はよいが、型を知らない「形無し」は、それ以後あまり伸びることのない単なる自己満足に終わる可能性が高い。

 成人式を迎えた今は「型」や「古典」を学ぶのにもっとも適した時期である。それらはすぐには役に立たないかもしれない。しかしすぐに役に立つ知識はすぐに役に立たなくなる知識である。「型」や「古典」を学ぶことは一見無駄なように思われるかもしれないが、それによって物事を「見る目」が養われ、自分なりの価値観や判断基準が形成される。そして将来の「型破り」も含めて、いろいろな形で応用が可能となるであろう。広い意味での「古典」に触れることが望ましい。

 では古典とは何であろうか。古典、クラシック、音楽でいえばモーツァルトなどが思い浮かぶが、80年代に今はそれ自体が古典になりつつある『アマデウス』という、モーツァルトと当時の宮廷作曲家サリエリとの確執を描いた、全編モーツァルトの音楽で溢れた映画が製作された。アカデミー賞作品賞や主演男優賞などの主要な賞を総なめにした作品である。当時アメリカに留学していた私は、ハリウッドで行われているアカデミー賞の授賞式の中継をテレビで見ていた。いろいろな賞がつぎつぎに『アマデウス』へ贈られるなかで、もちろん作曲賞は別であった。その年の作曲賞を受賞した作曲家が壇上でトロフィーを手にこう言った「私はラッキーだった、なぜならモーツァルトにはこの賞の受賞資格がないからね」と。このユーモアに満ちた受賞の弁に、場内は笑いに包まれたが、私はその言葉に受賞者の本音が出ていたのではないかと思っている。アカデミー賞はその年に発表された作品に与えられ、モーツァルトは200年前の人間である。しかし、純粋に芸術作品として考えた場合、受賞者の曲よりもモーツァルトの曲の方がはるかに優れていることを本人がもっともよく知っていたのであろう。このように、モーツァルトの音楽はその分野での古典のなかの古典とも言うべき作品であるが、各時代の先端の作品をも凌駕し得る現役の古典なのである。

 他の分野ではどうであろうか。飛行機を例に考えよう。ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館には、月へ人間を運んだアポロ宇宙船や日本のゼロ戦などとともに、ライト兄弟のフライヤー号が展示されている。1903年、ライト兄弟はフライヤー号により、人類史上初の動力飛行に成功した。その後の飛行機の驚異的な発達の基礎となった航空工学史上の古典である。しかし今の時代にフライヤー号で実際に空へ飛び立とうという人はいない。フライヤー号は古典であるが、実用的には役に立たない博物館の古典である。

 このように古典と言っても現役の古典と博物館の古典がある。しかし博物館の古典であっても、例えば航空工学の分野で先人が試行錯誤を重ね、いかに努力して発展を遂げてきたか、知的格闘の跡をみることができる。その意味で、博物館の古典に触れることも有益といえる。

 またオペラでも歌舞伎でも、ジャズでもロックでもクラシックでも、あるいは成人になったのであるから日本酒でもワインでもウィスキーでも、できるだけよいものに数多く触れ、それぞれの文化の違いや深さを味わい、それらを見る目を養って頂きたい。

III.
そして皆さんには国際的に通用し、活躍できる人材になって頂きたいと思う。そのためには自国の文化や歴史を学び、理解することが必要である。それによって他国の文化や価値観を理解し尊重することができる。

  また、物事を長期的、歴史的に考えることも重要である。われわれ日本人の祖先が何をしてきたか。現在、常識とされていることが、いつからそうなったか、考えてみる必要があるであろう。

 多数の独立国からなるアジアやアフリカのほとんどの地域は、20世紀中頃まで欧米諸国の植民地であり、現在では考えられないかもしれないが、制度として厳然たる人種差別が存在していた。

 コロンブスの新大陸「発見」以来の400年間は、白人が有色人種の土地を植民地化してきた歴史であった。19世紀中葉から20世紀にかけてのアジアやアフリカと欧米列強との関係を端的に表した言葉として 福澤諭吉は「自国の富強なる勢いをもって貧弱な国へ無理を加へんとするは、いわゆる力士が腕の力をもって病人の腕を握り折るに異ならず、国の権義において許すべからざることなり」(『学問のすゝめ 三編』)と巧みな比喩を用いながらも、日本の取るべき確固たる指針を述べている。

 近代科学に基づいた強大な経済力そして武力を手段とした西洋諸国による東洋の植民地化・支配は許すべからざることであり、日本の独立を維持することが喫緊の課題であった。そしてその課題に対する答えとしての、当時の日本における国家意思の基本は富国強兵・殖産興業であった。しかし殖産興業に必要な科学技術は、白人以外には修得できないというのがその当時の常識であった。「西洋」と「東洋」との差は、もって生まれたものであると、世界のほとんどの人が考えていたのである。しかし日本人は違っていた。もって生まれた差ではなく、学問をしたかしないかの差であると捉えた。逆に言えば、学問することにより、豊かで強くなり、独立を維持できると考えた。「黒船」を見た有色人種は多かったであろうが、それを見て数年で実際に「黒船」を造った有色人種は日本人だけである。

福澤諭吉はさらに続けて言う、「我日本国人も今より学問に志し、気力をたしかにして先ず一身の独立をはかり、もって一国の富強を致すことあらば、何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交り、道理なきものはこれを打払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこの事なり」。

 ここに近代日本の行動原理が凝縮して述べられている。独立を維持することの重要性と困難さ、独立を脅かす存在に対する危機感は、現代の我々にはなかなか想像できないであろう。後世の批判はたやすいかもしれないが、しかしそこを理解しなければ当時の日本人の行動とその世界史的な意義を正しく評価することはできない。

 二十世紀になっても制度的な人種差別は続き、有色人種の独立国は日本を含めてほんのわずかであった。1919年1月より開催された第一次世界大戦後の講和会議において、日本は国際連盟の規約の中に人種平等主義を挿入すること提案したが、これに対して、賛成国の方が多かったにもかかわらず、アメリカ大統領ウィルソンは、全会一致で決めるべきだとして、この案を潰したのである。実現はしなかったが、この提案は日本外交史上の金字塔といってもよい。

IV.
こうした自国の文化や歴史を学んだうえで、他国の文化を尊重する寛容さをもちたい。伝統的に日本人は「和」を尊び、異なる価値観に対しては寛容であった。外国の文化も、その優れた面は取り入れ、それを自分たちの文化に組み入れてきた。古くは「和魂漢才」、近代以降は「和魂洋才」という言葉がそれを象徴している。しばしば日本人は宗教心がないといわれるが、それは一神教的な信仰心をもつ人が少ないというだけで、「八百万の神」の言葉通り、他の人々の信仰に寛容であり、自分が信じないからといって、他の人々が信じている神を否定したり、揶揄したりする人は、特定の政治的意図をもった人を除けばまずいない。こうした日本人の心の在り方は、他者の文化や宗教に対する非寛容な姿勢から生ずるさまざまな紛争が多発している、現在の世界にとってきわめて重要である。他者を思いやる日本人の特質は、2011年3月の東日本大震災において、あれだけの被害を受けながらもお互いを気遣い整然と行動したことにも現れており、世界から賞賛された。

 またポケモンやワンピース、ドラゴンボールといったゲームソフトやアニメ・漫画も、和食とともに、世界に誇れる日本文化である。芸術的な感性と遊び心が高度な科学技術と結びついたハードやソフトのさまざまな製品は日本人のもっとも得意とするものであり、世界中から高く評価されている。これらは平和な時代であるからこそ楽しめるものであり、仲間と一緒であればさらに楽しむことができる。

V.
新成人となった今の時期は、仲間をつくるのにもっとも適した時代でもある。青春時代を共有した仲間は皆さんの一生の宝となるであろう。自分ひとりで得られる体験や知識はきわめて限られている。これから社会に出ていくと、それぞれの仲間がそれぞれの道のプロになっていく。そうした仲間がどれだけいるかで、人生の豊かさは大きく違ってくる。それはお互いに自分のもっていないものをもっている、相互に補完的な人脈なのである。その人脈を保つためにはいい意味でのgive and takeが必要となる。一方的に仲間から何かを得るのではなく、自分も仲間に対して何ができるか、他人に誇れるものを身につけておくことが望ましい。仲間に対しては、その人物のいろいろな面をみて、評価の基準を一つにしないことも大切であろう。学校においても、知識や情報を得るということだけでなく、仲間を得ることもきわめて重要である。

 学生時代は何事も過程が重視されてきた。小学校では体育や音楽の授業で、うまくできなくても一生懸命やったことを褒められた経験がある方も多いであろう。努力は努力として評価されたのである。そこには教育的な配慮があった。しかし、社会へ出て、プロとして仕事をするときには、ほとんどの場合に結果がすべてである。皆さんの今の若い時代の貴重な時間を有効に使って自分を磨き、それぞれの道で、日本人としての誇りと気概をもちながら、結果の出せるプロとして国際的にも大いに活躍されることを願う次第である。