中学受験の冷めない熱


 神戸市に住む中学3年、今宮剛君(14)=仮名=は、難関校として知られる兵庫県の私立中高一貫校に通っている。2年半前、受験日程をやりくりして私立中7校の10コースを受験。第1志望校こそ逃したが、競争率が5倍近かった後期試験を突破した。

 ニュータウンにある校区の公立中はマンモス校で、母の清子さん(42)=同=は「丁寧な授業が望めそうにない」と感じ、わが子を通わせる気にはなれなかった。

「ここまでやるべきか」


中学受験の全国最難関、灘中学校(神戸市東灘区)。
 剛君は小学4年のとき、有名進学塾に入った。ほぼ毎日通い、夜には大量の宿題を抱えて帰ってくる。父の会社員、靖夫さん(45)=同=には、当初は息子に受験競争を体験させることにためらいもあったが、塾には同じ目的を持つ子供がたくさんおり、本人は私立を目指すことを当たり前のように受け止めている。それが救いだった。

 翌月に試験を控えた6年生の12月、剛君は親元を離れ、親が借りた別の市の部屋で約1カ月にわたり祖母と寝起きした。この街にある塾の志望校別授業を受けるためで、この間、小学校は休んだ。

 「ここまでやるべきなのか」。父母には葛藤もあったが「追い込みのこの時期だけなのだから」と自らを納得させた。剛君の周囲には、同じような方法を取る子供がほかにもいた。

 晴れて入学した剛君は、片道約1時間かけて通学している。現在はスポーツに熱中し、高校受験に悩まされることなく、中学生活を謳歌(おうか)している。

母子の“逆単身赴任”も


 中学生の数は減少傾向が続いている。文部科学省によると、2013年度は353万6千人で、20年前の約7割の水準だ。だが、私立中学生の数は24万9千人で、20年前より約1割(2万2千人)増加。私立中の校数も771校で、20年前より135校も増えた。

 一見、私学志向が高まっているように見えるが、ある進学塾関係者は別の見方を示す。「少子化の中、学校間で生徒の獲得競争がますます激化することは間違いない。実は私立中は飽和状態で、中堅校以下は淘汰(とうた)される可能性が高い。一方で、最難関校の人気は一向に衰えておらず、受験競争は依然過熱している」。私立中の二極化が進んでいるという指摘だ。

 剛君の中学受験に際し、靖夫さんは、自分たち以上に激しい事例をいくつも見聞きした。いい塾があると聞けば何時間もかけて他府県でも通う子供、地方都市から都会の有名中学に合格するため、父親だけが地元に残り、母子が都会に引っ越して有名塾に通う“逆単身赴任”の家族…。

 靖夫さんは「どうしても難関校に行こうとすれば、できる限りのことをやらなければならない。だから、自分たちのやり方も、特別だとは感じられなかった」と話す。

“ゴール”から逆算した結果の学校、塾


 中学受験を志向する親の意識は、これまでの「とにかく入れれば安心」から、その先まで見定めた形に変化しつつあるという。そのニーズを踏まえ、新戦略を打ち出す進学塾もある。

 全国最難関とされる灘中学(神戸市東灘区)への合格者数で10年連続トップを誇る「浜学園」(本部・兵庫県西宮市)は、平成24年から年に数回、系列の幼児教室に子供を通わせる保護者を対象にしたセミナーを開講している。

 「医学部に進学するには」「海外の大学に進学するには」「グローバルな人材になるには」…。まだ幼い子供の親に大学以降の指標を示す試みだが、毎回200人超の受講者が集まるという。浜学園経営企画室の藪孝昭課長補佐は「今は、就職期までビジョンを見据えて進学を考える保護者が多い。進む大学やその先を“ゴール”と定めて、逆算して塾や学校を考える人が確実に増えている」と分析する。

 見通せぬ将来への不安に、わが子の姿を重ねる親たち。「できる手は打たなければ」という強い意志がにじむ。しかし、わが子への期待が過剰になれば、子供を追い込み、親子ともども苦しむことにつながりかねない。

 2歳頃から長女(6)に早期教育を施し、長女の心の変調に悩んだ経験を持つ東京都港区の主婦、川辺好美さん(40)=仮名=が語った。「変調は、長女が発信したSOSのサインだったと思う。子供のサインに気づけず、後から苦しむ親子は、多いのではないでしょうか」