映画「外事警察」公開記念対談-「国家の意思」に向き合う男たち

麻生幾(作家・ジャーナリスト)
伊藤祐靖(元海自特別警備隊先任小隊長)

「小説より非現実」な日本


伊藤 はじめまして。

麻生 こちらこそ。

伊藤 『奪還』(講談社、2010年)のご執筆時には、面会をお断りして本当に失礼いたしました。出版されたら会いましょうという約束も、そのままになってしまって。すいませんでした。

麻生 いいえ。お辞めになってはいても、特殊部隊である「海上自衛隊特別警備隊」の秘匿情報を話すことはできないという事情は理解しています。

 『奪還』は読んでいただけましたか。

伊藤 もちろん読みました。驚きましたね。まず、主人公の名前です。「河合斌(たけし)」は祖母の兄です。陸軍の戦闘機パイロットで、昭和15年くらいに事故死しているんです。麻生さんから「お前のことは全部調べ上げたぞ」と脅かされているようで、ギョッとしました。実はミンダナオ島に取材に来られているのは知ってたんです。日本人数名がお前のことを調べてるっていろんな筋から言われましたから。触ってはいけない組織にあんまり首を突っ込んで怪我とかされると気の毒とは思いましたけど、まあ、邪魔する気も協力する気もなかったんで放っておいたんですが、よくあそこまで調べましたね。

 登場人物の名前も性格も実物そのものですし、ダイブショップもバーもそのまま。小説にでてくる情景もどこから見た景色を表現してるのかまで判りました。特別警備隊に関することもよく取材されています。私のコールサイン、チームの名前、私自身の戦術思想まで。私が訓練指導した国外の組織にまで取材に行かれたでしょ? とある国のとある組織にしかしゃべってない内容がそのまま日本語訳されて本の中で主人公がしゃべってましたもんね。

麻生 選りすぐりの猛者が集まった特殊部隊の中でも、鬼軍曹のように恐れられた人物がいたそうですよね。伊藤先任小隊長のご意見番だったとか。

伊藤 チーフのことですか。ずいぶんと助けられましたね。私にあんまり常識がないもんですから。

麻生 そのチーフさえ困らせた伊藤さんのエピソードもキャッチしましたよ。なんでも、厳島神社(広島県)の鳥居を真っ昼間に高速ボートでくぐろうとしたとか。

伊藤 あはは、ありましたね。あのときは、フル装備をして、江田島から岩国(山口県)まで瀬戸内海を高速ボートで移動している途中でした。満潮の海に浮かんでいる鳥居の下をくぐれと命令したんです。鳥居が近づいてきて、その下を高速で通過しようとするボートドライバーをチーフがいきなり殴るもんですから、私が「俺が命令したんだ」と文句を言ったら、「ここは観光地です。来ている全員がカメラもビデオも持っています。撮影されて夕方のニュースで出ますよ。私が生きている以上、絶対くぐらせません」と言われました。それで渋々「写真だけ」ということで諦めました。もしかしたら今もなのかもしれませんが、あの頃のことを思い出すとびっくりするくらい常識がないんですよね。

麻生 部隊の最初の出撃シーンで、特殊部隊用の黒い高速ボートが出てきます。実際は「ゴキブリ」という暗号だそうですが、僕はゴキブリが大嫌いなんですよ(笑い)。だから小説では「カブトムシ」にしました。この点だけはご容赦ください。

伊藤 いえいえ。『奪還』は、ストーリーがフィクションということを除いては、現実そのものでした。我々の戦い方や人生観も含めてね。
 
『奪還』のあらすじ 自衛隊を辞し、ミンダナオ島のダイビングショップで働いていた河合斌に、フィリピンで消息を絶った日本人女医を捜してくれとの依頼が持ち込まれる。捜索を進めるうち、双子の巨大台風が接近する与那国島で61人もの人質を盾に立て籠もる武装集団の存在が明らかに。日本政府は河合がかつて率いていた部隊を政治決断により招集、事態打開の特別任務を発令する。だが、その裏には驚愕の事実と謀略が隠されていた(表紙帯より)。
 
伊藤 戦闘になったら、我々はあの小説と似たようなことになったでしょうね。命じられた任務の完遂に必要なら、損耗率(隊員の死亡率)が九割を超えようと、それはどうでもいいことなんです。最も優先すべき事は任務の完遂であって、我々が生き続けることではない。命を軽く見ていると言われる方がいらっしゃるんですが、そんな訳ないじゃないですか。毎日毎日、この精神と肉体と技術を高めるために疲弊、寒さ、枯渇、激痛を一緒に過ごしてきた者達なんですよ、それらを消滅させてでも達成するものが任務完遂という話です。

 『奪還』は、そういう軍事の世界のリアリティーまで押さえて書かれていると思いました。「取材だけで、よくここまで理解できるものだ」と驚きを通り越して、感心しましたね。だからこそなのか、「非現実的だ」と批判する人が多い。これは非常に残念です。

麻生 日本人は、軍事というものの現実と向き合うことが少ないのかもしれません。戦後に忘れてしまったのかもしれない。警察なら、人質救出作戦でも突入する警察官の安全も同時に考慮しますが、軍の文化は違います。アフガニスタンでも、アメリカの特殊部隊は消耗戦をやってきたわけです。だけど戦後の日本人は、性善説的平和主義にどっぷりとつかって、楽観主義に呪縛されている。日本国憲法で「戦力は保持しない」と規定され、「人命は地球より重い」という言葉を頭に刻み込まれてきた。軍事には真剣に向き合ってはいけないという一種の拒絶感を持たされ続けてきたのかもしれません。“向き合う”とは、シンパになるということではない。真っ白な気持ちで、軍事という世界を見つめることです。そのことからさえ、隔絶されてきた感があります。

 僕の中にそのことへの違和感がずっとあって、軍事というものを真正面から取り上げてみたかったんです。それで、伊藤さんたちの部隊をモデルとして小説にしたわけですね。

 そこで分かったのは、伊藤さんたちの海自特別警備隊は発足して僅かな間に、各国の特殊部隊の中でも相当な精鋭と評される組織になったにもかかわらず、日本では本当の居場所がなかったということです。伊藤さんはそれで自衛隊を辞めて、ミンダナオ島に行かれている。それで、小説の舞台も主に海外に設定しました。小説ですら日本を舞台にできない。そんな日本の現実を本当は知ってほしかった気がします。

伊藤 小説のほうが現実的で、現実世界は非現実的って感じですね…。