佐々淳行(初代内閣安全保障室長)

 日本国民の願いも虚しく、最悪の事態となってしまった。日本政府の努力を多とするも無念である。「自己責任の原則」をすべての海外ボランティアは厳守しなければならなくなった。

 「イスラム国」とは、自称国家にして国家にあらず。テロリスト集団としてその宗教的なイスラム教における系譜も定かでない、原理主義的で暴力的なまるでトロツキズム集団である。

あるまじき妥協と屈辱的譲歩


 これまでの私の経験では、日本赤軍による一連の事件(よど号、ドバイ、シンガポール、スキポール、クアラルンプール、ダッカなど)のうち、ダッカ(バングラデシュ)を除く事件を警察庁警備局外事課長として事件処理にあたった。よど号事件からスキポール事件までの間、身代金を支払ったことは一度たりともなかったし、獄中の赤軍派などのテロリストらをひとりも釈放していない。
後藤健二さんの殺害映像がインターネットに
投稿されたことを受け、記者団の取材に応じる
安倍首相=2月1日、首相官邸
 しかし、クアラルンプール事件とダッカ・ハイジャック事件では、三木武夫・福田赳夫2人の自民党の首相や自民党の閣僚によって、国家レベルの人質誘拐身代金事件において独立主権国家にあるまじきテロリストへの妥協と屈辱的な譲歩がなされた。一つは、獄中の赤軍同志である政治犯釈放(あさま山荘・三菱重工爆破事件)であり、もう一つは思想政治犯でない殺人犯の釈放であった。

 「人命は地球より重い」という誤れる政治理念で11人を超法規的措置で釈放し、凶悪なテロリストを解き放ち、国際社会の信頼を著しく失った。加えて、ダッカ事件では犯人の600万ドルという巨額な身代金要求に対して、当時、日本国内には米ドル紙幣が200万ドル分しかなかったのに、相手の要求通り600万ドルにするために不足分の400万ドルをアメリカから緊急空輸した。そして、バングラデシュ国民の目の前で、600万ドルのキャッシュを赤軍に渡してしまったのだ。

 その結果、バングラデシュ国民の激しい批判を浴びて、軍によるクーデターを起こされてしまった。空軍司令官は空港管制塔で反乱軍によって暗殺された。

 釈放時に日本はパスポートを発給し、勾留中の作業手当まで支払ったという。まさに盗人に追い銭であった。三木・福田内閣とはそういう内閣だった。

日本が支持したサミット決議


 日本国政府はサミット国の一員として、1988年のトロント・サミットに竹下登首相が参加した。そのサミットで、英国のサッチャー首相がサミット決議として提出をした「ノン・テークオフ」決議(サミット国内で発生したハイジャックは飛び立たせることなく自国の責任で処理する)に対し、英米加の3カ国と独仏伊の3カ国に意見が分かれ、3対3のスプリット・ボートとなり、日本の竹下首相にキャスチング・ボートが握らされることになった。

 竹下首相にアドバイスを求められた私は、「サッチャーを支持して、アングロ・サクソンにつくべし」「第二次世界大戦の時、日独伊三国同盟で日本は負けたでしょう」と意見を述べたところ、竹下首相はこの意見を採用して、サッチャーに投票した。今回の人質事件において、日本はこの決議に賛成したのだから、道義的には身代金を支払う事は到底許されない。

成長した日本の「対応」


 安倍晋三首相のテロへの際立って毅然(きぜん)とした陣頭指揮は高く評価される。オバマ米大統領をはじめとする先進諸国首脳との電話会談など、危機管理宰相として頼もしい限りだ。「極めて卑劣な行為であり、強い憤りを覚える」と怒りを露(あら)わにし、テロに屈しない国家であることを強く主張してきた。

 人質になった湯川遥菜、後藤健二両氏のご親族も、政府に対して最善の努力をしてほしいと懇請しつつ、政府や国民に対して感謝をし、迷惑をかけていることのお詫(わ)びをしている。約10年前のイラク人質事件のときに最善の努力をしていた小泉純一郎首相を被害者親族が声高に罵(ののし)ったのと比べると大きな成長だ。これは、外交一元化・政争は水際で止まるという欧米的な進歩であり、10年以上もの歳月は、日本国民・与野党、マスコミも成熟させた。

 真の海外ボランティアとは、政府や国民に迷惑をかけない心意気が必要だ。これはジラク(日本国際救援行動委員会)の理事長として二十数回の海外遠征を経験した私からの提言である。

 「飛耳長目」とは、松下村塾の吉田松陰が大切にしていた言葉と聞く。山口は安倍首相の故郷である。遠く離れた地の情報を見聞きして収集するという意味の言葉で、内外の情報を収集する機関を表現するのにぴったりの言葉だ。

 しかし現実の日本には、首相直属の積極的情報機関がない。高度な情報能力を有する米CIAや英MI6、独BND、仏DGSE、イスラエル・モサドなどの情報機関に全面的にいつまでも頼っていてはいけない。今回の事件とアルジェリア事件で、首相直属の内閣情報宣伝局(仮称)の創設の必要性を思い知らされた。