「事実」と「報道」との乖離


 平成22年11月4日を境に私のメディアに対する認識は一変しました。なぜそうなったかと言いますと、それまでは一視聴者であり一読者であった私の言動が、その日を境にテレビ画面や新聞紙面を賑わすようになったことで「本当の事実」と「事実として報道されるもの」との間に乖離があることを知り、メディア報道の真実が何たるかを肌で実感したからです。無論、これをもってメディア全てが分かったなどと大上段に振りかぶるつもりはありませんが、少なくとも、稀な経験をした者としての視点からメディアを語ることはできるようになりました。今回、それが一人でも多くの読者のリテラシー向上に寄与するのであればと思い筆を執った次第です。

 私が関わったあの事件から三年が経ち、記憶が薄れている読者も多いと思いますので、まずは簡単な経緯を振り返っておきます。

9月7日 中国漁船が、尖閣諸島沖の領海で海上保安庁の巡視船2隻に体当たりする

9月8日 海上保安庁が中国漁船船長のみ、公務執行妨害の疑いで通常逮捕

9月13日 船長以外の乗組員帰国。漁船返還

9月25日 中国漁船船長、処分保留のまま釈放。中国政府手配のチャーター便により帰国。

11月1日 6分50秒に短く編集された事件に関する映像が一部の国会議員にだけ公開される


YouTubeに投稿された、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオ動画
 そして11月4日、私は、海上保安庁が撮影した約44分間の動画をインターネット上に誰でも閲覧できるようにアップロードしました。その結果、動画の内容そのものよりも私自身のことが暫くの間トップニュースとして世間を賑わせ、私は当事者としてメディアと関わるようになり、多くの事に気付かされるようになりました。以下、それらを具体例に基づいて述べていきます。

 インターネットの普及によって多くの人が気づいてきたとは思いますが、メディアは、客観的に見て国民が知るべきことを必ず報道するとは限りません。全く報道しないケースもありますが、事案の重要性に反しさらっと報道して済ます場合もあります。それは、新聞であれば紙面の隅々まで読み込まなければ分からないくらい小さな記事を掲載し、テレビ(NHK)の場合なら、本来夜7時か9時のプライムタイムに全国ニュースで報ずべきところを、その前のローカルニュースで簡単に触れ、メインのニュースでは放送しないというような方法です。これはインターネットが発達したため、後から全く報道しなかったという批判を逃れるために言い訳程度には報道しなければと考えた上での行動なのかもしれません。

 このような手法でたった1回報道されただけでは、全く報道されなかったのと大差なく、多くの人は気にも留めません。メディアも本当はどの程度の頻度で報道すれば、どれくらいの人々に伝わるかという事を知っているのです。その証拠に地震や台風、大雨などの災害報道は国民の生命に関わるので、予定されていた番組の内容を変更してまで繰り返し放送します(すこし横道に逸れますが、今日のデジタル放送技術やインターネットの普及状況を鑑みれば、公共放送を名乗るNHKは、災害情報など視聴者が必ず知るべき情報をパソコンのメールソフトにある「メールの開封確認」機能のように視聴者が受け取ったかどうかを確認するシステムなどを構築し、視聴者に対してできるだけ正確な情報を確実に伝達することも一考する価値はあるのではないでしょうか)。

 話を元に戻しますと、確かに人間は自分の主張に沿う報道が少ないと「どうして報道しないのか」と不満を持ち、逆に自分の意に反する報道が頻繁になされると、「偏向だ」と、これまた不満を持つ厄介な生き物です。その上、日本の大多数のメディアはスポンサーによって経営が成り立っているため、絶対的に公正中立な報道など行えるはずもなく、視聴者、読者がある意味偏りを感じるのは仕方のないところなのです。

 さらにメディア各社は営利企業であるため、報道材料を売り物になるか否かという価値判断で選んでいることも事実です。この点に関しては、我々が「つまらない記事は読まない」「つまらない放送は見ない」という事を徹底して行えば自然と良質な報道が行われるようになるので、私たちの自覚次第です。

 問題は、メディア各社が自らは如何にも絶対的に公平中立であるように装い、ある一定の方向に世論を誘導するかのような報道を行っていることです。特定のスポンサーがないはずのNHKにおいてもそのような報道、しかも日本を貶めるかのような反日報道が行われていることは大問題であると言わざるを得ません。スポンサーである受信料を支払っている多くの日本国民の利益に反することを、もし意図的に行っているのであれば、NHKの存在意義に関わる大問題です。この点に関してはNHKに説明責任があり、疑惑を持たれるような放送はすべきではありません。

 確かに受信料を支払っている多種多様な人たちの全ての意見を取り入れることは不可能であり、受信料を支払っている人たちの中には外国人もいるでしょう。しかし日本唯一の公共放送であるNHKは、最低限日本国民が知るべきことは放送しなければならず、逆に事実を曲げてまで日本人が特定の国に必要以上の好意または悪意を抱くような放送はすべきではありません。

 いずれにしろ、ある特定の意図をもって報道する内容を選んだり、一方的なものの見方に偏って報道したりするようなことはあってはならないことですが、最近の各メディアの報道姿勢を見ていると、残念ながらそのようなことが行われている節が見て取れます。特に特定秘密保護法案に関し、メディア各社がやたらと「知る権利」という言葉を錦の御旗代わりに乱用しているのを見ると、自分たちが差配している「知る権利」を政府にとられるのが嫌だから反対しているような印象すら感じます。

報道されなかった中国の「侵略合法化」の立法


 では具体的に、あの事件に関し何が報道されなかったのかという事を検証していきます。私は、新聞、テレビ放送、雑誌などの全てに目を通すことは不可能なので、何が報道されなかったのかという基準を、自身の主観に置くことをあらかじめ申し上げておきます。また先に述べたように事案の重大さにもかかわらず、それに見合った報道がなされなかった場合も、全く報道されなかったと同様に扱わせていただきます。

 まず漁船体当たり事件から6か月前の平成22年3月1日、中国は「中華人民共和国海島保護法」という法律を施行しました。一言でいえば「中国領土の住民のいない島は国が所有し、国務院が国を代表して所有権を行使する」という法律です。しかも中国は、平成4年に制定した「領海法」により尖閣諸島は中国領土であると定めています。つまり、中国はこの法律を施行することにより尖閣諸島全島を国有化したのです。この時、一部の新聞を除き、NHKをはじめとするメディアはこの事実を大きく報じることはありませんでした。

 ところが、平成24年に我が国が尖閣諸島全5島のうち3島を国有化(既に1島は国有地)したときは、どうだったでしょう。同年4月に東京都の石原慎太郎知事(当時)が購入を表明した時点から大騒ぎを始め、中国の国有化の際の報道とは比べ物にならないくらいの過熱報道でした。

 普通に考えれば、日本国内の土地を地方公共団体や国が買い取るという話と、他国が我が国の領土を勝手に国有化したという話では、後者の方を国民に広く正確に知らせるべき重要なニュースだと思うのですが、NHKをはじめとするメディアの認識は違うようです。

 その結果、日本を侵略することを合法化するような法律を施行した張本人である温家宝首相(当時)が来日(平成22年5月)した際、政権与党の民主党のみならず何も事実を知らされていない日本国民の多くは、これ以上ない持て成しぶりでメディアも挙って日中友好をアピールしました。これでは中国側から見れば自分たちが尖閣諸島を国有化したことに、「日本国民は何の不満も抱いていない」「もっと過激な行動をとっても大丈夫かもしれない」という、ある種の誤解を抱かせたとしても不思議はありません。その結果が今日の日中関係に繋がっているのだとすれば、メディアの罪は大きいと言わざるを得ません。なぜならばメディアがこのときに日本国民に事実を知らせておけば火種の小さいうちに問題が顕在化し、今とは違う結果になっていた可能性が高いからです。

 更に、この年の7月に中国は、もう一つ重要な法律を施行させました。それは「国防動員法」で、一言で表すと「有事の際に軍務を優先し、国家と軍が民間人や物資を統制する」という法律です。この法律が日本にどんな関係があるのかというと、二つの大きな問題があります。一つは中国本土に進出している日本企業が、有事の際に中国政府や軍の管理下に置かれ戦略物資の準備と徴用、軍関連物資の研究と生産に従事させられるということです。彼らの「有事」というのは規定が曖昧で、チベット、ウイグル、モンゴルをはじめとする少数民族の民主化運動に対する弾圧の際に利用される恐れもあります。これについてもメディアは企業の中国進出を煽る反面、法律施行当時、ほとんど報道しませんでした。

 もう一つの問題は、この法律の対象者が中国の国内外に居住する18歳から60歳までの男性と、18歳から55歳までの女性であることです。当然、日本側が把握しているだけで70万人近い在日中国人も対象となり、仮に尖閣諸島を巡って日本と中国が衝突すれば、中国本土でしばしば発生する反日デモのような騒擾が日本各地で起こりかねません。現に平成20年に長野で行われた北京オリンピックの聖火リレーにおける暴動では、数千人の中国人が同一規格の中国国旗を集団で振りかざし、あたりかまわず暴行したことから考えても、決して杞憂ではありません。

 にもかかわらずNHKをはじめとするメディアは、中国(本当はチベット)のパンダに関するニュースに比べ、日本の安全保障にとって重大な脅威となるこのような事実を積極的に報道しません。このような報道姿勢を続ける限り、NHKは日本で唯一の公共放送であるにもかかわらず、その目的である「公共の福祉と文化の向上に寄与する」に反するばかりか、放送法第4条第2項「政治的に公平であること」に違反していると疑われても仕方がないでしょう。

漁船体当たり事件において報道されなかった事実


 平成22年9月7日の漁船体当たり事件は、今なお突発的に起こったかのように報道されていますが、それは間違いです。この年は前述した2法案だけではなく、9月7日以前の客観的な数字を検証すれば、中国の尖閣諸島に対する領土的野心が露になってきた様子が明らかに読み取れます。その一つが、海上保安庁が発表した尖閣諸島付近の日本領海内での中国漁船に対する立ち入り検査の件数です。平成20年0件、平成21年1件であったのが、平成22年になると9月までに限っただけでも14件と激増しています。14件という数は少なく感じられるかもしれませんが、通常、海上保安庁の巡視船艇は尖閣諸島の領海内にいる中国漁船に対しては、単に領海外へ退去するよう求めるだけで、相手がそれに従えばそれ以上のことは行いません。度重なる巡視船艇の退去指示に従わないケースだけが立ち入り検査を受けるのです。つまり過去2年間はほとんどいなかった極めて悪質な漁船が、なぜか平成22年には急増したという事で、9月7日に巡視船に体当たりした漁船はそのうちの1隻にすぎなかったというわけです。

 もう一つは、東シナ海の我が防空識別圏に国籍不明機(中国機)が接近すると、那覇の航空自衛隊が緊急発進してその航空機に向かいます。これをスクランブル発進と言います。この件数も平成19年から21年までは年間三十数件であったのが、22年には約3倍に跳ね上がりました。これらの数字を客観的に見れば、平成22年が単に中国漁船が巡視船に体当たりしただけの年ではないことが分かるのですが、私の知る限り、これらが体系的に報道されたことはありません。故に、多くの国民が中国の意図に気づかず、単なる乱暴狼藉に対する憤りで終わってしまってるのが現状です。

 前置きが長くなりましたが、平成22年9月7日に起きた事件の報道がいかに間違っていたのかを今から説明していきます。

 1、逮捕容疑に疑問を持たなかったこと
 尖閣諸島久場島沖の日本領海内(北北西12キロ)で、中国漁船が漁網をあげていたのであれば「外国人漁業の規制に関する法律」(外規法)違反であることは間違いないのですが、逮捕容疑は「公務執行妨害」でした。外規法も公務執行妨害も懲役3年以下なのですが、罰金額に大きな差があります。外規法は400万円以下、公務執行妨害は50万円以下と8倍の開きがあります。しかも、外規法によれば、犯人が所有し、又は所持する漁獲物等を没収することができるようになっています。この逮捕劇は、あらかじめ軽い罪で幕引きを狙う意図があったのにもかかわらず、メディアは政府発表をそのまま垂れ流したにすぎません。このようなことは、少しでも密漁などの知識があれば分かるはずなのですが、全社揃って疑問を呈しないというのは知識がなかったのか、政府に言われるままの報道をしていたのかのどちらかです。もっと言えば、中国漁船が巡視船の停船命令に従わなかったという事実をつかんでいるのであれば「漁業法」、中国漁船が故意に巡視船に体当たりしてきたのであれば「往来危険」の疑いが濃厚であるにもかかわらず、日頃別件逮捕だとうるさいメディアが、当局発表の「公務執行妨害」容疑だけで納得していたのは何か理由があるのでしょうが、今も謎です。ちなみにこの中国漁船に積まれていたと思われる日本の領海内で違法操業することによって得た漁獲物(日本国民の財産)と漁船の船体は、本来没収すべきであったにもかかわらず中国に返してしまいました。しかし、これに疑問を呈するメディアも1社もありませんでした。

 2、逮捕に要した時間が長すぎることに対する疑問
 中国漁船が巡視船に1回目の体当たりをしたのが7日午前10時15分ころ、2回目の体当たりが同日午前10時56分ころ、中国漁船が停船して海上保安官が乗り込んでいったのが午後1時前であるにもかかわらず、中国人船長を逮捕したのはそれから約13時間後の翌8日午前2時3分でした。13時間もの間、漁船の船内で何が行われていたのかを追及することもなく、人権問題にうるさい日本のメディアがこの間逮捕もせずに中国人船長を拘束していたと思われることに対して何の疑問も呈しなかったことにも違和感を覚えざるを得ません。

 3、9月8日の夕刻時点で船長以外の乗組員14人全員を立件しないとの報道
 この報道がなされた時点では、漁船および乗組員は、石垣港に入港していなかったので、通訳もろくにいない洋上では十分な事情聴取を行えたとはとても考えられません。違法操業を一人で行うことは困難で、乗組員全員が共犯である可能性が高いにもかかわらず、早々と船長以外の乗組員全員の立件を見送るという事は、この事件は捜査機関が捜査を行う前から「最初に結論ありき」であったことが容易に推測できます。つまり、当時の政府首脳は犯罪事実に関係なく「逮捕者は最も軽い罪で一人」と決めた一方で「国内法を粛々と適用する」などと二枚舌を用いて国民を騙したのです。それなのにメディアは、それをそのまま垂れ流し国民を欺く共犯者として政府の広報機関と化していたのです。

 4、「中国の反発必至」などといかにも日本が悪いことをしたかのような報道
 わが国の領海内で起こった事件であるにもかかわらず、中国の顔色を窺うような反応で、尖閣諸島については「中国が領有権を主張している」などと、どこの国のメディアか分からないような表現で中国の肩を持ち、彼らが文句を言うのが当然だと言わんばかりで、中国漁船がいかに悪質であったかという報道はなされませんでした。その後の中国の反発に対しても、その傍若無人ぶりを批判するより「日本国民は冷静に」と呼びかけ、ひたすら日本側の自制を促すような、ここでも一体どこの国のメディアか分からない報道姿勢でした。

 それが露骨に表れたのが10月2日に日本全国30都道府県で行われた「中国の尖閣侵略に抗議」する国民有志のデモに対する報道でした。事前に主催者側が国内外のメディアを問わず大々的に周知したので、中国を含む15カ国以上のメディアが配信したり報道したりしましたが、肝心の日本では、NHKをはじめとするテレビ局、新聞社ともに報道はおろか、まともに取材すらしませんでした。この「報道しない」という姿勢に多くの国民から非難が浴びせられたからか、あるいは中国国内でこのデモに反発した反日デモが起きたからか、10月16日以降の抗議デモについては報じられるようになりましたが、その内容は相変わらず日本側の対応に問題があるかのような印象でしかありませんでした。

 この頃の日本のメディアは、日中が揉めたときに突如として中国国内に親日派が現れるというパターンどおりに、「中国における親日派(?)である胡錦濤が国内の強硬派から突き上げを食らって引くに引けなくなっている」「親日派(?)の胡錦濤は習近平に後継を譲り渡すために強硬姿勢を崩せない」などと、中国国内の日本側が勝手に創り出した親日派のために日本は強硬な態度をとらずに、中国の言い分を容れた方が国益になるというような、おかしな理屈で日本の世論を鎮めようと躍起になっていました。さらに、「中国から日本への旅行者が減った」「レアアースの輸入が止まって大変だ」などと、さも日本が中国を怒らせると日本経済が立ち行かないかの様な報道が繰り返しなされましたが、実際は日本から中国への渡航者数のほうが中国からの渡航者より2倍以上も多く、レアアースも相当量が日本国内に備蓄されていたので、膠着状態が長引けば長引くほど、日本より上海万博開催中の中国の方が困ったはずでした。

なぜ「中国の尖閣侵略」という視点で報道できないのか


 当時は、このように日本国内で「日本が悪いのだから中国の横暴もやむなし」というような報道がなされても、肝心の物的証拠が公開されないため、国外メディアも「本当は日本が悪いのではないか」という論調に変わっていきました。そのようなタイミングで、私が、その物的証拠をインターネット上にアップロードしたのですが、私がインターネットを選んだことや、当初海外メディアを選んだことについて色々と言われ誤解されているようですが、当時の私が最も恐れていたのは計画が事前に発覚することでした。日本のメディアを全く信用していなかったわけではないのですが、万が一という事を考え、0・001%でも発覚の可能性が低い方をと海外メディアを選び、最終的には自分ひとりで完結できる方法を選んだのです(余談ですが、事件後、私がメディアの取材を受けるようになってから複数のテレビ局の人に、「私が事前に○○さんのところに動画をもっていったら放送してくれましたか」と訊いたところ、「必ず放送した」と答えた人は一人もいませんでした)。

 アップロード後、私が最も驚いたのは、その情報拡散速度の速さです。結果が出た今でこそ、良質な情報であれば「You Tube」にアップするだけで広がって行くというふうに言いきれますが、当時の私は、最悪の場合は数週間も誰にも気づかれず放置される恐れがあると思っていましたので、これは嬉しい誤算でした。

 次に驚いたのが、あれだけ政府に映像を公開せよと迫っていたメディアが一斉に「国家機密を漏洩させたのはけしからん」「国の情報管理はどうなっているのか」というふうに、映像の中身はそっちのけで犯人探しに躍起になったことです。私は、当初からタイミングを見て名乗り出る予定でしたが、この異常な報道を見て「名乗り出る時期を誤ると問題が情報管理にすり替えられかねない」と危惧しました。結果はその通りになってしまいましたが、私は誰かに認めてもらおうと思っていたわけではないので、メディアの、まだ見ぬ私に対するバッシングなどは平気でしたが、ほとんどのメディアが問題の本質である映像の中身そのものに対しては「中国は、酷いことしますね~」程度の底の浅い議論に終始したことは残念でなりませんでした。

 この事件については、前述のように海島保護法が施行されてからの中国の動きを見れば、偶然やってきた漁船が単に巡視船にぶつかっただけのものでないことは分かりそうなものですが、大手メディアでそのような観点で取り上げた人は私の知る限りはいませんでした。

 本来NHKをはじめとする大手メディアは、この事件を「中国の尖閣諸島侵略」という視点で報道すべきであったのに、それが今でもなされていないために多くの国民がいまだに中国に対する真っ当な危機感を抱いていません。それどころか「日中関係が悪くなったのは当時の石原都知事が尖閣諸島を買い取ると言いだしたからだ」「日本が国有化したから中国が怒るのだ」という中国政府の言い分をそのまま信じこんでいる人も多く、日本は中国の情報戦に完敗していると言わざるを得ません。それは、公共の情報発信機関としてのNHKが「公共の福祉の向上に寄与する」という日本国民への役割を果たしていない事の証でもあります。

 今から、それを具体的に指摘します。平成23年3月16日、中国国家海洋局所属の艦船が尖閣諸島の領海を侵犯し、その5日後の3月21日に中国国家海洋局の海監東海総隊責任者は、3月16日に行われた尖閣諸島周辺での海洋調査船の活動について「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」であると明言しました。この発言の趣旨は「今から定期的に中国公船が尖閣諸島付近をパトロールし、日本の実効支配を打破して自分たちが島を奪う」という事です。このような中国政府実行部隊高官の「侵略開始宣言」、受け取り方によれば「宣戦布告」ともとれるような発言に対して、NHKをはじめとする日本の大手メディアはそれに見合った報道を行いませんでした。多くの国民がこの事実を知らないため、その後の石原前都知事の尖閣買い取り宣言や日本政府の国有化が今日の日中関係悪化の原因だと思い込んでしまっているのですが、客観的な事実としては、この時点において既に今日行われている中国公船の尖閣諸島付近への常時派遣は決まっていたのです。

 更に言えば、その翌月に石原都知事が「東京都が尖閣諸島を護る」と宣言したことによって中国公船はその後3か月もの間姿を現しませんでした。東京都の買い取り宣言は中国の尖閣侵略に対する抑止力になっていたことが分かります。むしろ、日本政府が買い取ると言いだしてから、再び中国公船が日本の領海内に侵入してくるようになったのです。決定的だったのが、8月に魚釣島に不法上陸した香港の自称活動家を無罪放免にしたことで、これが「日本政府は東京都と違って我々に何もしてこない」という中国政府の侮りに繋がって、9月11日以降、中国公船による尖閣諸島の領海侵犯の常態化をもたらしたのです。確かに国有化を機に中国公船が尖閣諸島付近に常駐するようになりましたが、それは日本国が買い取って中国のメンツがつぶれたという理由ではなく、東京都が購入すれば中国の出方次第で島に建造物を建てたり、船溜りをつくったり、何をするか分からないので慎重になっていたところ、日本政府が買い取ったので、ならば今までどおり何をしても大丈夫だと安心して領海侵入を繰り返すようになったという事です。このような事実を報道しないNHKをはじめとする日本メディアは中国の情報戦に加担しているのではないかと疑りたくもなります。

国民の「知る権利」とメディアの恣意性


 あの事件に話を戻すと、私がテレビを見ていて思わず笑ったのは、真顔で「この国家機密を誰が?」などと叫んでいるキャスターの背後の画面に、その国家機密が堂々と流れている光景です。私は思わず「わしが犯人やったら、あんたらも共犯なんやで」とテレビ画面に向かって突っ込んでしまいました。あれだけ多くの人がテレビ番組の制作にかかわっているのに、この矛盾に誰ひとり気づかないことが不思議でなりませんでした。私の口から言うのも何なのですが、この時私が行ったことは、本来メディアが取り組むべきことではなかったでしょうか。それを棚に上げての犯人探しは滑稽というか、私には茶番劇にしか見えませんでした。そして今、当時は映像の公開に反対し、情報漏洩には厳しく対処すると言っていた政治家や、自称ジャーナリストを含むメディアが、挙って「特定秘密保護法案」に反対しているのは喜劇を見ているようです。当時、誰が情報の隠蔽を追及して国家秘密に迫る様な取材をしたというのでしょうか。残りの映像を公開せよと強く迫ったメディアはあったでしょうか。いまだにあの動画は「誰が」「何のために」秘密にしたのかという事すら明確になっていない状態で「知る権利」などと叫んでいる人たちを見ると、つくづく日本は平和でおめでたい人たちが多いなと思ってしまいます。

第5管区海上保安本部から出て記者に囲まれる一色正春・元海上保安官=2010年10月22日(甘利慈撮影)
 また、11月10日に名乗り出てから7日間、私は神戸の合同庁舎内に事実上拘束されましたが、この間、法的には拘束されていないはずの私に対してまともに取材を試みたメディアがあったでしょうか。当局には、私との接触を禁止する法的権限などないにもかかわらず、私の自宅に大勢で押しかけ、まるっきり事情を知らない家族を一歩も外出できないようにして、私がいる庁舎の駐車場を占拠するかのようにテレビの中継車を並べただけで7日間一体何をしていたのでしょう。私が24時間監視され、連日10時間以上の取り調べを強要されているにもかかわらず、当局の「本人の希望」という言葉を鵜呑みにして何もしてこなかったのではないでしょうか。常識的に考えれば、自らそのような境遇を望む人間が、いるはずもないことは分かりそうなものですが、まさか即座に解任した弁護士の言い分を、そのまま鵜呑みにしていたのであれば、驚きを禁じえません。

 いずれにしろ、捜査当局が私とメディアの接触を極端に嫌がっていたことは事実であり、私が考えた方法をもってすれば接触は可能であったと思うのですが、誰一人そのようなことを試みることもなく、メディアは結果的に捜査当局の意に従ったようなことしかできなかったのです。後で知ったのですが、マスコミ各社は、それどころか当局がリークする虚偽も入り混じった私にとって不利な情報ばかりを垂れ流していたのです。表面上は精一杯取材しているふりをしながら、各社横並びで無理な取材はしなかったというのが当時の報道の実態なのです。ですからこの事件以降、私はテレビや新聞のニュースをそのまま信じないようにしています。

 庁舎から解放されても、マスコミ各社の横並び姿勢は変わりませんでした。特にそれを強く実感したのは偶然入手した神戸海運記者クラブから第五管区海上保安本部宛の抗議文を読んだ時でした。そこには、本来毎月開かれるべきで定例記者会見が2カ月にわたって一度も開かれない海上保安庁側の言い訳として「現段階で記者からの質問に回答することができない」とだけ書かれており、それに対し記者会見を予定通り開催することを強く希望する、というような通り一遍の内容しか書かれていませんでした。本当に記者会見を開いて、日頃自分たちが錦の御旗としている「国民の知る権利」に応えようと思うのであれば、その記者会見を開かないという事自体を広く報じて問題にすべきだと思うのですが、結局は当局との馴れ合いで、とりあえず形だけ抗議しておこうというような印象しか受けませんでした。一方で現場の記者たちは私の自宅に手紙を入れるなど色々と工夫したようですが、当時はこちらから連絡を取ることはできなかったので、何らかの別の方法でやってくれればと思っていました。

 私が退官した日、一斉にメディア各社が群がってきましたが、その質問は稚拙でどこの社も似たり寄ったり。自分から進んで話すことができない立場の私としては非常にもどかしく感じたことを覚えています。なにしろ、質問の内容が皆同じで予測できるわけですから、聞かれる前に答えていたくらいです。それに多くのメディアは、最初から頭の中で記事が出来上がっているのか、初めに結論ありきの姿勢で、私が意に沿わない答えをするとしつこく訂正を求めてきたものです。

 私が自由にテレビや新聞を見ることができるようになってから、明らかにおかしいなと感じたのは、私が捜査対象になっている理由が「捜査情報を公表した司法警察員」であったことでありながら、事件の捜査情報である「私の取り調べ情報」がそのまま報道されていることでした。おそらく捜査当局がリークしたのでしょうが、これは、例えて言うと泥棒の取り調べをしている警察官が、その泥棒の財布から小銭を抜き取る様なものです。どうして皆このおかしな状況に気づかないのか不思議でなりませんでした。しかも、私が言っていないことを含む、私に不利になる様な情報ばかりが報道され、私にはそれに反論や弁明の機会すらなかったのです。このようなことは、この事件以外にも行われているはずです。私はその時、こうやって冤罪が作られていくのだなと実感しました。普段「冤罪はいけない」などと叫んでいるメディア自身が、その片棒を担いでいることを自覚してほしいものです。

 私はこのような経験から、退官後にメディアのインタビューを受ける際、現場の記者に私のメディアに対する疑問をいろいろとぶつけてみるようになりました。すると現場記者のほとんどは、その場で私の意見に賛同するのですが、いざ世の中に発信される段階になると「なんだこれは!」と思うほど内容が変わっている事が多々あります。それについては、現場記者よりも会社のデスクに座っている人の方が偉く、映像を編集し直されたり記事を書き直されたりするのだと聞きましたが、直接取材をした人間より、社内の立場が強いからといって何も見ていない人間が、社の方針やその個人の考え方で報道内容を変えるようでは、誤報や偏向報道はなくなることはないと感じました。

 最後に私がNHKの職員にインタビューを受けた時の話をしておきます。私は、「毎年NHKは8月になると戦争云々の似たような番組を放送するが、一体NHKの放送の原点は何ですか」と訊いたところ、「あの戦争は間違った戦争であり、二度とあのようなことをしないために戦前の日本を全否定することです」との回答でした。これはその一職員の考え方なのでしょうが、NHKに限らずマスコミ全体、というより戦後日本の自虐史観を真面目に勉強してきた高学歴の人たちに共通のある種の正義感なのだと思わされました。と同時に、事実に基づいた歴史教育の重要性を今更ながら感じたものでした。