藤和彦(世界平和研究所主任研究員)
 1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。11年から現職。著書に、『日露エネルギー同盟』(エネルギーフォーラム新書)、『シェール革命の正体』(PHP研究所)など多数。

ジャンク債市場の崩壊


 「原油価格急落がなぜ次のサブプライム危機のきっかけとなりうるのか」

 2014年12月3日の米ニュースサイトの『ビジネスインサイダー』は、上記表題の記事のなかで「原油価格急落による米国のジャンク債市場の崩壊が、次の金融危機の引き金となる」との警告を発した。

 ジャンク債とは、低格付けのデフォルトリスクの高い債券のことであり、その投資の性格はハイリスク・ハイリターンである(「ジャンク」とはがらくたや紙くずという意味)。

 1970年代の米国で将来のキャッシュフローに焦点を絞ることにより投資リスク判断の精度を上げる手法が確立されたことから、「ジャンク債」市場は徐々に成長し、30年かけてその規模は1兆ドルになった。1980年代に「ジャンク債の帝王」と呼ばれたマイケル・ミルケン氏は最近再び脚光を浴びているが、「1970年から2000年にかけて『ジャンク』企業は6200万人の雇用増をもたらした」として、ジャンク債のことを「繁栄の方程式」と称賛している。

 ジャンク債のデフォルト率は、リーマン・ショック直後10%を超えていたが、ここ数年2%という低いデフォルト率が続いている。

 これに目を付けたのがリーマン・ショック後の低金利で運用に苦しむ投資家たちで、高リスクだが利回りの高いジャンク債が飛ぶように売れるようになり、「ジャンク債でも危険はない」との見方が定着しつつある。リスク分散化のためのCBO(注)も開発されたため、ジャンク債市場の規模は直近の7年間で2倍となり、2兆ドルに急膨張したという(注:CBOとはCollateralized Bond Obligationの略称であり、社債担保証券と訳されている。リスクの高い債券を束ね、破綻時に優先返済するものを高い格付けにし、破綻したら返済しないものを低い格付けにするなど格付けごとに輪切りにした債券だが、2014年の年間販売額は史上最多の1000億ドルに達するといわれている。サブプライムローンの場合、CDC=Collateralized Debt Obligation、債務担保証券が多数組成されたことが金融危機の要因となったが、CBOの組成に関与する金融機関は「リーマン・ショック前より担保審査が厳格化したのでバブルではなく問題はない」としている)。

 ジャンク債の発行は2014年11月末までに3440億ドルに達し、2013年の3480億ドルを上回り過去最高となる見込みとされていたが、その好調の原因をつくり出しているのがシェール企業なのである。

 シェール企業はリーマン・ショック後の金融緩和のもと、ジャンク債市場で多額の資金を調達し、開発を手がけてきた。2014年10月末時点でシェール企業が発行するジャンク債の総額は2972億ドルで、5年前の約3倍の規模となり、10年前は4%にすぎなかった市場全体のシェアは16%にまで急拡大している。

 しかし、この活況に水を差しているのが昨年半ばからの原油価格の急落である。

 ジャンク債を購入した投資家は原油価格の急落をまったく想定していなかったため投げ売り状態となり、11月下旬には「シェール関連のジャンク債の3分の1がほとんど取引されていない」といわれていた。

 その後、12月に入るとシェール関連のジャンク債が約10%のマイナスリターンとなることが明らかになったため、債券投資家サイドに多額の損失(85億ドル)が生じる恐れが現実化してきた。

 シェール企業はジャンク債以外に2500億ドル以上のレバレッジド・ローン(ハイリスク・ローン)を借りている(ジャンク債と同様「CLO」というかたちで証券化されている)が、2014年12月17日付『フィナンシャル・タイムズ』は「投資家はパッケージ化された証券化商品(CLO)に警戒を持ち出した」との記事を掲載した。資産のなかにどれだけシェールオイル関連のエクスポージャーがあるかわからない、という不安である。

 シェール企業などに重点を置く投資信託と上場投資信託(ETF)への投資額も2014年1月から7月までは前年比約2倍の163億ドルに達し、総資産額は1282億ドルに上っていたが、10月以降資金流出が止まらない状況にある。

 2014年のジャンク債のリターンもプラス2.5%と2008年以降で最も悪く、利回りも前年の507%から7%に急上昇している。

 信用力の低いシェール企業が減収に見舞われるなか債務返済に苦しみ、銀行から与信枠を制限されるとの懸念が深まっているという観測もあったが、当時の原油価格はまだ1バレル当たり66ドルだった。

シェール業界は自転車操業


 現在シェール層を採掘している企業の多くは当初、天然ガスの生産を始めた。しかし供給過剰により米国の天然ガス価格が急落したことから、採算割れに陥ってしまい、苦境を脱するため生産を石油に切り替えた。石油部門から上がる収益で糊口を凌ぎ、ジャンク債市場から資金を捻出することで増産を続けてきたが、かなりの数のシェール企業が今後苦境に追い込まれ、2015年は企業再生案件が増えるため「バンカーらが手ぐすねを引いている」との噂が流れはじめた。

 ジャーナリストの田中宇氏は「米国のシェール開発はブレーキが付いていないトラックが暴走しているようなものだ。シェール革命は米金融界が立案した詐欺であり、主役は石油業界でなく金融業界だ。原油安で儲からないといって減産すると、シェール革命が失敗したと見なされ、債券が売れなくなり、金融が破綻する。シェール業界は原油安でも増産せねばならない」とその「自転車操業」ぶりを説明し、「今後石油相場がさらに下がると、米国のシェール投資が儲からない投資であることが顕在化し、投資が枯渇して業者の多くが連鎖破綻する」としていたが、その後も原油安が進み、12月11日にはあっけなく1バレル=60ドルを割り込み(2009年7月以来で初めて)、「原油価格は自由落下の状態」になってしまった。

 カタールの工業・エネルギー大臣が「世界の原油市場の供給過剰のレベルは日量200万バレルである」と発言したため、モルガン・スタンレーは2014年末に「原油価格は2015年に1バレル=43ドルまで下落する可能性がある」との予測を出した(当時は非現実的な数字と思われていたが……)。

 このようにOPECも打つ手がなく原油価格が下落を続ける状況を前に、2014年末時点でジャンク債バブル崩壊の懸念が一気に高まった。

 その矢先の2015年1月4日、テキサス州のシェール企業が米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請し、経営破綻した(負債総額は5000万ドル)。原油安で想定どおりの売上高が計上できず、先物取引などを用いた価格ヘッジも十分でなかったために、資金繰りが悪化したと見られる。小規模な破綻案件だったが、原油価格急落による信用不安が広がるなかでのシェール企業の破綻のニュースであったため、大きな注目を集めた。

 シェール企業の多くは中小であり資金力が限られることから、その開発費を借入金や社債に頼るケースがほとんどである。シェールオイル開発は在来型の油田に比べてコスト高だったが、過去数年間でコストダウンが進んだため、「シェールオイルでひと山当てよう」とする企業が殺到、収益が上がるよりも速いペースで資金を借りてきた(シェール企業が抱える負債は2010年から2014年9月にかけて約55%上昇したが、同期間の収入は36%しか増加していない)。

 シェール企業の破綻で原油価格が急反発しないかぎり、「中小のシェール企業で同様の破綻事例が出てくる可能性が高い」との懸念が広まり、原油価格が50ドル割れを起こせば、かなりの数のシェール企業がギブアップするのは間違いないとされたため、地方の金融機関が中小のシェール企業に対する融資回収を急ぎはじめた。

 しかし一方で「多くの企業がリスクをヘッジしているため、2015年にデフォルトに陥る企業はそう多くない(JPモルガン)」との見方も出てきている。

 シェール企業はキャッシュフローを確実なものとするため、通常、6カ月から24カ月先までの生産分をヘッジしているが、シェール企業の多くは原油価格下落局面でこれまでのヘッジポジションが期限切れになるのを待たずに利益を確定させ、これにより生じた原資を元に積極的なヘッジの再構築に乗り出し、当初の想定よりも長く掘削作業を続けられる状況にあるという。

 たとえば2014年末に小規模なシェール企業は手元資金を厚くするために、過去に約90ドルでヘッジしていた41.4万バレルの原油を売却して1300万ドルの利益を得たとされるが、この利益を懐に入れる代わりに将来の値下がりに備えるためにいまの価格水準に近いスワップ(あらかじめ決められた条件に基づいて将来の一定期間にわたりキャッシュフローを交換する)とオプション(ある原資産についてあらかじめ決められた将来の一定の日において一定の価格で取引する権利を売買する)を購入する原資に充てる動きが一般的である。

 このため体力のある一部の大手シェール企業は引き続き2015年も高水準の投資を実施する公算が大きく、ノースダコタ州バッケン鉱区やテキサス州イーグルフォードなどコスト競争力の高い優良鉱区に権益をもつ企業も強気の増産姿勢を崩しておらず、効率的な掘削法など技術革新が進み、一つの油井当たりの生産量も向上しつづけている。

 OPEC諸国はシェール企業のヘッジポジションが満期を迎え、価格急落に対する「盾」がなくなる状況が訪れるのを待ち構えていたが、その思惑は外れてしまったようだ。

「米国株式市場は50%下落」


 予想外にしぶといシェール企業だが、落とし穴はないのだろうか。シェール企業の多くは原油価格の下落が当面続くと見ており、生産を維持するためにヘッジにより将来の価格を固定することに躍起になっている。しかしこのような自衛手段は原油価格下落の影響を後ずれさせるだけでなく、「合成の誤謬」が生じて原油先物価格が下がりつづけるという悪影響がある(2013年8月、シェール企業のヘッジが集中したため、WTI先物価格が100ドル超から20ドル以上急落したことが、今回の原油価格急落を加速させた一因であり、今回のシェール企業のヘッジ増加は将来のさらなる原油価格急落につながる可能性がある)。

 いずれにせよシェール企業の抵抗力は意外なほど高いことがわかってきているし、シェール関連の不良債権は5500億ドルと世界の債券市場の規模(100兆ドル)に比べたら微々たるものである。

 しかしサブプライム危機がなぜ起きたかを思い起こせば、背筋が寒くなる。その構図がそっくりだからだ。

 サブプライムローンとは信用度の低い借り手に対する住宅ローンのことだが、米国の住宅価格が下落しはじめたために不良債権化した。しかしサブプライムローンの残高は1.3兆ドルと米国のGDP比で10%であり、1980年代後半から90年代前半にかけて問題が発生した「S&L(貯蓄貸付組合)」の不良債権よりも規模が小さいため危機が生じないと金融関係者は見ていた(S&L危機の原因の一つに、1985年からの「逆オイルショック」があったといわれている)。

 しかし米国におけるサブプライムローン債権は証券化(CDO)されて世界中に売りさばかれたために、サブプライムローン分野で焦げ付きが発生すると、自らが保有する金融資産のなかにサブプライム関連があるかどうか判明しづらかったため、次々と関連のない健全な資産市場にまで悪影響が及んでしまった。

 シェール企業関連の不良債権のジャンク債市場はサブプライムローンの場合よりも小規模であるが、CBOおよびCLOというかたちで世界中にリスクが分散されているという構図は同様である。

 次にサブプライム危機の直接の引き金だが、破綻したリーマン・ブラザーズが関係する6000億ドルに上る債務残高のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ:信用リスクの移転を目的とするデリバティブ=金融派生商品取引の一種で、一定の事由の発生時に生じる損失額の補填を受ける仕組み)契約をどの金融機関が履行することになるかたいへん不透明だったため、当時4400億ドルの規模でCDOを保証するためのCDSを発行していたAIGに支払い請求が集中した。このため、米国政府は世界の金融システムを守るため「破綻金融機関を救済しない」態度を一転させてAIG救済を行なったのである。

 CDS自体はきわめて合理的なデリバティブであり、金融危機にあえぐ日本市場で1999年に最初に本格活用された(当時の想定元本残高は1兆円未満だった)が、その後想定元本残高は急拡大し、2007年末には62兆ドルを超えていた。サブプライム関連のCDSの想定元本残高は1兆ドル強にすぎなかったが、清算機構が未整備だったため、市場がパニックを起こしてしまったのである。

 サブプライム危機の本質がCDSというデリバティブだとしたら、シェール革命が引き起こす危機の本質は先物取引というデリバティブではないだろうか。

 シェール企業の先物取引は値下がり損を防ぐため、逆の空売りをする保険的な操作をいうが、先物市場はゼロサムゲームの世界であるため、シェール企業が儲かる裏側には当然のことながら損失を被るプレイヤーがいる。

 原油デリバティブの市場規模はここ数年で急拡大しており、世界の大手銀行が取り扱う原油デリバティブの想定元本残高は数兆ドルに達しているとする向きもある。

 エネルギー業界でデリバティブに大失敗したケースといえば、2001年12月に破綻したエンロンである。破綻時の負債総額は簿外債務を含めると400億ドルを超えていたといわれているが、その原因は1997年からの原油価格の急落等にあるとされる。

 シェールオイル関連のデリバティブは他のデリバティブと複雑な方程式に基づいて結び付いているため、シェールオイル関連のデリバティブに関係する一つの銀行の失敗が大規模なドミノ倒しを起こし、金融システムの崩壊を引き起こす可能性がある。

 しかもシステムが「複雑系」であるため、そのリスクの実態は事前に把握できないとされている。「1バレル=50ドルを割った影響が5~6月ごろに起きる」とのまことしやかな憶測が出ているが、金融セクターは「予言の自己成就」が起きる世界である。

 グローバリゼーションとは、世界のある「市場」で発生した危機が瞬く間に世界中に拡がる環境のことである。直近の原油安の一因ともなっている「ギリシャのユーロ離脱」問題だが、ギリシャのユーロ離脱の影響は「リーマン破綻ショックの二乗の衝撃度がある」と指摘する専門家がいるほどだ。

 世界のデリバティブ市場はリーマン・ショック後一時減少したが、現在の想定元本残高は約700兆ドルと過去最高レベルである。

 2014年10月以降、米国の著名な専門家たちが「われわれは巨大な金融資産バブルの真っ只中におり、近い将来大爆発が起きる。そうなれば米国株式市場は50%下落する」と恐ろしい予測を出しているが、米国の大企業は、営業利益に加え低金利で社債を発行した資金で自社株を買い戻して自社の株式を高値に誘導することが常態化している。しかし、シェール企業に関するデリバティブ部門での失敗が世界の金融市場に発展すれば、このような錬金術が使えなくなる。

 米国株式市場が暴落すれば、好調を取り戻しつつある米国経済にとって大打撃であるばかりでなく、世界経済は再び不況に陥り、原油価格はどこまで暴落するのか想像がつかない。そうなれば中東湾岸諸国の混乱も必至である。

 リーマン・ショック直後の各国政府は「決済機能を担う金融機関を救済する」という理由で多額の資金を投入したが、今回も同様の対応ができるのだろうか。

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