大阪とラーメンの意外な関係


 古くは「天下の台所」ともてはやされ、今もくいだおれの街を誇る大阪。ところが、意外なことにご当地ラーメンと呼べるものがない。すべての始まりは、そんな素朴な疑問からだった。

 2010年4月、産経新聞大阪社会部の若手記者が意気投合し、ありそうでなかった大阪のご当地ラーメン作りを目指す「ラーメン部」を結成。大阪の食文化やラーメン事情を取材しながら、開発がスタートした。

 大阪が「ラーメン不毛の地」であることを示すこんなデータがある。NTTの電話帳、タウンページに「ラーメン店」として登録されている店舗数を、総務省が公表した最新の住民基本台帳に基づく都道府県別人口で割り、10万人あたりの出店数を比較したところ、大阪府は12.53店で47都道府県中最下位だった。

 トップの山形県(70.44店)に比べると、その数は6分の1にとどまり、東京都(31.26店)とも大きな開きがみられた。

 今や「国民食」とも呼ばれるラーメンが、なぜ大阪では根付かないのか。

 大阪ではお好み焼きやたこ焼きといった“粉モン”に加え、昆布だしの効いたうどんの方が好まれる傾向があるが、日本コナモン協会会長で食文化研究家の熊谷真菜さんは「大阪人が『食』に関して意外なほど保守的だったことも色濃く影響している」と指摘する。

 取材を進める中で次々と明らかになった大阪とラーメンの意外な関係。取材を通じて一つの結論を導き出した。

 それが「甘辛」と「始末」。大阪人には、味が濃いと感じる一歩手前にうまさを感じるポイントがあり、大阪ではそれを「甘辛」と呼んで好まれていること。そして、食材を無駄なく使い切り最高の味を引き出す「始末」の心。この二つが大阪の食文化の礎になってきたことを柱に据え、大阪ラーメンのコンセプトが固まった。

 2011年1月にはラーメン店主らの協力を得て、イベント会場で生麺を販売。用意した1000食がわずか5時間で完売し、大きな反響を呼んだ。

 ただ、ラーメン部といっても調理に関しては素人の集まりにすぎない。単発のイベントで自分たちが提案した大阪ラーメンを振る舞っても、ご当地ラーメンとして認知してもらうのはかなり難しい。

 そこで考えたのが、カップ麺の開発だった。安価で気軽に食べられる即席麺の商品特性を生かせば、より多くの人に知ってもらえる可能性がある。
 大阪府吹田市に本社がある即席麺大手、エースコックに部の思いを伝えたところ、すぐに開発が決定。前代未聞の社会部記者と即席麺メーカーの“異色コラボ”が生まれた。

秘伝のたれで「始末の心」表現


 コンセプトは生麺と同じ「甘辛」と「始末」を踏襲し、スープも生麺と同じ鶏がら醤油がベースで、甘辛味を引き出す隠し味として「とろろ昆布」を使うことも決まった。
 順調に進んだ開発の中で最も苦慮したのが、「始末の心」をカップ麺でどう表現するかだった。「数量が限定的な生麺なら可能であっても、大量生産の即席麺で始末を表現するのは難しい」。エースコック開発担当の植田浩介さん(29)は、ラーメン部とのプロジェクトが始まって以来、この難題と向き合い続けた。

 バイプロ。この聞き慣れない業界用語は、日本語で副産物を意味するバイプロダクトの略語だが、今回はインスタント食品で使われるフレーバー(風味)の製造過程に注目した。

 即席麺で使用するフレーバーは、香味野菜や魚介類、香辛料などの食材をじっくり時間をかけて油で炒め、風味を引き出す。通常の工程では、スープとオイルを分離し、「調味油脂」としてオイルだけを使うが、残ったスープは捨てられる。このスープこそ、バイプロの正体だった。

 「もったいない」という言葉は、ラーメン部がコンセプトに掲げる始末の心にも通じる。理想通りのカップ麺作りのめどがようやく立った。

 2011年11月10日。産経新聞朝刊とグループ媒体各紙に「それゆけ!大阪ラーメン」の12月発売の告知記事が掲載された。全国のコンビニやスーパーなどで商品の取り扱いが決まり、掲載日には植田さんから「商談はいずれも予想以上の好反応です」とうれしい電話もあった。

 ラーメン部は、発売目標として業界内で大ヒットの目安となる100万食を掲げる。東日本大震災以降、低迷する業界では異例とも言える高い目標だが、部員たちの士気は高い。即席麺発祥の地、大阪の若手記者たちの挑戦はまだ始まったばかりだ。

チームの和が結実「とろろ昆布味」

 「それゆけ!大阪ラーメン」プロジェクトには、エースコック開発室のメンバーも多く参加した。開発担当、エースコック商品開発グループの植田浩介さんは、まだ入社6年目の若手社員。これまでにもご当地カップ麺の開発を任されたことがあり、そのときは4日間で札幌と博多の20店近くをハシゴした経験を持つ。

 「商品の企画マンであると同時に一人のラーメンファンであることを意識しながら、商品を創ることを心がけています」

 スープの調合を担当した中野雅文さん(38)は、大阪人が愛して止まない昆布だしの調合に最も頭を悩ませたという。「最初は粉末スープに昆布パウダーを混ぜてみましたが、甘辛感がうまく出せずに苦戦しました」

 これまで数々のカップ麺を世に送り出した中野さんをも悩ませたスープ作り。挫折しそうになった中野さんを救ったのは、研究チームの後輩でもあり、かやく担当の伊集院兼宣さん(29)の一言だった。

 「かやくの中にとろろ昆布を落としてみてはどうでしょうか?」

 粉末スープの調合にこだわり続けた中野さんにとって伊集院さんの提案は「思いも寄らない発想だった」という。

 さっそく2人で開発に取り掛かり、繊維状の乾燥昆布を使ったスープ作りに着手。昆布の量や調味料の配合を調整しながら、2カ月かかってようやく試作品が完成した。

 まさにチームワークの賜物だが、これに限らず、今回のプロジェクトを支えたのは、エースコック開発陣の一体感が大きかった。

 「今回はいつもと違って、会社の都合に関係なく、僕たちがやってみたかったことがすべて挑戦できた。ラーメン部さんのおかげで理想の仕事をやらせてもらったような気がします」

 2人の上司にあたる開発室課長、朝平慶太さんはこう振り返る。決して妥協を許さない、開発のプロとしての誇り。このカップ麺にはそんな思いもたくさん詰まっている。

平成に入りカップ麺が袋麺を逆転

 日本即席食品工業協会の統計によると、国内のインスタントラーメン生産量は2010年度、袋麺とカップ麺、生タイプ麺を含め53億1000食。前年と比べ0.8%減。1人当たり年間42食を食べる計算で、最近では2004年の55億3000万食がピークとなっている。

 1988年まではカップ麺よりも袋麺の方が生産量が多かったが、平成に入った89年にカップ麺が袋麺を逆転。以後、カップ麺はほぼ右肩上がりでマーケットを拡大している。値段は袋麺よりも高いが、手間のかからない手軽さが支持されたとみられ、日本の「食」のスタイルの変化を表しているといえるかもしれない。

 ちなみに2010年に麺類全体に使用された小麦粉は計124.5万トン。パン類に使用された小麦粉(120.5万トン)を上回り、この数字からも麺類が日本の食卓を支えている実情がうかがえる。

 一方、世界に目を向けてみるると、2010年に全世界で消費された即席麺は954億食。日本の年間輸出量は5980万食にすぎず、大半が現地生産でまかなわれている。

 国内出荷額シェアをみると、1位が日清食品で約40%、2位は東洋水産で約20%、3位以下はサンヨー食品、明星食品、エースコックと続く。


≪FROM WRITER≫ ひとたび大事件や大災害が起これば、すぐに現場へ飛び出し、一日3度の食事すらままならないことがよくある。社会部記者という職業柄、当然といえば当然なのだが、そんなとき、手軽に食べられるカップ麺は昔から重宝した。そのカップ麺開発に自分がかかわることになるとは、よもや思わなかったが、プロジェクトがきっかけで大阪の「食」の豊かさを改めて知ることができたのは幸いだった。大阪にご当地ラーメンが根付かない理由はさまざまだが、個人的には「他にもうまいもんがたくさんあるからや」の一言に尽きるのではと思う。日本のどの地域よりも個性的で、独創的な食文化を育んできた大阪。自分たちが開発したカップ麺が、豊かな大阪の食文化を発信する一つのツールになれば、と切に願っている。(白岩賢太)