「もうイスラム国に行くしかないかもしれない」

 2014年秋、北大生がイスラム国に接触しようとして家宅捜査を受けたことが報じられると、生活に困窮した人々――多くが非正規雇用で、働いても生活保護と変わらない程度の収入しか得られない――からそんな言葉を聞くようになった。湯川遥菜さん、後藤健二さんが人質として囚われていることが発覚する以前のことだ。

 それは多分に冗談混じりのニュアンスを含んでいたものの、「給料も出るっていうし」「どうせ日本にいてもこのまま使い捨てられるだけだし」「必要とされるし」「バカにされないし」という彼ら・彼女らの呟きは、この国に長らく蔓延する「貧困」が、確実に人の心を蝕んでいることを象徴するものに思えた。

 私自身、貧困問題にかかわるようになって今年で9年目となる。そんな9年前は、この国でちょうど格差・貧困問題が社会的に注目され始めた頃だった。

 しかし、そんな9年間で起きたことは何か。様々な言葉や問題が登場しては、あっという間に消費され、忘れられていく月日だったようにも思う。

 ネットカフェ難民、北九州の餓死事件、派遣切り、年越し派遣村、偽装請負、ワーキングプア―――。

 一方、最近注目されているのは、ブラック企業、ブラックバイト、子どもの貧困、貧困ビジネス化した大学の奨学金問題などのキーワードだろうか。

 これらの問題は根底で深く繋がっているにも関わらず、ひとつのキーワードが飽きられると「なかったこと」になってしまう。しかし、そうして言葉と問題が消費されていく過程で、事態は淡々と悪化し続けている。

 例えば9年前、非正規雇用率は33%で、数にして1600〜1700万人だった。が、現在の非正規雇用率は38・2%。数にして2000万人を超えている。そんな非正規で働く人々の平均年収は168万円(国税庁)。現在、日本の貧困ライン(これ以下で暮らす人は貧困、という線)は約122万円だが、年収レベルで40万円しか上回っていない。ちなみに非正規の女性に限ると平均年収は143万円。働いていても貧困ラインと20万円しか変わらないのだ。

 一方で、生活保護受給者も増え続けている。2012年12月には受給者が215万人を突破し、「過去最高」と報じられた。95年の受給者が100万人を切っていたことを考えると「激増」と言えるだろう。が、「働けるのに怠けている」などとバッシングに晒されがちな生活保護だが、まず大前提として、この国の貧困率が16・1%という現実から見ていきたい。ざっと計算すると、2000万人近い人が「貧困ライン以下」で暮らしているのである。単純に考えても、「貧困」という定義にあてはまる人の1割程度しか生活保護を受けていないという現実があるのだ。

 もちろん、その中には貯金があったり様々な資産を持っている人も含まれるだろう。しかし、そういったことを加味して試算しても、生活保護の補足率(受けるべき人がどれだけ受けているかを示す数字)は日本の場合、2〜3割と言われている。しかし、海外に目を転じると、フランスの捕捉率は9割、スウェーデン8割、ドイツ6割といずれも日本よりずっと高い。先進国の中で、日本は貧しい人が放置されているという実態があるのだ。

 また、生活保護バッシングに多いのは「働けるのに受けている」というものだが、内訳を見ていくと「働けない」人が圧倒的に多い。「被保護者調査(平成26年2月分速報値)」によると、受給者でもっとも多いのが「高齢者世帯」で45・5%。次いで多いのが「傷病・障害世帯」で29・3%。高齢者と病気や障害で働けない人で、実に75%を占めているのだ。稼働年齢層とされる「その他世帯」は18%だが、この層の半分以上を占めているのが50代。50代で失業してしまうとなかなか次の仕事も見つからないという現実が浮かび上がる。生活保護には「若いのに働きたくなくて受けている」というバッシングもあるが、それは現実とはそぐわないのだ。また、「その他世帯」に次いで多いのが母子世帯で7・1%。

 さて、生活保護でもっとも批判されがちなことに「不正受給」の問題があるが、不正受給率はどれくらいだと思うだろう? こんな質問を投げかけると、「5割くらい?」という答えが返ってくる。生活保護を受けている人の半分くらいが「嘘をついて」「役所を騙して」受給していると思っている人が多いのだ。が、実態はというと、不正受給は額にしてわずか0・5%程度。また、不正受給件数は毎年2%程度を推移している状態が続いている。

 それでも生活保護=よくないこと、と考える人がいるかもしれない。

 しかし、この国では生活保護を受けられなくての餓死事件が続いてきた。

 06年、北九州で50代の男性が餓死しているのが発見された。電気も水道もガスも止められていた男性は2度、生活保護を申請しようとしていたものの、認められることはなかった。男性は痩せ細り、自力で歩くこともままならない状態だったという。

 その翌年には、やはり北九州市で50代の男性が餓死した状態で発見されている。男性はタクシー運転手として働いていたものの、病気で働けなくなり、生活保護を受けていた。しかし、役所は「自立」を強制し、生活保護を切ってしまったのだ。その時点で男性宅の水道、ガスは止まっていた。それから3ヶ月後、男性はミイラ化した遺体で発見される。男性は日記に「オニギリ食いたい」「25日米食ってない」などと書き残していた。

 また、2012年1月には札幌で40代の姉妹が餓死・凍死とみられる状態で発見される。妹には知的障害があり、姉は綱渡りのように非正規の職を転々としながら(短期契約の仕事が多いため)妹を支えていた。しかし、失業や体調不良が重なることで生活はあっという間に困窮してしまう。両親は既に他界。姉は3度も役所に助けを求めたが、3度とも追い返されただけだった。そうして最後に役所を訪れてから半年後、2人は変わり果てた姿で発見される。極寒の北海道、電気もガスも止まった部屋の中から発見された遺体は、衣服を何枚も重ね着していたという。

 生活保護の窓口を訪れる人々は、「申請できずに追い返されたら死ぬ確率が相当高い」人々だ。しかし、ここまで見てきてわかるように、窓口に来た人を追い返すという「水際作戦」がまかり通っている。ちなみにどういう状況だと生活保護が受けられるかというと、ものすごくざっくりだが単身の場合、全財産がだいたい6万円以下で貯金も資産もなければ受けられる。働いていたとしても、その額が国の定める最低生活費に届いていなければ差額分が支給される。住んでいるのが東京で、働いているけど月収10万円、なんて人は差額分の数万円を受け取るという形で生活保護を受けられるのだ。もしかしたらこの記事を読んでいるあなたも、自分では気づいていないだけで「生活保護の対象」かもしれない。

 最後に、悲しい数字を紹介したい。この国で、年間どれだけの人が「餓死」しているかを示す数字だ。

 2011年、「食糧の不足」で亡くなったのは45人。「栄養失調」で亡くなったのは1701人。合わせて1746人が飢えて死んでいるのだ。1日あたり、5人が亡くなっていることになる。

 誰一人飢えて死ぬことのない社会。それが21世紀になっても達成されていないことに、私たちはもっと目を向けるべきだと思うのだ。