藤田哲雄(日本総研調査部 上席主任研究員) 

要約

1.アメリカのシェール革命が進展している。最近の予測ではさらに生産量の増加が見込まれており、2020年にはアメリカは天然ガスの輸出国に転換し、原油についても輸入量が大幅に減少すると予測されている。

2.天然ガスの価格はシェールガスの増産によって急落したが、今後徐々に持ち直し、中長期的には1BTU当たり5ドル台で推移するとみられる。一方、原油価格はアメリカ国内価格がすでに世界の市場価格と乖離しているものの、天然ガスのような大幅下落はないとみられる。この結果、天然ガスが石油に比べて安価な状況が持続する。

3.アメリカに続いて、中国などでもシェールガス開発の積極化の動きが強まっているものの、様々な条件の差異から、本格的開発に至るにはしばらく時間を要するとみられる。このため、シェールガスに関するアメリカの一人勝ち状態は当分の間続くと予想される。

4.アメリカのシェール革命でエネルギー価格体系が変わり、世界のエネルギー供給構造が大きく変化している。アメリカは原油輸入の中東依存度が低下するため、中東への関心を弱めるとみられる。この結果、わが国の中東に過度に依存したエネルギー調達構造は安全保障の観点から見直しが必要となる。わが国のエネルギー調達の多角化、多様化が急務である。

5.産業分野にも影響が表れ始めている。アメリカでは製造業における生産額に対するエネルギーコストの比率が2%程度であるため、大きな影響は現時点では観察されない。しかし、天然ガスを燃料および原料として利用する化学産業などでは大きな優位性を獲得する。このため、今後5年程度の間に設備増強投資が計画されており、そのピークを迎える2015年頃から、大きな効果が表れるとみられる。

6.自動車産業でも天然ガス自動車が普及する可能性がある。燃費や地球温暖化ガスの点からも優れた

天然ガス車が普及するとなれば、日本の自動車メーカーはハイブリッドカーを主体としたこれまでの

戦略の見直しが必要となる可能性があろう。

1.はじめに

 アメリカのシェール革命が進展している。従来採掘不可能であった地層から天然ガスを産出することに成功したアメリカでは、天然ガスの生産量が急増し価格が大幅に下落したことはよく知られている。アメリカでの天然ガスの開発機材や輸送インフラ設備の特需によって、わが国企業にもその恩恵が及んでいる。アメリカにおけるエネルギーの自給率と価格の変化は、世界的なエネルギー供給構造に連鎖的な影響を及ぼしている。また、アメリカのシェール革命の成功を認識した他国でも、シェールガス開発に追随する動きが出ている。

 産業分野に目を転じれば、化学産業で天然ガスを原料とするプラントの新設計画があり、今後急速にその生産力を高めるとみられている。また、自動車産業では、天然ガス自動車の普及に向けた動きが表れている。

 シェールガスの概要やそのマクロ的な影響については、わが国でもすでに多くの議論が紹介されている。そこで、本稿では、シェール革命の最近の進展状況を概観するとともに、世界的なエネルギー供給構造へ与える影響および、産業構造に及ぼす影響、とりわけ新たな動きが観察される化学産業や自動車産業を中心にその影響について論じる。

2.シェール革命の進展状況

1
(図表1)アメリカにおける主なシェールガス油田 (資料)EIA
 天然ガスが頁岩(シェール)層に豊富に埋蔵されていることはつとに知られていたが、その掘削は技術的に困難であったため、本格的な掘削開始は2006年を待たねばならなかった。北米大陸では多く地域にシェールガス鉱床の分布が確認されているが(図表1)、アメリカが先行して開発している。これは、前年にアメリカでカトリーナ台風が上陸した際に、湾岸州の石油精製設備が大きな被害を受けて石油価格が高騰し、許容できる天然ガスの開発コストが上昇したことが背景となっている。


 アメリカでは水平抗井掘削、水圧破砕などの掘削技術の実用化が進み、シェールガスの開発が2010年ごろから急速に進展した。アメリカで開発が急速に進んだのは、ベンチャー企業などが技術開発で先行したことに加えて、法的な問題が少なかったことも大きな要因である。すなわち、アメリカでは天然ガスの所有権は掘削した土地の所有者にある。アメリカでは西部に政府(連邦・州)が所有する土地が比較的多く存在するものの、湾岸州や中西部などシェールガス鉱床が分布している地域では私有地割合が高い。このため、土地の所有者が掘削技術を持つベンチャー企業などに自己の所有する土地のなかで掘削させる例が多く見られた。このような法制度の採用は、世界的にみると決して一般的であるとは言えない。私人に土地の所有権を認めていても、その埋蔵地下資源の所有権は政府に留保されているという国が少なくない。このような法制度では、民間企業のイニシアティブによって天然ガスを掘削する動きは起こらない。掘削しようとする企業が、鉱物資源の所有者である政府と各掘削プロジェクトについて逐一交渉しなければならず、多くの時間と労力を要するからである。ところで、アメリカのなかでも、シェールガス開発への態度は州によってさまざまである。メキシコ湾岸の州(テキサス、ルイジアナ)はエネルギー資源開発の利潤をこれまでも享受していることもあり、開発を歓迎し、積極的な姿勢を示している。一方で、オレゴン州など西海岸の州では、埋蔵量がもともと少ないうえに、環境保護を重視することから慎重な姿勢を見せている。

 シェールガス開発で先行したアメリカでは、最近その本格化に伴い、天然ガスの産出量が急増している。天然ガスの輸入量が減少し、2020年にはアメリカは天然ガスの純輸出国へと転じると予想されている。さらに2040年にはシェールガスがアメリカでの天然ガス生産の半分以上を占めるようになると言われている(図表2)。

2
(TCF)   (図表2)アメリカの天然ガス生産量の推移と見通し (資料)EIA
3EIA
(ドル/百万BTU)   (図表3) アメリカにおける石油・天然ガス価格の推移と見通し 
(資料) EIA
 シェールガスとともに、シェールオイルと呼ばれる石油(軽質油)も産出される。その産出割合は掘削場所によって異なる。シェールオイルは石油の一種である。シェールガスは供給過剰で価格が大幅に下落したが、シェールオイルの価格は原油価格に連動しているため、大きな価格差が生じている(図表3)。シェールガス開発では採算割れとなるプロジェクトであっても、シェールオイルを採掘することによって採算を確保しているケースも多い。逆に言えば、シェールガスの埋蔵が確認されていても、シェールオイルが出ないところでは開発が進んでいない。最近では掘削する油井の数の増加よりも効率性を高めることで増産が進んでいる。

 シェールオイルについても、シェールガスと同様の技術によって頁岩層からの採掘が可能となり、アメリカの原油輸入は減少している。2004年に日量111,000バレルであった原油生産量は2011年には同553,000バレルにまで毎年約26%も増加した。この結果、アメリカの原油輸入量も減少すると予測されている。EIA(アメリカエネルギー情報局)の予測によれば、2035年までに日量120万バレルの生産が見込まれ、これはその時点でのアメリカの原油生産量の12%を占めるという。もっとも、シェールオイルの場合はシェールガスほど長期間にわたる増加が見込めないため、アメリカが原油の純輸出国になる見込みはない。あくまで、現在の輸入が減少し、中東などへのエネルギー資源の依存度を低下させるにとどまるものとみられている。

 アメリカのエネルギー生産の(熱量ベース)比率は2012年の実績で天然ガスが25%、石炭が21%、原油が17%であるが、シェールガス(天然ガス)とシェールオイル(原油)生産の増加によって、2035年時点では天然ガスが最も多く
37%、石炭が23%、原油が21%を占めると予測されている。すなわち、今後アメリカでは、他のエネルギーに比べて天然ガス需要の伸びが大きいとみられている。


3.天然ガス・石油の価格動向

/BTUEIA
(ドル/百万BTU)  (図表4) アメリカの天然ガス(スポット)価格の推移    (資料) EIAデータをもとに日本総合研究所作成
 アメリカでの天然ガスの増産を反映して天然ガスのスポット市場価格は大幅に下落した。2008年6月に百万BTU(イギリス熱量単位)当たり12.69ドルであったのが、1年後には3.8ドルと70%以上も下落し、2012年4月には1.95ドルと2ドルを割り込む事態に至った。その後、価格は少し戻して3ドルから4ドル前後で推移していたが、2013年12月より急速に上昇している(図表4)。

 一方、シェールオイルについてみると、PWC(プライスウォーターハウスクーパース)の予測によれば、世界のシェールオイルの生産量は2035年までに日量1,400万バレルに達し、世界の原油生産の12%を占めるまでになる。その場合、原油価格も25%から40%程度低下し、1バレル83〜100ドルになると見られている。アメリカEIAの予測では、シェールオイルの生産量が低位の場合には2035年の原油価格は133ドルとされる。

                                                                                          /EIA
(ドル/バレル)  (図表5) 原油価格の推移 (資料) EIAデータをもとに日本総合研究所作成
 PWCの予測では、長期的にはアメリカの原油輸入量は35%〜40%減少し、それまでアメリカが輸入していた原油は例えば中国のような他の国が輸入することになると見られている。アメリカの国内石油価格指標であるWTIは近年世界的な原油価格指標(ブレント)と乖離して低下しており(図表5)、シェールオイルの増産が加速すれば、石油価格は現在の予測よりもさらに低下する可能性がある。

 将来、天然ガス価格と原油価格がどのように推移するかは、今後の中長期的な展望を描くうえで非常に重要である。とりわけ、天然ガスの価格と原油の価格の比率は、ガソリンや軽油など石油由来の燃料から天然ガス燃料へのシフトがどの程度生じるかを予測するうえでの鍵となる。EIAの予測によれば、一時2ドルを割り込んだ天然ガス価格もやがて上昇傾向をたどり、2040年には7ドル台にまで上昇するとされる。ところが、アメリカ内の石油価格も上昇するため、天然ガスは原油の3分の1程度という状況には大きな変化がないと見込まれている。これは、他に新たなエネルギー資源が発見されない限り、天然ガスが原油に比べて安価であるメリットを保ち続けることを意味している(前掲図表3)。


4.エネルギー供給構造への影響

(1)エネルギー資源貿易への連鎖的影響
EIA
左軸(千トン)、右軸(百万立方フィート)  
 
(図表6)アメリカの発電における一次エネルギー使用量 (資料)EIAデータ をもとに日本総合研究所作成

 2013
(万トン) (図表7) アメリカの石炭(一般炭)輸出の推移 (資料)資源エネルギー庁 [2013]
 アメリカでシェールガスやシェールオイルの生産が増加することによって、世界のエネルギー供給構造にも大きな影響が連鎖的に表れている。まず、アメリカ内では、天然ガスが低価格のエネルギーとして利用できるようになったため、電力供給の5割以上を占めていた石炭による発電が2012年には37%にまで減少する一方で、天然ガスによる発電が3割以上にまで増加し、石炭と天然ガスの発電向け使用量は大きく変化した(図表6)。石炭よりも天然ガスが利用されるのは、コストの問題のみならず、二酸化炭素の排出量の面からも、天然ガスの方が好ましいからである。この結果、アメリカでは石炭が余剰となり、欧州向けの輸出が急速に増加している(図表7)。また、シェールオイルの増産によって原油輸入量が減少しており、現在80%以上あるアメリカエネルギーの中東への依存度(図表8)が大幅に低下する見込みである。


EIA 2012
(図表8) EIAデータをもとに日本総合研究所作成 (資料)アメリカの原油輸入先 (2012年)
                          IEA
(図表9) ドイツにおける発電の一次エネルギー構成比 (資料)IEA
IEA
(図表10) イギリスにおける発電の一次エネルギー構成比  (資料)IEA
 欧州では、アメリカから輸入した石炭を発電に利用している。欧州では石炭が天然ガスより低価格であるため、天然ガス発電を減らして石炭火力発電に置き換える動きがドイツやイギリスで見られる(図表9、10)。また、天然ガスの最大の輸入先であるロシアの比率を下げて中東からの比率を上げることで、ロシアの天然ガスの価格支配権が弱まり、多様なガス価格の決定方式が導入されつつある。

 ロシアでは欧州向け天然ガスの輸出が減少していることに加えて、欧州での天然ガス需要減や中東からの輸入増の影響を受けて価格の引き下げを求められた。このため、ロシアは日本や韓国など、新たな天然ガスの輸出先の開拓を模索し始めている。ところが、2014年3月に起きたクリミア併合によって、今後の情勢は不透明となった。日本はロシアからの天然ガス輸入拡大によって調達先の多様化を模索していたが、日本政府がアメリカやEUのロシアへの制裁措置に同調することで、ロシアからの天然ガス輸入拡大への動きが鈍ることも予想される。一方、アメリカは天然ガス輸出にあたって、基本的にFTAを締結している国以外に対しては、個々に審査を行うというやや消極的とも見える姿勢を示していたが、ここにきて、ウクライナなどに天然ガスを供給すべきであるという議論も出ている。

 カタールなど中東の国は、アメリカでシェールガス革命が始まる前に、アメリカ向けの輸出増加を見込んで天然ガスの増産に取り掛かっていたところ、アメリカ内での生産量が急速に増加したため、輸出先を原子力発電が停止した日本や、欧州に変更することとなった。東アジアのみならず、今後中長期的に、アジアの成長に伴うエネルギー需要増加が見込まれており、アジア向け輸出を視野に入れた、モザンビークなどアフリカ諸国での天然ガス開発の動きも出ている。

(2)シェールガス開発追随の動き
TCFEIA
(単位:TCF)  (図表11) シェールガスの確認埋蔵量  (資料)EIAデータをもとに日本総合研究所作成

TCFEIA
(TCF)  (図表12)シェールオイルの確認埋蔵量 (資料)EIAデータをもとに日本総合研究所作成
 シェールガスはアメリカのみならず、世界中で埋蔵が確認されている(図表11)。また、シェールオイルについても同様に、世界中で埋蔵が確認されている(図表12)。しかしながら、技術革新、制度的コストの低さ、環境問題への対応等の理由からアメリカが先行し、他国は簡単に追随できない状況が続いていた。ところが、アメリカのシェール革命の恩恵が世界的に認識され、ロシアや中国でもシェールガス開発の動きがここにきて加速しつつある。両国は確認埋蔵量も豊富であり、本格的な生産が可能になれば世界のエネルギー地図を塗り替える可能性がある。
(a)ロシア
 ロシアは上述したように、シェール革命の余波を受けて、欧州向けの天然ガス輸出が減少し価格も低下した。EIAによれば、ロシアのシェールガスの技術的回収可能資源量は8.1兆立法メートル(285TCF)、シェールオイルについては750億バレルで世界一の資源量である。

 ロシアは在来型天然ガスの産出量が豊富であり、欧州へ輸出してきた。シェールガスの開発はコスト面から在来ガスよりも不利となることや、欧州向け輸出の縮小や価格低下を受けて新たな輸出先を開拓する必要に迫られており、今ここで追加的にシェールガスを開発するインセンティブは乏しい。天然ガスを輸出しているロシアのガスプロム社は、ここしばらく5年から10年間は、ロシアはシェールガスの開発を行わないだろうと述べていた(注1)。ロシアではシェールガス開発にはこのように消極的な姿勢である一方で、非在来型ガスの一種である炭層ガス(CBM)の開発に注力している。
(b)中国
 中国は最大のシェールガスの確認埋蔵量を擁する国である。埋蔵量が確認されているのは、四川省、重慶市、貴州省、湖北省、湖南省、陝西省、新疆ウイグル自治区などに広がる盆地で、推定埋蔵量は134.42兆立方米、青海省とチベット自治区を除く地域の確認埋蔵量は25.08兆m3に上る。調査の結果、工業用途の基準に達したシェールガスの埋蔵量は93.01兆m3で、このうち15.95兆m3が採掘可能だという。

 2020年の生産量は1,000億m3を超え、国内の重要なエネルギーの柱となる見込みである(注2)。中国のシェールガス開発は2011年から始められている。2011年6月、2012年9月にそれぞれ第1回、第2回の鉱区入札が実施されている。中国の国内企業のほかに、外資系企業(シェル)も参加している。中国政府は、シェールガス開発に外資が参入することを歓迎しており、資金と開発能力以外の条件を求めないとしている。この結果、大手国内企業(シノペック:中国石化)との提携、合弁会社設立の動きも出ている。

 中国政府は2012年3月に「シェールガス発展計画(2011─ 2015)」においてシェールガスの生産量目標を2015年に65億立法メートル、2020年には600億〜1,000億m3に拡大する方針を打ち出している。また、国内でのシェールガス開発に生産量1m3当たり0.4元の補助金を出すことも決定している。補助金交付の期間は2012─ 2015年であり、補助金交付制度の目的は、天然ガスの供給を増やすことで、天然ガスの
需要と供給の乖離を緩和し、エネルギー構造の合理化を図り、省エネと汚染物質排出削減を促進することとされる(注3)。

 実際に中国のシェールガス探査開発は進んでおり、中国石化(シノペック)の重慶モデル区のシェールガス井は1日当たりの生産量が15万立方メートルで、これまでの商品化生産量が7,300万m3に達した(注4)。

 このように、中国の開発姿勢は積極化しているものの、課題も少なくない。第1は、アメリカに比べて地質条件が複雑であり、シェール層が深い位置にあることが多いため、大きな投資が必要になることである。第2に、採掘した天然ガスの価格が安価に統制されているため、投資のインセンティブが抑制されることである。第3は、内陸部では降雨量が少なく、シェールガス開発に必要な水資源の確保を考えなければならないことである。第4は、シェールガスの開発地域が既存のパイプライン網と繋がっていないため、パイプラインのインフラ整備が必要なことである。

 このように、中国のシェールガス開発はアメリカに比べて、決して条件が恵まれているわけではないが、エネルギーが国家の安全保障に果たす役割の大きさに鑑みれば、相当なコストを掛けても、中長期的に拡大が予想される国内のエネルギー需要を満たすために、シェールガス開発を加速させて行くものと考えられる。

13EIA
(図表13)世界の天然ガス貿易の変化  (資料) EIA
(3)天然ガス貿易は大きく変化
 シェールガスは、現在はアメリカおよびカナダなど限られた国でしか量産できていないものの、中長
期的には埋蔵量が確認されている国も多いため、アメリカ以外でもシェールガスの開発が進む可能性が
ある。このような国でのシェールガスの生産量見込みは現時点では不明であるが、アメリカのシェール
ガス生産の増加を前提に、将来、世界の天然ガス貿易の構造が大きく変化することが予測されている
(図表13)。アジア経済の成長に伴い、エネルギー資源の需要が強まることが想定されており、世界的に
天然ガスの貿易がアジアを中心に拡大する見込みである。わが国としては安定的な調達を確保するため
に、天然ガスの調達先を多様化することが必要になる。
(注1)‘Russia won’t develop shale gas for a decade’ Petroleum Economist, 19 April 2013. Russia won’t develop shale gas for a
decade.
(注2)中国証券報2012年3月2日。
(注3)東方網日本語版2012年11月7日。
(注4)新華網日本語2013年12月6日。

5.産業構造の変化

  EIA
(セント/kwh)  (図表14) アメリカにおける電気料金の変化 (資料)EIAデータをもとに、日本総合研究所作成
 シェール革命は、エネルギーの価格体系を大きく変化させ、それが産業構造の変化をもたらし始めている。本章では、アメリカおよび日本におけるシェール革命がもたらす産業構造の変化の全体像について整理する。

(1)アメリカ
 アメリカでは、まずエネルギー産業において、シェールガス・シェールオイル開発事業者が増加した。また、先述したように、ガス火力発電が増加し、石炭が欧州に輸出されるようになった。アメリカは発電におけるシェールガスの利用比率を高めてはいるものの、直近の電力料金は家庭用、産業用ともに引き下げる動きはほとんどみられず、むしろ全米平均で見ると若干値上がりしている(図表14)。つまり、電力利用者には現在のところ直接のメリットはあまり生じていない模様である。したがって、燃料の石炭から天然ガスへの置き換えによる利益は電力産業にとどまっている。
 次に、化学産業についてみると、天然ガスに多く含まれるエタンガスを原料とする石油化学工業に大きな影響が考えられる。詳細は後述するが、エタンから低コストでエチレンを製造することが可能になり価格競争力が高まる。そして、この競争力の優位性は当分の間続くため、エチレン製造においてはアメリカが圧倒的に優位になる。アメリカの大手化学メーカーにはこの安価な天然ガスという有利な条件を確保するために、アメリカのシェールガス輸出に消極的もしくは否定的な態度をとる会社もある。

 鉄鋼業でも、シェールガスを活用した直接還元法という方法での製造方法の普及が進むものとみられている。直接還元法とは、高炉によらず、天然ガスを使用して鉄鉱石を還元する方法である。天然ガスの価格が低下することでその普及が加速するとみられ、製鉄業の製造コスト低下に寄与するものと考えられる。

 運輸産業についても大きな影響が考えられる。アメリカ内での貨物輸送、旅客輸送などの運輸業、自動車産業などである。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの自動車を、天然ガスで動かすことは技術的に比較的容易であるため、自動車の製造自体は困難ではない。普及の鍵となるのは、燃料補給のインフラ整備である。自動車産業については次章で詳しく説明する。

15
 (ドル/BTU) (図表15)アメリカ製造業におけるエネルギー平均価格 (資料) EIA
 製造業一般について見ると、少なくとも電力料金の低下というルートでの恩恵はまだ生じていない模様である。しかし、シェール革命によるアメリカの製造業回帰の可能性が指摘されている。確かに一部の企業には、アメリカ内での投資拡大を進める動きがあるものの、製造業一般にそのような動きが広がっているわけではない。2006年と2010年とを比較したEIAの調査によると、製造業が利用したエネルギーコストは天然ガスで36%も低下したが、電気、石炭、など他のエネルギー価格が上昇したため、全体では11%の低下にとどまった(図表15)。シェール革命の進展でアメリカ製造業のエネルギーコストが今後どれだけ低下するかは正確には予測できないが、製造業の生産額に対するエネルギーコストの比率は1.9%でしかないため(図表16)、仮に天然ガスを活用してエネルギーコストを半分にしたとしても、全体として1%程度のコストを低下させる効果しかない。したがって、一般的にはシェール革命によるエネルギーコストの低下の影響は限定的なものになると考えられる。

     2013
(図表16) アメリカの製造業・サービス業のコスト構造 (資料)西川[2013] 
 アメリカの製造業回帰の要因としては、シェール革命のほかに、①新興国リスクの増大、②輸出拠点としてのアメリカの優位性上昇、③ものづくり革命(3Dプリンターなどデジタル化)などが指摘されている。

 他方、シェール革命によるマイナスの影響を指摘する議論もある。一つは、エネルギーコストや原料コストが低下することで、アメリカの製造業が競争力を強める一方で、イノベーションを追求する動機が弱まるのではないかという指摘である。しかし、そのような大きな影響が表れる業種は一部であり、エネルギーコストの生産コスト全体に占める割合を勘案すれば、平均的にはイノベーションの手を緩めるほどの余裕は生じないと考えられる。

 もう一つは、アメリカの原油や天然ガスの輸入が減少することで経常収支が改善し、ドル高となってアメリカの輸出産業にとって不利となるのではないかという指摘である。確かに限界的な影響は否定できないが、為替相場は様々な要因で変動するものであるため、現実の世界ではその影響を特定することは難しいであろう。

/BTU 17 2012   American Chemistrry Council Shale Gas Competitiveness and New US Chemical Industry Investment
(ドル/百万BTU) (図表17) 世界各国の天然ガス価格(2012年平均) (資料)American Chemistrry Council " Shale Gas, Competitiveness, and New US Chemical Industry Investment"
(2)日本
 わが国の産業には、まずアメリカでのシェールガス掘削に必要なシームレス鋼管や、増設されるパイプラインの関連需要など、シェールガス開発・増産に伴って強まる設備関連需要をわが国の製造業が取り込む動きが生じている。次にエネルギー産業について見ると、アメリカからのシェールガス輸入の承認を得て、2017年頃より実際にアメリカからのLNG輸入が始まる見込みである。アメリカでの天然ガス価格は一時期、2ドル台まで低下したものの、直近では6ドルにまで上昇している。EIAの予想によれば中期的には5ドル台で推移すると見られている。しかしながら、LNGとして日本に輸入した場合には、液化と輸送のコストが5〜6ドル上乗せされ、ユーザー受け渡し価格は10〜11ドル程度になるとみられている。したがって、アメリカのように安価な天然ガスを利用することはできない。実際、世界の天然ガス価格は各国で大きく異なっている(図表17)。しかしながら、現在わが国が中東から調達する天然ガス価格(16ドル)に比べると3割程度下落することになるので相当のメリットが期待される。

 化学工業については、アメリカでは大きな直接的な影響があったが、日本ではむしろアメリカの化学工業の動きを受けた間接的な影響を受けると見られている(詳細は第7章で説明)。

 製造業についてみると、先述したように、わが国の製造業のなかには、アメリカのシェール開発関連需要の取り込みを行っているところもある。懸念されるのは、シェールガスによってアメリカのエネルギーコストが低下する一方で、わが国は原子力発電が停止しており、中東から天然ガスを輸入して発電しているため、電気料金も大幅に引き上げられている。このような状況では、日米の製造業のエネルギーコストに大きな差が生じるのではないかということである。

18     13
(図表18)わが国の業種別の工場生産額に占めるエネルギーコスト比率 (資料)環境省 (注) 平成13年石油等消費構造統計表および工業統計調査のデータ使用
 わが国の製造業の製品価格に占めるエネルギーコストの占める割合は、同じ製造業でも分野に拠って異なる。窯業、鉄鋼業、繊維、パルプ・紙などは工場の生産額に占めるエネルギーコストが5%〜7%程度と比較的高い。一方、飲料・飼料、革製品、輸送用機械器具、一般機械器具製造などはエネルギーコストの占める割合が低く1%程度である(図表18)。仮に、アメリカでも同様のコスト構造であるとしても、先述したように、エネルギーコストの占める割合が小さな業種では、大きな影響はないと考えられる。

6.自動車産業への影響
 シェール革命は自動車産業にも大きな影響を与える可能性がある。燃料として低価格の天然ガスを利用する動きが広がれば、天然ガス自動車が普及する可能性が十分にあるからである。

(1)天然ガス自動車の普及状況
 天然ガスを燃料とする自動車(NGV)には、燃料の種類で分類すると主に2つに分けられる。一つは、圧縮天然ガス(CNG)である。気体のガスを気体のまま高圧(20MPa)で圧縮して容器に貯蔵し、それを燃料として走行する。もう一つは、液化天然ガス(LNG)であり、摂氏マイナス162度で超低温容器に貯蔵して利用するものである。両者を比較すると、圧縮天然ガス自動車(CNGV)は供給設備であるガススタンドを簡便に設置することが可能であるため、初期投資が少なくて済む。しかしながら、1回の燃料補給で走行できる距離は短い。一方、液化天然ガス自動車(LNGV)は燃料の液化設備のコストが大きく、多額の初期投資が必要であるものの、1回の燃料補給で走行できる距離は比較的長い。現在、世界各国で利用されている天然ガス自動車のほとんどは、圧縮天然ガス自動車(CNGV)である。液化天然ガス自動車(LNGV)については、日本でも1996年度から実用化に向けた開発が始まっており、車両やガススタンドの試作が1998年12月に完了し、2001年6月より公道走行試験を行っている。

 天然ガス自動車(NGV)の構造は基本的にはガソリンエンジン車やディーゼルエンジン車と大きく変わらない。異なるのは燃料系統だけであるため、燃料タンクに大型のボンベが必要であることと、エンジンの燃料吸気部分に改良を加えて、天然ガスに最適化することで製造が可能である。

(図表19)天然ガス自動車の分類 (資料)日本ガス協会ホームページ
 圧縮天然ガス自動車(CNGV)には、さらに圧縮天然ガスのみを燃料とする天然ガス専用車、天然ガスとガソリン、もしくは天然ガスとLPGの二つの燃料のどちらでも走行可能なバイフューエル車、天然ガスと軽油を混合して走行するデュアルフューエル車、天然ガスエンジンに電気モーターなどを組み合わせたハイブリッド車がある(図表19)。

 天然ガス自動車(専用車)の特徴は、排出ガスがクリーンであることである。地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量は、ガソリン車より2〜3割低減できる。また、光化学スモッグ、酸性雨などの環境汚染を招く窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)の排出量が少なく、硫黄酸化物(SOx)は全く排出されない。黒煙、粒子状物質はほとんど排出されない。走行性能は、ガソリン車やディーゼル車など従来車と変わらない。天然ガス(メタン)のオクタン価がガソリンよりも高いため、エンジンの圧縮比を上げて効率を高めることが可能であること、ディーゼルエンジンと比べた場合、騒音、振動が大幅に改善され静粛性に優れる、などの利点がある。

 1回の燃料補給での走行距離は300km程度であるため、日常の使用では問題は生じない。また、燃料容器の軽量化などの改良により、乗車定員、積載量は従来車とほぼ変わらなくなっている。燃料の充填設備にはガソリンスタンドと同様に、1台当たり数分間で燃料の充填ができる急速充填設備と、自動車1台もしくは2台に対応して設置される小型充填機がある。後者の場合、一般の家庭に引かれているガス管に接続すれば家庭でも使用でき、操作も簡単である。もっとも、充填には数時間を要する。

20
(図表20) わが国の天然ガス自動車台数 わが国の天然ガス自動車台数 (資料)日本ガス協会
 日本での天然ガス自動車の普及状況をみると、1997年に普及が始まり、順調に台数を伸ばしてきた(図表20)。2013年3月末時点で約4万2,000台である。トラック、軽自動車、小型貨物(バン)の比率が高い一方で、乗用車の天然ガス自動車の普及は遅れている。日本には急速充填所が314カ所、小型充填機が612カ所存在する。

21Natural and bio Gas Vehicle Association
(図表21)天然ガス自動車の国別保有台数  (資料) Natural and bio Gas Vehicle Association
 世界の普及状況を見ると、イラン、パキスタン、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、イタリアと続き、アメリカは第13位、日本は第24位となっている。世界全体での普及台数は1,773万台である(図表21)。アメリカでは、天然ガス自動車の普及を補助金や税制優遇で後押ししているものの、現在まで
に爆発的に増加している状況ではない。

(2)運輸部門における天然ガス燃料への転換
 アメリカでは自家用の天然ガス自動車の普及はまだ大きく進展していないものの、運輸部門では天然ガス燃料への転換が進みつつある。最も転換が早く進んでいるのは中型トラックと鉄道である。交通燃料としてみれば天然ガスは石油の半分のコストであるため、天然ガスへの置き換えの動きが生じている。

 まず、鉄道であるがアメリカでは長距離の貨物輸送に多く利用されている。これらの貨物列車はディーゼル機関車が貨車を牽引するのが一般的であるところ、ディーゼル機関車の天然ガス車への改造が行われている。鉄道は自動車に比べて燃料を多用することから天然ガスへの転換によるコストメリットが大きいことに加え、限られたルートを計画的に走るため、燃料補給設備のインフラ整備が比較的容易であることが普及の進んでいる要因である。

 次に、大型トラックについてみよう。アメリカの大型トラックは日本の規格より遥かに大きく、燃料の消費も多いため、天然ガス転換によるメリットも大きなはずであるが、意外に天然ガス燃料への転換は進んでいない。これは、アメリカでは大型トラックの所有者が数年ごとに車両を転売するという慣行があるため、ガス供給インフラがまだ十分整備されていないなかで、天然ガス車化への投資は転売時に有利ではないと判断されているためである。

 一方、中型車両等は転換が進んでいる。具体的には、宅配便車両、ローカルバス、ごみ収集車などである。これらの車両は走行区域が一定区域内に限られているため、ガス供給設備の整備も効率的に行うことができる。中型車両の費用対効果の点で優れた投資であるため、各地で天然ガスへの置き換えが進みつつある。

 なお、乗用車については、ガスインフラが未整備な段階では、走行距離に限界が生じることから、置き換えのスピードは極めて遅いと考えられる。ちょうど電気自動車の充電設備のインフラが整備されていなければ、電気自動車の普
及が進まないのと同様である。

22EIA
(千兆BTU)   (図表22)米国の交通分野で消費されるエネルギー (資料)EIA
 これらの状況を勘案して、2040年時点での交通分野での天然ガス利用の割合は4%と予測されている(図表22)。

(3)再生エネルギー政策への影響
 ここで、アメリカの再生エネルギー政策の動向について確認しておこう。確かに、オバマ政権はクリーンエネルギーへの注力を宣言し、実際に多くのプロジェクトに予算が割り当てられたが、それは景気対策にも配慮したものであり、財政の危機が認識された現在で継続的に推進されているようにはみえない。

 経済的にも、シェール革命以前には、風力発電、太陽光発電は天然ガスよりも低コストであるともいえたが、シェールガス革命によって、天然ガスによる方が安価となった。したがって、再生エネルギー政策の推進力が非常に弱まっているといえる。もっとも、表向きにクリーンエネルギーの政策を中止することはないであろうが、その動きは緩慢にならざるを得ないであろう。推進の大きな制度的枠組みとしては、連邦政府がプロダクション・タックスクレジットを10年間供与する、29の州が2020年までに再生エネルギーが一定割合を占めるように目標を掲げる、などであったが、経済的な合理性を失えば、これらの措置の効力も限定的なものでしかなくなると考えられる。

 一般市民についてみると、地球環境のためにクリーンなエネルギーに切り替えようと考える人は多くない。多数の人は目先の価格や利便性が選択の判断根拠となっている。これらの前提を確認したうえで、次節で天然ガス乗用車がどの程度普及するかについて考えてみたい。

(4)天然ガス乗用車普及の見通し
 かつては、天然ガス車は特殊な車両であり、既存のガソリン車やディーゼル車市場を脅かすものには
ならないと考えられていた。燃料費がガソリンと大差ないのであれば、わざわざ車両価格が高く、給油
にも不便な天然ガス車両を積極的に購入する人はいなかったからである。天然ガス価格の下落によって、
天然ガス自動車は燃費の面で魅力的となったが、燃料補給のインフラが整っていないため、走行距離に
制約があると考えられていた。加えて、車両価格の価格差も燃費の差だけで回収するには相当長距離を
走らねばならないため、購入のディスインセンティブとなっていた。例えば、アメリカで販売されてい
みつつある。

 なお、乗用車については、ガスインフラが未整備な段階では、走行距離に限界が生じることから、置き換えのスピードは極めて遅いと考えられる。ちょうど電気自動車の充電設備のインフラが整備されていなければ、電気自動車の普
及が進まないのと同様である。

 これらの状況を勘案して、2040年時点での交通分野での天然ガス利用の割合は4%と予測されている(図表22)。

(3)再生エネルギー政策への影響
 ここで、アメリカの再生エネルギー政策の動向について確認しておこう。確かに、オバマ政権はクリーンエネルギーへの注力を宣言し、実際に多くのプロジェクトに予算が割り当てられたが、それは景気対策にも配慮したものであり、財政の危機が認識された現在で継続的に推進されているようにはみえない。

 経済的にも、シェール革命以前には、風力発電、太陽光発電は天然ガスよりも低コストであるともいえたが、シェールガス革命によって、天然ガスによる方が安価となった。したがって、再生エネルギー政策の推進力が非常に弱まっているといえる。もっとも、表向きにクリーンエネルギーの政策を中止することはないであろうが、その動きは緩慢にならざるを得ないであろう。推進の大きな制度的枠組みとしては、連邦政府がプロダクション・タックスクレジットを10年間供与する、29の州が2020年までに再生エネルギーが一定割合を占めるように目標を掲げる、などであったが、経済的な合理性を失えば、これらの措置の効力も限定的なものでしかなくなると考えられる。

 一般市民についてみると、地球環境のためにクリーンなエネルギーに切り替えようと考える人は多くない。多数の人は目先の価格や利便性が選択の判断根拠となっている。これらの前提を確認したうえで、次節で天然ガス乗用車がどの程度普及するかについて考えてみたい。

(4)天然ガス乗用車普及の見通し
 かつては、天然ガス車は特殊な車両であり、既存のガソリン車やディーゼル車市場を脅かすものにはならないと考えられていた。燃料費がガソリンと大差ないのであれば、わざわざ車両価格が高く、給油にも不便な天然ガス車両を積極的に購入する人はいなかったからである。天然ガス価格の下落によって、天然ガス自動車は燃費の面で魅力的となったが、燃料補給のインフラが整っていないため、走行距離に制約があると考えられていた。加えて、車両価格の価格差も燃費の差だけで回収するには相当長距離を走らねばならないため、購入のディスインセンティブとなっていた。例えば、アメリカで販売されているホンダのシビック天然ガス車(26,640ドル)は同通常車(18,390ドル)に比べて1.4倍の価格であり、燃料補給インフラの整備状況もあわせ考えると、購入を躊躇する価格である。

 ところが、昨年になって、ガソリンと天然ガスの両方を使い分けられるバイフューエルカーがアメリカで登場し、量産され始めた。バイフューエルカーはガソリン車と電気自動車の長所を組み合わせたハイブリッドカーのように、ガソリン車と天然ガス自動車の長所を組み合わせ、走行距離の制約を克服しつつ、燃料費を節約することができる自動車である。したがって、これまで天然ガス乗用車の普及阻害要因となっていたガス供給設備の問題の重要性が大きく後退する。バイフューエルカー自体の製造技術は新しいものではなく、わが国でも2007年に三菱自動車がミニキャブ・バイフューエルとして製造しているが、通常モデルが100万円前後であったのに対し、バイフューエルモデルは205万円と高価であったため、すぐに商品ラインアップから姿を消している。

 もしバイフューエルカーが普及すれば、天然ガスを利用できる車両が先行して増えることによって、天然ガス供給設備の投資採算も改善し、インフラ整備が前進する可能性もある。そうなれば、天然ガス専用車の普及も後追いで加速する可能性もある。

 消費者ユーザーにとってみれば、天然ガス車は燃料費の面で経済的であり、さらに二酸化炭素排出の点でもガソリン車やディーゼル車より優れている。あえて電気自動車や電気とガソリンのハイブリッドカーを購入しなくとも、天然ガス車で十分ということになる可能性がある。原理的に考えても、天然ガス車やバイフューエル車は従来のエンジンだけを搭載すればよいのに対し、ガソリンと電気ハイブリッドカーではガソリンエンジンと電気モーターの双方を搭載しなければならず、製造コストにおいて不利だからである。普及の鍵となるのは、バイフューエルカーの価格である。走行距離の何割かガソリンから天然ガスに置き換えて使い、どれだけの期間でその価格差を回収できるかが重要である。日本の前例では試験的なモデルであったため価格差が大きかったが、量産するとなれば、技術的には大きな問題は
ないため、価格差も圧縮されるものと考えられる。

 わが国の自動車メーカーには、北米市場でハイブリッドカーの普及戦略を描いているところがあるが、バイフューエル車の普及により天然ガス補給設備のインフラ整備が進展すれば、消費者の選択も変化する可能性がある。ガソリン価格の高騰や地球温暖化ガス問題を背景としてハイブリッドカーや電気自動車への関心が高まっているが、天然ガス車の燃料補給の問題がクリアできれば、コスト的にはモーターとエンジンの両方を搭載するハイブリッドカーよりエンジンだけを搭載するバイフューエルカーの方が安価になるため、多くの消費者がバイフューエルカーを選択すると考えられるからである。バイフューエル車や天然ガス車の普及の進み具合によっては、わが国の自動車メーカーは戦略を大きく転換しなければならない可能性があろう。

7.化学産業への影響

(1)アメリカ化学産業への影響
 本章では、シェール革命によるアメリカでの天然ガスの価格低下が化学産業にどのような影響を与えるかについて考えてみたい。その影響を及ぼすルートを整理してみると以下の3つがある。

 第1は、エネルギーコストの低減である。これはアメリカの製造業一般に妥当するが、化学産業は大量のエネルギーを用いて天然資源を別の有用な物質に変換する産業であるため、エネルギーコストの変動は他の産業に比べて大きな影響を与える。とりわけ、石油化学、無機化学、農業化学の分野ではエネルギーを多用する。原料コストの変動と合わせると、製造コストの85%についてシェール革命の影響を受ける製品もあるという。このため、アメリカの化学産業は他国に比べてコスト競争力で優位になる。

 第2は、原料の価格低下である。シェールガスの増産によってエタン価格が急落している。2008年に1ガロン93セントであったエタンの価格は、2013年には20セント台にまで低下した。これにより、アメリカではエタンから生成されるエチレンの製造コストが大幅に引き下げられた。エチレンは石油化学工業の基礎製品であり、さまざまな誘導品、最終製品の材料となる最重要製品の一つである。エチレンはエタンからのほかに、石油由来のナフサからも生成が可能であり、欧州、日本、中国ではエチレンをナフサから製造している。

232012
(図表23) 石化原料の構成比較(2012年) (資料)石油化学工業会「シェールガスが我が国石油化学産業に及ぼす影響に関する調査研究結果について」
 日米欧の石油化学原料の構成を比較してみると、日本は95%以上が、欧州は7割超がナフサであるのに対し、アメリカはエタンが65%近くを占め、ナフサの割合は1割にも満たない(図表23)。大きく捉えれば、同じ化学工業であっても、アメリカは主に天然ガスを原料としているのに対し、欧日中は石油を原料としているといえる。さらにアメリカのエチレン製造設備はナフサとエタンの両方を原料に使用できるプラントが多く、シェール革命によってエタン原料への転換が加速している。一方、原油価格と連動するナフサの価格は近年上昇している。このように、エタンの原料比率でアメリカと日欧で差があるところに、エタン価格が低下したため、アメリカの石化産業のコスト競争力は圧倒的な優位性を持つことになった。

 例えば、アメリカのエチレンの製造コストは、エタン価格の低下によって、欧州の35%程度になったといわれる。このため、わが国の大手化学メーカーにもエチレン製造設備の停止を実施もしくは計画する企業も現れている。さらに最近では、カップリング技術によりシェールガスに多く含まれるメタンから直接エチレンを製造する動きも見られ、エチレンの価格は一段と低下するものと見込まれる。

24American Chemistrry Council Shale Gas Competitiveness and New US Chemical Industry Investment
(億ドル) (図表24)アメリカ化学工業におけるシェール関連投資 (資料)American Chemistrry Council " Shale Gas, Competitiveness, and New US Chemical Industry Investment" 第3は、アメリカの化学工業における投資の拡大である。エチレン製造において圧倒的なコスト競争力を獲得したアメリカに、アメリカ企業の能力増強投資はもちろんのこと、ブラジル、カナダ、ドイツ、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、台湾など海外企業からの直接投資が増加している。アメリカ化学工業会の調査によれば、発表されている投資計画は100近くにものぼり、これら投資によって6,000万トンもの石油化学製品、プラスチック樹脂、無機化学薬品や肥料などの製品の製造が見込まれている。そして、その投資額は2020年までに累計717億ドルに達するという(図表24)。ちなみに、アメリカの化学産業の2012年における投資額は318億ドルであり、このうち32億ドルがシェールガス関連のものである。先に述べたシェールガス関連のアメリカ化学産業の投資のピークは2015年頃と予測されていることから、その能力増強の効果もそれ以降に大きく表れるものと考えられる。

(2)わが国化学産業の対応
 次に、上述したアメリカにおける化学産業の構造変化にわが国企業がいかに対応すべきかについて考察してみたい。

 第1に、石油化学工業における製造コストで大きな差がつくことである。原料コスト、エネルギーコストそれぞれについて日本はアメリカよりも不利となる。エネルギー価格の問題は製造業一般に通じるものであり多くの議論があるので、以下では原料コストの問題について考えてみたい。

 アメリカにおけるエタン価格の下落が、アメリカでのエチレン製造コストを大幅に引き下げ、エチレンから製造される誘導品やその最終製品に関しては、アメリカが圧倒的に優位になる。BCG[2013](ボストンコンサルティンググループ)によれば、アメリカ南部の化学産業の生産コストを100とすると、日本は127、ドイツは129、フランスが128、イタリアは127となるという。日米のコストの差の内訳を日本がアメリカの何倍かでみると、人件費が1.22倍、天然ガス価格が3.75倍、電力価格が2.35倍であるという。

 日本企業が安価なエチレンをアメリカから輸入して最終製品を日本で製造するにしても、輸送費コストの分だけ不利であるし、そもそもわが国の石油化学産業がナフサの原料を前提として構築されているため短期的な対応は難しい。

 さらに、アメリカでは先述したように今後生産能力増強の投資が行われる。ダウ・ケミカルやエクソンモービル、シェブロン、シェルなどによって、大型のエタンクラッカープラントの新規建設が予定され、2017年頃には新たに年680万トン以上(2011年の日本の年間生産量669万トンに匹敵)のエチレン生産能力の増加が期待されている。そうなれば、エチレンの供給は一気に増え、価格が大幅に低下していくことは避けられない。わが国のエチレン製造設備はいずれ余剰能力の削減という課題に直面するであろう。

 石油化学に有利な立地条件を備えたアメリカに日本企業が進出することも選択肢として考えられるが、汎用品製造ではアメリカ企業に対して優位性を持つことは極めて難しく、高度な技術が要求される特定分野に特化することが求められるであろう。

 ところで、原料が世界的にナフサからエチレンへシフトすることに伴って、プロピレンやブタジエンなどの世界的な生産の減少が見込まれている。これらの基礎製品はクラッカーにおいてナフサを分解する際の副産物として生産されてきたところ、原料の軽質化が加速することで、その生産が減少するからである。ブタジエンは合成ゴムの基礎原料となる重要な製品であるが、これはエチレンからは製造できないので、供給の減少が懸念されている。そこで、このブタジエンを副産物としてではなく、当初からブタジエンの生産を目的とした生産を行うことが考えられる。このような展望を持って、実際、日本企業のなかにはブタジエンの目的生産に乗り出す企業も現れている。

 第2は、石油化学製品の安定的な国内価格体系の見直しが迫られることである。わが国のエチレン価格はナフサの価格に連動して決定されている。これは、第2次石油ショックで石油価格が高騰した際に、日本の石化産業が自動車、家電といった日本の製造業を支える産業に対し合成樹脂などの基礎素材を安定提供する立場から、価格も安定化が求められたためである。しかしながら、アメリカのエチレン供給能力が拡大し、価格が大幅に低下すれば、エンドユーザーである製造業がサプライチェーンをグローバルベースで見直す動きが加速し、いずれこのようなグローバルな市場と乖離した価格体系を維持することは困難になるであろう。その結果、わが国の石油化学工業は収益構造を抜本的に見直すことが必要となるだろう。価格が世界市場価格に収斂した製品では、厳しいグローバルな競争にさらされる。どのように差別化を図り、どのようにして付加価値を見出していくのか、今後数年間の対応が重要である。

8.おわりに

 以上、述べてきたように、シェール革命の進展によって、今後大きく世界が変化することが見込まれている。エネルギーの世界的な供給構造の変化は、わが国のエネルギー安全保障を考えるうえで看過できないものである。とりわけ、アメリカの高い中東依存度を背景とした強い中東政策が今後弱まるとみられるなかで、わが国がこれまでのようなアメリカの中東政策の恩恵を持続的に享受できるとも限らない。中長期的に天然ガスの需要が他のエネルギーに比べて世界的に増大していくことを考えれば、アメリカからの天然ガス輸入にとどまらず、エネルギー資源の調達先を多様化する必要がある。
 また、アメリカの産業にも変化が表れ始めている。化学産業では圧倒的にアメリカが優位となる部分が生じるため、わが国は競争条件が不利でない分野にシフトするなど、大きく戦略を見直す必要が生じるであろう。また、石油化学製品の価格体系が市場価格ベースに変化すれば、ビジネスモデルそのものの再検討が必要となろう。

 自動車産業では、天然ガス自動車の普及が市場に大きな変化をもたらす。わが国の自動車メーカーは、天然ガス自動車の普及状況を注視しながら、ハイブリッドカーよりもバイフューエルカー、天然ガス自動車が普及するというシナリオにも備えておく必要があろう。

参考文献
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・伊原賢[2011].「世界の天然ガス埋蔵量の急増」JOGMEC(2011年8月11日)
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いて」2013年9月
・石油化学工業会[2013].「シェールガスがわが国石油化学産業に及ぼす影響に関する調査研究結果に
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・西川珠子[2013].「米国産業構造の変化〜マクロ経済統計に見る「製造業復活」の実態〜」みずほ総
研論集 2013年Ⅱ号
・橋本裕、福岡誠史、岡村雅史、居石裕幸、堀池茂和[2013].「米国・カナダ以外のシェールガス開発
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・DOE[2009]. ‘Modern Shale Gas Development in the United States : A Primer’ U.S. Department of
Energy, April 2009
・James A. Baker ⅢInstitute[2011].‘Shale Gas and U.S. National Security’ Shale Gas and U.S. National
Security, July 2011.
・IEA[2012]. Medium Gas Term Gas Market Report 2012
・IEA[2013]. International Energy Agency ‘World Energy Outlook 2013’
・PWC[2013].‘Shale oil : the next energy revolution’ February 2013
・EIA[2013].‘Technically Recoverable Shale Oil and Gas Resources : An Assessment of 137 Shale
Formations in 41 Countries Outside the United States’, June 2013
・日本ガス協会ホームページ:http://www.gas.or.jp/ngvj/text/ngv_type.html