兵頭二十八(軍学者)
(平成23年8月発行『誰も書かなかった「反日」地方紙の正体』より)

 まあ、日本に評論家多しといえども、日刊新聞というものを文字通り一紙も購読せずに「店」を張り続けてきた者は、この兵頭二十八くらいではないのか?

 愚生は1990(平成2)年に月刊『戦車マガジン』の正社員の編集部員となった。

 1994年以降はフリーター兼劇画原作者となり、1996年からはフリーター兼評論家となった。以上、長くてめんどうくさいから「軍学者」と称しているけれども、この間、正社員時代は少しでも多くの専門資料を読まねばと念じて新聞は眼中になかったし、自営自由業者(作家のことだ)となってからは、生計の上から新聞購読をしないのが合理的だった。

 なにせ日本の諸税と社会保障費の負担体系ときたら、高齢ならざる零細自由業――「失業者以上・起業家未満」の独立世帯――に関して、過酷。〈所属団体〉が無くてエネルギーのある者は「蟄居の刑」で罰したいという、《高禄徒食階層》の底意があるとしか勘繰れない。これでは、消費を極限まで切り詰めるのが、ほとんどの世帯にとって安全至極となり、全国の経済活動が逼塞に向かって、家計の合理主義が却って国家的な衰滅をもたらすはずである。

 格好のよいことを言えば、メジャーな新聞等から、他人様と横並びの知見を得たところで、原稿書き稼業は成り難い。共同通信社、時事通信社などから配信される同じ〈モト稿〉を、各紙のデスクが字数調節して載せただけの作業が多いことは、図書館の新聞閲覧コーナーで特定のニュース(殊に海外の軍事関係)につき五、六紙を見比べてみたら、学生・生徒でも悟れることだ。(今日、英文インターネットにアクセスできる学生は、大手通信社の外信記事も、じつは別なソースを利用しただけの〈机上取材〉が多いと見破っているだろう)

 だが白状をするなら、愚生は新聞に対しては、うらみもあったのだ。御為ごかしの説教を垂れる新聞など意地でもとってやらん、とのこだわりを抱いて、これまでずっと暮らして来た。その思い出を語れば、まず以下のような次第だ。

 愚生は高校までは長野市内で育っている。その実家の購読紙は信濃毎日新聞――俗称 「しんまい」だった。愚生は中学時代、この信毎の朝刊配達のアルバイトをしたこともあったし、高校時代には、大まじめな読者だったのである。

 そんなウブな高一か高二の生徒のときだ。信毎の論説記事(社説だったかどうか、確言できぬ)で、〈これからは学歴社会ではない! 実力社会になるのだ。若者は、大学への進学などに必ずしもこだわることはない〉という、今にして思えば、誰が得をするのか分からぬ勧告を読んで、真に受けた(ちなみに共同通信は論説・解説のたぐいまで各紙に配信しているそうであるが、これもそうだったのかどうか、確かめたい気持ちは湧かぬ)。そして愚生は人生設計から「現役進学」というオプションを外した。わがふた親は「小卒」である。息子がそう言い出せば、『いや、お前は知らんだろうが、日本社会では大卒の新卒にはこれこれのメリットが歴然とあってだな……』とたしなめる根拠も、特に有していないのであった。

 かくて愚生は東京代々木の専門学校に進んで、途中を省略すると、北海道・上富良野の自衛隊に二等陸士として勤務することになり、爾来(じらい)、小~中学校の同級生の誰ひとり体験していないであろう脱線コースをあちこちと堪能させてもらったから、往時の決心そのものに悔いはない。けれども、北部方面隊を任期満了除隊して大学に入り直して、ひとつだけ、肝に銘じたことがある。「これから、運良く著述業者になりおおせたなら、情報弱者(という言葉は当時はなかったが)の若者に、活字を通じて無責任なアドバイスだけはすまい」――。愚生の今日まで堅持する基盤倫理である。

新聞を読まないメリット

 さて、月刊誌『正論』に「CROSS LINE」を書かせてもらえるまでに漕ぎ付けた平成14年のこと、愚生は北海道へ引っ越した。

 じつは愚生は、東京都内の古い大図書館でも見かけぬ「激レア」な戦前軍事系資料を黙って収蔵しているような地方の図書館を、北から逐次に南へ転居しつつ念を入れて探訪し、死ぬ前に九州・沖縄まで渉猟してみたいものだ――との志を抱いていたのだった。

 成田山新勝寺の私立「仏教図書館」に日参してこの〈発掘〉閲読の醍醐味を覚えてしまった愚生は、マリアナ基地のB-29が到達できなかった東北~北海道にこそ多数の珍資料が焼かれもせずに残っているに相違ないと睨み、まず北海道最古にして、過去に火災にも一度も罹っていないとされる「函館市立図書館」を漁ることに決めたわけだった。

 この話は本題と関係ないので割愛。愚生は函館市内で所帯を持ち、全国転居縦断の夢は抛棄(ほうき)している。代わりに、「北海道で新聞なしの生活を実践すれば、どんな感じか」という報告が、こうしてできるようになった。

 (なお北海道では、紙に印刷された『産経新聞』はその日のうちには手に入らぬ。一日遅れなら東京版を届けてもらえると聞いているが、地元欄は無いわけだし、放送番組表も当然、役に立つまい)

 北海道の風土につき説明すると、ほぼ東北六県に匹敵する地積がある。道南(どうなん)の函館から特急で道央(どうおう)の札幌に出るだけでも、乗車距離318km、乗車時間は3時間14分になる(高速バスなら五時間)。つまり庶民が日常、互いに行き来できるようなコミュニティではない。

 半分以下でも広すぎるであろう、この圏域の新聞市場を、ただ一社のブロック紙が寡占しているのは壮観である。いわずとしれた道新(どうしん)――北海道新聞だ。

 愚生が北海道のレッキとした住民となって以降に上梓してきた二十数冊の新刊について、『道新』さんは過去一度も、文化欄(さすがにこれは自社構成だろう)や地方欄(拙宅からすぐ近くの五稜郭に函館支社社屋があり、「道南」版と「渡島・檜山」版を作っていると聞く)で取り上げてくれたことがないように、愚生もまた『道新』を購読したことはない。このたび編集部から送ってもらった、過去の『道新』の社説を見るかぎりでは、同紙編集部の旗幟(きし)は分かりやすい反日色のようだ。

 新聞を読まないことのメリットの一つは、赤の他人の編集者が選んで送り届けてくるテキストや、知りたくもない情報から、不必要なストレスを受けとらずに済むことだ。

 市場シェア№1の自信からか、函館の『道新』の販売所の拡販戸別訪問部隊は、未購読世帯に対して、強引・執拗なマネはしない。〈無縁の衆生(しゅじょう〉として放っておいてくれる、という感じを受ける(愚生の個人的体験では、こちらの拡販で悪印象を与えられたのは、全国紙の『Y』)。

 ただし、チラシを通じた配達アルバイトさんとの接触は、通年、連日、ある。なんと、日刊媒体をひとつも購読していないウチのような世帯に対しても、道新の折り込みとほぼ同内容のチラシ(だけ)は、概ね洩れなく配達されるシステムがあるのだ。もちろん、各戸に料金負担は生じない。ウチのあたりでは、だいたい、昼前から夕方にかけて、毎日二回ぐらいも、状差しに投じられてくる(このアルバイトさんたちと顔馴染みになっておくことは、空き巣狙いが多い当地では、防犯上、とても望ましい)。

 これは如何なる仕組かを説明したチラシも必ず一枚付いている。それによると、道新の各販売所にチラシを搬入している(株)函館折込センターという会社が、日々の『道新』に折り込まれるチラシのうち、広告主から依頼のあったものだけを別途まとめ、配らせているようだ。つまり費用は、特定地域に網羅的に特売の宣伝を打ちたいスーパーマーケットなどの広告主が、併せて負担をしているわけだ。

代替できないサービスとは


 さて2006年前半、宅配新聞各社が、独禁法の「特殊指定」と「再販価格維持制度」を死守するための大キャンペーンを展開したことがあった。にもかかわらず、いまやこのような利便が、無代で得られるようにもなっているのだとすれば、いったい地方住民にとり、紙に印刷された新聞を有料で購読することのメリットとは何かという問いが、やはり生ずるであろう。

 放送番組表なら、疾(と)うから携帯電話でも間に合う(と聞く。愚生は携帯不所持)。また、「ケータイ」から「スマートフォン」への不可逆的な進化にともない、全国ニュースを知るのに新聞やテレビに頼らねばならぬ度合いは、ますます減ると予想ができる。

 答えは、「地元ニュース」だと思われる。これだけは、地元版を多年制作してきている日刊商業新聞を購読せぬ限り、地方住民は、安易・堅確に落ち着いて詳細を知ることはできはしない。インターネットの非営利ブログ等でも、このサービスは代替し得まい。正確で詳しい地元情報を有責的に作成し発信する作業は、カネもかかるし手間もかかるのだ。訓練された多数の記者やスタッフをフルタイムで専従させ得るだけのじゅうぶんな収益のある法人でなくば、経費面でもモチベーションの面でも持続は不可能であろうと想像できる。

 愚生の場合だと、時に痛感させられるのが、〈○月○日に海上自衛隊(もしくは○国海軍)の艦艇が函館に寄港し、○日に○○埠頭で一般公開されますよ〉という広報の取りそこないだ。ロクにテレビも視ない愚生は、インターネットを通じてこうした軍事イベント情報を事前に承知できたためしがない。いつも、公開等が終わってしまった翌日くらいにそれを知り、残念に思うのである。

 一部の新聞社の本社の幹部級デスクや整理部が「反日」レトリックを是としていることと、地方で販売されるその新聞のローカル欄で自衛隊イベントがしっかり遺漏なく伝えられることとは、社の経営方針として、両立しているようだ。というか、このニュースをわざと欠落させるようなことをしていたら、その新聞は市場シェアを失うと分かっているのだろう。

 北海道には、江戸時代から、たくさんの外国船が来た。ロシアが西方でフランスなどと戦争状態にあるときには、東方のロシア人の樺太・千島方面での南下圧力は弱まった。米国で政権交代が起きたり、内戦があったり、メキシコ問題で欧州と緊張があったりするときには、米国からの対日工作は消極化した。だから、地球の裏側の出来事も、ダイレクトに北海道住民の安全にかかわってくるのだ――とは言えるのだが、今日の大多数の地方の住民は、それをつぶさに新聞でチェックしたいのだろうか? 新聞はローカル・ニュースだけで可(よ)いのだと人々が考えるようになったときに、地方紙やブロック紙の、東京の通信社との関係も、見直されるだろう。

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